And But Cause I love you


[ν]-εγλ 0001/06/07 13:57:24

穏やかにたゆたう時間が欲しい
劇的な展開なんていらない
心踊る冒険も心揺さぶる感動も
心震わす愛も
そんなものはいらないから
静かに微笑んでゆっくりと沈んでいく
穏やかで穏やかな日々をずっと焦がれていた



***



「主任!」
「どうした」
「た、ターゲットを見失いました!」
「………場所は」
「は、はい、ポイント3075です。」
「レノとルードを向かわせる。その場で待機、合流の後はこの二人につけ」

いくつかの指示を出して通話を切る。きっと自分はこうなることを知っていた。
眼前はるか下に見える街を見下ろす。暗い街。光る街灯。ネオン。白。オレンジ。赤。営み。
最上階にほど近い場所。何故ビルの窓を全面ガラス張りにするのだろう。悪趣味だ。とても。
人に見せられるようなことをしている訳でもないのに、人に恥じるようなことしかしていないというのに。
何故全ての物に見せ付けるかのような作りにするのだろう。いや、誰かに見下ろされる高さではないと、判っているからこその所業か。

「……………」

大きく、深く、静かに息を吸う。
何を言おうとしたのか、何も言いたくなかったのか、自分でも判らないまま、静かに、深く、大きく息を吐いた。
部屋の中は暗い。暗い。暗いが、明かりをつける気にもなれない。明るい場所に出る気になれない。
この数年で、自分の人でなし具合にも磨きがかかったと思っていたが、どっこいなかなか、人間臭いものじゃあないか。
地団太を踏んで暴れたいくらいなのだ。暴れたってどうせ、この無駄に高級な絨毯が全て吸い取ってしまうのだろうと思えばやる気も失せるが。

「………結局」

自分は、無力だったのだ。
大きな大きな流れの中でもがき続けただけだった。もがいていたかどうかも危うい。流されていただけじゃあないか。
独り言とはタークス失格だ。そんな無駄なことをするなんて、無暗に情報を漏らすような愚かな真似を。
まあ、誰にも聞かれていないと判っているからこそなのは勿論だ。意味の無い独り言。それはただ、自分を慰めるだけのもの。
いや、自分を慰める効果があるのなら無駄ではないと、そう、彼なら笑うのだろう。彼。彼。
そう、自分はいつだって無力だった。それでも。

「………助けたいと思っていたんだ。」

どんなに無力でも、守りたいものがあった。
それは例えば、黒い髪をした彼の、太陽のような笑顔だったり。
たった今ここから消えた、花を売る彼女の光のような微笑みだったり。

「………俺は」

携帯の着信。独り言はそこで途切れた。
開く。暗闇で光る画面。照らされる自分の顔。
結局照らされてしまうのか、などと思う。あまりにも子供すぎる感傷に笑った。







「ツォンの髪って俺と同じ色なのに全然違うよなー」
「どうしたいきなり。」

いつものようにエアリスと戯れたこいつは、いつもと違って俺の方へ向かってきた。
普段なら俺の存在に気づいていても無視することがほとんどの筈なのに、だ。無視とはいうが、互いの仕事上それは礼儀に近い。
そう、礼儀だ。なんだかんだで義理がたいこいつは、あまりその不文律を破ることがないというのに。
珍しく近づいてきたと少し驚き、何を言うかと思えば開口一番、これだ。脈絡が無さ過ぎる。

「いきなりじゃねぇよ。前から思ってたし。」
「お前が何を考えているかなんて知っているわけないだろう」
「ほほぅ、天下のタークス様でも知らないことがあるのな」
「あぁ、余計な情報は集めない主義でな」
「人の存在を余計とか言うな」

まさかこんな無駄話をするために近づいてきたわけでもあるまい。
いや、そういうことをしかねないのがこいつだということは理解しているが、信じたくは無い。
スラム街。路地裏。お世辞にも談笑するにふさわしいとはいえない場所。
こんなところで何をしているんだか。しかしそれを言えばお互い様でしかなかった。
この場所で二人揃って場違いなことは間違いない。

「………で?」

このまま放っておくといつまでも本題に入れなさそうだったので無理やり切った。埒があかない。
そもそも、こいつはオフかもしれないが俺は現在進行形で仕事中なのだ。
足元に散らばる産業廃棄物やら錆びた釘やら、腐った果物の皮やら。仕事場がこんな所だというのだから笑うしかない。
汚れ仕事が主な仕事。相変わらず見事だ。いつかビルの最上階で街を見下ろすようになるだろうか。
そのためにも、というわけでもないが、職務に忠実な俺としては、早めにこの無益な会話を終わらせたいと思う。

「何の用事だ」
「んー…用事なかったら話しかけちゃ駄目なのか?」
「用事が無かったら話しかけ無いだろう。」
「議論の余地がある……」

オレは教会の入口をチラと見る。彼女が出て来る気配は無い。
俺の目線に釣られたのか、ザックスもたった今出て来たばかりの入口を見た。重く古く腐りかけた木の扉。
出て来た入口というのもおかしな話だ。結局、入口も出口も変わらないということだろう。
そういうものだ。そういう風にできている。特に何も感じないが、こいつはやけに真剣な目でその扉を眺めていた。似合わない。

「なぁ、ツォン」
「なんだ」
「エアリスのこと、頼むぜ」
「………?お前らしくもないな」

エアリスは自分が守るからお前は下がって平気だむしろ俺が良いトコ見せたいから下がってくれつーか帰れ。
そう、もうだいぶ前のことになるか、言われた記憶がある。スラムの近くにモンスターが出現した時。
こちらとしても姿は見せたくなかったし、こいつで十分に対応できるレベルのモンスターだったからむしろありがたく引き下がったが。
随分と威勢のいい奴だと思った。こうはなれないし、なりたくもない。なろうとも思わない。そんな感想を抱いた記憶がある。
そんな奴からまさかこんな言葉が出てくるとは、という感じだ。頼む。頼むだとは。なかなかお目にかからない言葉だ。
足元に落ちていた歯車を蹴り飛ばして、なんでもないかのように話す。

「んー、俺、明日から長期任務なんだわ」
「今更だな。数え上げたらきりがないだろうそんなもの」
「ま、ね。」
「それで?」
「それで?それでなんてないさ。それだけ。だから、よろしく」
「指示があやふや過ぎるとは思わないか?」
「頼りにしてるぜ」
「………彼女の保護は俺の仕事だ。仕事はきっちりこなすさ」
「さっすが」

にやにやと笑いながら肩を叩かれた。そこまで親密なジェスチャーをとる間柄だろうか。自分たちは。
何か言おうと思ったが躊躇われた。疑問が一つも無かったからだ。理解してしまったからだ。いや、判っていた。判る以前に知っていた。
こいつは、死を覚悟している。いや、違う。覚悟なんてものはソルジャーになった時にとっくに決めていただろう。
ソルジャーは常に死と隣り合わせ。それはタークスよりもずっと現実的で現実的な問題だ。汚れ仕事とはいうが、血まみれなのはソルジャーの方だろう。
何故いきなりこんな話題を出してきたかと思ったが、単純なことだった。今回の任務、この楽天的なこいつをもってしても、死を予感させたらしい。
遺言めいたことを残すとは、本当にらしくないことだった。エアリスを頼む。エアリスを頼む、な。
しかし死ぬと思っているからその言葉を残すのか?死なずとも、長期の遠征に出ている間は実質無力な訳だから言うタイミングとしてはおかしい気もする。
考えても仕方のないことか。先日死んだこいつの先輩とやらも関係しているのだろう。きっと。

「さーて、そいじゃあちょっくら行ってきますかね。」
「………ザックス」
「ん?」
「Φエリアは毒の敵が多いが、今回の異常増殖、おそらく地殻変動が関係している。他地域、特にηエリアの魔物が現れる可能性も高い。麻痺対策もしておけ」

キョトンとした顔でこちらを見つめるザックス。その顔から敢えて目は逸らさなかった。
タイミング良く吹きぬけるぬるい風。油と腐った肉の混ざった匂い。改めて自分の居る場所を思う。こいつの行く場所を思う。
理解していた。知っていた。判る前に知っていた。その調査書を出したのは俺なのだから。
ソルジャー1stレベルが必要だと報告したのは俺なのだから。
2nd以下6名は必須と付けておいたはずだが、発令された時はこいつ含め三名の少数に変わっていた。半数以下。呆れたことだ。
一拍遅れて理解したのか、こいつはニヤニヤと面白そうに笑った。この状況で笑うか。

「天下のタークス様に知らないことは無いってか」
「余計な情報は集めないと言っただろう」
「じゃあ俺は必要って訳だ」

必要だったのはお前ではなく土地の情報だ。実際、お前がこの任務にあたっていなくても、自分の調査の結末くらいはある程度見届ける。
そう言ってやろうかとも思ったが、そいつは良いことを聞いた、とやけに嬉しそうに笑うものだから、こちらも訂正を入れるのが面倒くさくなった。
肩を竦めて応える。本当に、いつからこれだけで会話するような間柄になってしまったのだろう。
教会の扉、開く兆しの無いそれを見て、切りたいと思っていた会話を自分でもう少し続けることを決めた。

「うっし、気合い入れて行ってくるか!」
「………例えば」
「え?」
「例えば、そこに扉があったとして、お前はそれを入口と見るか?それとも出口と見るか?」
「なんだなんだ突然」
「突然じゃない。心の中でずっと思っていたさ。」

あいつの言葉を踏まえて言えば、面白くてしかたないというように笑われる。
どうしてそんなに躊躇いなく安直に何も考えずに笑えるのか、俺にはいまいち判らない。馬鹿だからか。無論、こいつが。
スラムの路地裏。似合わない笑い声。なんというか、やる気を削がれることこの上ない。
足元の小石。先程のこいつと同じように蹴飛ばそうかなどと一瞬考えて、あまりの無意味さに打ち消した。毒されてきている。
こいつは大げさなそぶりで考え込んだかと思えば、存外あっさりとそのポーズを解いた。いちいち面倒そうだが、これは一種の才能だろうか。

「じゃあ、ツォン、逆に聞くけどさ、扉って開けるためにあると思う?閉めるためにあると思う?」
「質問に質問で返すのはマナー違反だ。」
「ケーチ」
「お前は子供か」
「だったらよかったんだけどな。うーん、出口と見るか入口と見るか、ねぇ。状況によると思うけど」
「…………」
「なぁ、ツォン」
「なんだ」
「俺が思うにさ」

珍しく、少し躊躇う素振りを見せてから、真面目な顔を作ってきた。珍しい。真顔。
少し俺も身構える。

「お前の言ってる扉って、普通の、どこにでもあるような扉じゃないんだよな」
「何?」
「だってさ、やっぱどー考えても入口出口は状況によるよ。」
「普通の答えだな」
「何を期待してたんだよ。まぁ、だから、お前が聞いてるのは普通の扉じゃないんだろーな、と思う、わけさ」

正直俺はそこまで考えていなかったが、それを正直に言うのは憚られた。
どうやら随分真剣に考えたらしい。今までに見ないくらい、直前に見たあの笑顔が嘘なんじゃないかというほどの真顔。
空気が少し電気を帯びたかの様に刺さる。ただの雑談のつもりが何故こうなったのかよく判らない。
思わず俺も真剣になった。さて、こいつはどんな答えを返してくるのだろう。

「んで、それがどういう扉なのか考えてみたが」
「が?」
「さっぱり判らん」

憮然として腕を組む。言われた事を認識できない自分。ポカンとしている俺を見てザックスは声を上げて笑い始めた。
冗談は真面目な顔で言わなくてはいけない。そんな言葉を思い出す。いや、その言葉を言ってきたのはこいつだったか。
糞。どうやら俺はしてやられたらしい。全く。全くもって下らない。そのあまりの下らなさに、思わず吹き出してしまった。
そんな俺を見てこいつはぽつりと呟く。

「ツォン、お前、タークス向いて無いんじゃないか?」
「そんなことは無いと思うがな」
「あぁ、わりぃ、馬鹿にするつもりじゃなくてさ、その、なんつーかな、あーうまく言えない」
「馬鹿なことは知っている。」
「うっさい!」







結局あいつはある程度重傷を負いながら、そこそこ無事に帰ってきて、エアリスを安心させたりシスネにため息をつかせたりレノに笑われたり英雄に厭味を言われたりしていた。
その全てに、あいつは笑って応えていた。
何故そんな情報が俺のところまでくるのだろうと思うと少し倦怠感を覚える。必要。必要な。成程。エアリス以外の情報は正直いらないのに。
そして向かう。あいつのいる真っ白い病室の中で、サイドテーブルには見舞いの品が溢れんばかりに乗っていた。
無機質な薬品の匂い。何も落ちていない床。風も吹かない無味無臭の場所。

「お、ツォン」
「見舞いに来た」
「出口」
「は?」
「そこの扉、俺にとっては出口。」
「あ、ああ。」
「お前にとっては、多分入口。」
「ああ」
「それだけ」

ニッと笑って手招きをされた。元気そうだ。1stが3日間入院するとは、元気の一言で済ませるような簡単なことではないことは勿論知っている。
そもそも入院自体が稀なのだ。随行したソルジャーはもう前線復帰は難しいと聞く。生きて帰っただけ驚愕ものだ。
こいつはそのことを勿論もう知っているのだろう。テーブルの上に隠されるように密かに置かれたメモ帳。ソルジャーの病室番号。
気がつかないふりをして、見舞いの果物をなんとか他の見舞い品をつぶさないように乗せる。椅子に座る。目線が合う。

「そーいや、ツォンにこたえ貰いそこねてた」
「は?」
「扉は、開けるためにあると思う?閉めるためにあると思う?」
「ああ」
「次回までの宿題な」
「次回って」
「今度一緒に飲みに行こうぜ。はは、議論しなきゃいけないこともあるしな」
「その様子なら問題なさそうだな」
「ああ」

見るとも無しにテーブルを見る。白い病室の中で、この上だけが色彩を放つ。
本当に、よくもまあここまでありとあらゆる見舞い品があるものだ。こいつの無駄な人望という奴だろうか。
暇つぶし用にか本もある。手にとってみれば中身はさし替えられたグラビアだった。思わず閉じる。こいつの友人だということを忘れていた。
溜息。テーブルの上の小さな造花のブーケ。水が無くとも枯れず、永遠に散ることの無い鮮やかな偽物。
そんな俺の様子を、笑いながら見ているこいつ。

「入口と出口が同じとは限らねーよなー」
「どうした」
「ツォン、エアリスのこと、頼むな」
「しばらくお前にミッションは来ないだろう」
「うん。でも、頼む」
「お前は以前、自分で守ると言っていなかったか」
「あん時はツォンのことまだあんま判ってなかったしな」

こいつは照れ臭そうに、少し気まずそうに包帯の巻かれた右腕で頭をかいた。
成る程、思い返してみれば確かにあれは出会って間もない頃だった気がする。エアリスと俺の関係を疑われた事もあったか。懐かしい。
信用されていなかったということだろう。それ自体は別に悪いことではない。少し淋しく感じている自分がいることに気がついて驚いた。
随分とほだされたものだ。そしてまた随分と身勝手な意見だ。我ながら。

「あーほら、お前仕事はきっちりこなすじゃん?」
「当り前だ」
「俺が居る間は俺が守る」
「自信家だな」
「俺が居ない間はツォンが守ってくれる。だからさ、俺がいなくなっても守って欲しいなーとか思ったんだよ」

誰を、とは聞かなかった。判りきっているからだ。こいつにとって、彼女がそこまで大きな存在になっているとは予想外だったが。
ここにきて、俺はようやく心得違いに気がついた。成る程、こいつは今回のミッションまで、確かに死なない自信があったのだろう。
けれど、これまで俺に何も頼まずに長期ミッションに行っていたのは、何も言わなくとも俺が彼女を守ると信じていたからだったのか。
いつの間にここまで信頼されていたというのだろうか。いや、いつの間に、こんな病室にわざわざ見舞に来るような間柄になっていたというのだろう。
ぐるりと見渡す真白な病室。もう慣れて感じなくなってきた薬品の匂い。疑問の答えがそこいらの壁に書いてあるわけもなく。
必要な情報だけを集めるタークスにだって、知らないことはある。当たり前の話だった。

「俺が居なくなっても、さ」

そこだけを繰り返して、やはりこいつは笑う。だから何故、こうも安直に安易に笑えるのか、俺にはよく判らない。
死を覚悟してお前は、それでも笑って彼女を案じたのか。お前が居なくなっても、誰かが彼女を守るように。
随分と安っぽい正義感だ。愚かしい。だが、馬鹿にする気にもなれない。守るだなんていう言葉を、自分は人生で発したことがあっただろうか。
現実を知らない夢見る少年のようなその言葉。けれどこいつは現実の汚い世界をその身体で生きている。
そういえば、随分昔、英雄がこいつに少し興味を持ち始めた頃。俺は驚いたものだ。あの無機質な英雄が、二人の友人以外に興味を持つなどと。
尋ねる機会があった時、率直に聞いた。彼の行動はいつだって神羅の最優先情報だ。特殊な物なら、なおさら。
『オレのことまで守ろうとしたんだ』 そう一言無表情で呟かれたのを今でも覚えている。あの時は意味が判らなかったが、成程。こういうことか。
片っ端から守ろうとする。そして他の物の手を借りることも厭わない。ほだされるわけだ。こんな馬鹿。

「それは俺の仕事の範囲内じゃないな」

どうやら俺は、またこいつにしてやられたらしい。自分らしくもない。二度も同じヤツに騙されるなど。
冗談はまじめな顔で言わなくてはならない。まじめな顔で言うことが冗談だとは限らない。
こいつがいなくなってもずっとなんて、そんな仕事、そんなもの。

「仕事じゃなくて、約束じゃないか…」

約束なんてできない職業だ。判っているだろう。結局俺は、約束するとは言えなかった。ごまかしただけだ。
嘘なんていくらでもつけるのだから、いくらでもついてきたのだから、今こそ言えばいい物を。こんな時にだけ正直な自分が恨めしい。
しかし、それでも、それが俺に見せることができる唯一の誠意だった。
冷たい病室の中、そんな俺に気付きながら、それでもこいつは明るく笑う。

「しっかしなー入口はともかく、俺の出口はどこなんだろーなー。美人なお姉さんがいっぱいいる所だといーなー!」
「言っていろ」
「なぁツォン、やっぱお前タークス向いて無いんじゃねぇか?」
「またそれか」
「いや能力の話じゃなくてな、なんつーか、お前花見る時の自分の顔知ってるか?」
「…………」
「そーだ、そーだよ。花屋にでもなれば?」
「何を言いだす」
「花に囲まれて穏やかに笑いながら全然仕事をバリバリこなさないツォン。うわ、想像すると気持ち悪い」
「お前は馬鹿か」
「それは知ってたんだろ?あー、でも見てみたいな」
「…………」
「タークスも、勿論ソルジャーもいない、皆が笑ってるような世界」
「…………」
「そんな夢みたいな世界の入口があればいいのにな」







「俺は、約束を、守れなかったよ………」

約束をしたわけではない。卑怯な自分は守れない約束はしないと、ただ誤魔化しただけだった。
それでも心の中で思っていただろうに。彼が死んだ時に決意していただろうに。
守るどころか、追い詰めてあわや殺しかけた。彼らが彼女を救っていてくれなければと思うとぞっとする。
部下の連絡を受けてから向かった教会。静かに揺れる優しい色の花。花。花。
この花に似た彼女はもういない。扉を開けて出て行ってしまった。そしてそれでいいのだと思う。
腐りかけた木の扉。腐った路地から見つめ続けた日々を思い出す。
どうか願わくば、この扉が、君の閉じ込められた過去の出口となるよう、君の希望の入口となりますように。
いくらなんでも感傷が過ぎるだろうか。タークス主任ともあろうものが。ただ、今この瞬間に限ってはそんなものはどうでもいい。

「なぁ、ザックス」

お前は何の扉を開けたんだ?何処に出口を見つけたんだ?

「俺にも教えてくれ……」

期待通りに予想外の答えを
躊躇いの無い笑顔で

やはり感傷が過ぎるかと、独り苦笑したところでまた携帯が着信を告げた。
そうして画面が自分の顔を照らす。そうして自分はタークスに戻る。
この場所と人が好きだった自分に別れを告げる。



***



穏やかにたゆたう時間が欲しい
劇的な展開なんていらない
心踊る冒険も心揺さぶる感動も
心震わす愛も
そんなものはいらないから
静かに微笑んでゆっくりと沈んでいく
穏やかで穏やかな日々をずっと焦がれていた

焦がれていた

穏やかに笑う彼に、穏やかに笑う彼女に
けれどその優しさを守るためなら、自分なんてどうでもよかったのに
俺にとってはお前達が、夢の世界の入口だったんだ

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