And But Cause I love you


[ν]-εγλ 0001/06/23 18:12:03

ずっと昔から知っていたのだ



***



「うぅーうむ……」
「…………まだか?」
「もーちょい待ってー」

それでかれこれ5分も停止されては流石に暇だ。何をそんなに悩むというのか。
盤上の白と黒は白の割合が圧倒的に多い。黒の逆転は余程の奇跡がおこらないと無いだろう。いきなり風が巻き起こって全ての色をひっくり返すとか、それくらいの。

「………諦めたらどうだ?」
「いや、もしかしたらどこかに神の一手があるかも……」
「お前がどこのマスに置いても、そこから俺がどんなに下手な手を打っても勝敗はひっくり返らないぞ。」
「げ、シュミレーション済み?」
「済み、だ」
「うがぁぁぁ、やめだやめ!俺の負け!」

放り投げられた駒は椅子の陰へ消えた。確実に後で探し回るのだろうなと思う。付き合わされるのだろうなとも。

「つーかお前なんでこんなにオセロ強いんだよ!」
「強いのか?お前が弱いだけじゃないのか?」
「ひっでぇなぁ。俺は普通、……の、筈、だ。それか普通よりちょっと弱いか!」
「弱いんじゃないか」
「はっきり言って下さってドウモセフィロスサン。あー、普通こんなになるかぁ?」

盤上は白の優勢。というよりも圧勝。黒の部隊は壊滅状態。ぎりぎり殲滅では無いだけマシだろうか。しかし、

「ジェネシスとやった時は良い勝負だったんだがな」
「つーかあんたがオセロやってたことが意外」
「持って来たのはジェネシスだ。いつも接戦だったな。1個差ばかりで」
「………なんか二人とも先の先まで読んでそうだ」
「………読む物ではないのか?」

何処に置けば何枚ひっくり返るか、その先の展開は何が想定されるか、その場合の対処法は何か、リスクが低いのはどこか、今までの傾向は。
俺もジェネシスも、全て計算しながらやっていた物だから、終わる頃にはお互い頭が痛くなっていたものだ。
そう言えば、あいつは酷く嫌そうな顔をした。

「そんなオセロやりたくない……」
「そうか。」
「あれ、じゃあアンジールはどうしてたんだ?」
「……あいつは強かったな。」
「え?計算するようなタイプには見えないぞ?」
「………速いんだ。置くのが。」

くだらないことでも意外と覚えているものだ。奴はこちらが置いた次の瞬間にはもう置いていた。実際はそこまででもなかったのかもしれないが、少なくとも体感としてはそれに近い。

「暗黙のルールでな、相手よりも長い時間考えてはいけないというのがあったから、アンジールとの勝負は逆に物凄いスピードで着いた」
「へぇ、あいつ、そんなに頭よかったの?」
「本人は勘だと言っていた。良さそうだと思った所を二つ三つ上げて、雰囲気が良い場所を選ぶのだ、と。」
「………あいつ、そんなに馬鹿だったの?」
「まぁ確かに、時々驚く程変な手をうってきたが、だいたいは良い所を突いていた。こちらも予想を立てられなかったしな。」
「ふぅーん。んでんで?」

随分と熱心に聞いてくる。そんなに面白い話だろうか。何処が笑えるのかはいまいち判らないが。
少し迷う。何を話すべきだろうか。

「………ジェネシスに至っては、アンジールに対してほとんど勝ったことがなかった。」
「そりゃ意外だな。逆かと思ってたけど。」
「思考をズバズバ読んでくるんだ、とか言っていた。」
「流石幼なじみ。でもそれジェネシスだってアンジールの考えが解るってことには」
「なる。」
「なるんかい。」
「読めるから余計やりにくいんだ、と。」

『いいかセフィロス。あいつはな、自分の駒が一つだけで囲まれてて可哀相だからとりあえず近くにもう一つ置いてやろうとか、そういう阿呆なことを平気でやるんだ。
そんなことされてみろ。こっちの罪悪感といったら尋常じゃないぞ。判るか?その駒を取るほど俺は人間をやめたつもりはない。』

立て板に水、というのがよく似合ったなと思う。それをやったのが俺だったらお前は迷わず取っただろう、と聞いたら当たり前だと返された。少し理不尽な気もしたがまぁ言いたいことは判る。
思い出すままにつらつらと話せばザックスは爆笑している。相変わらず何処が面白いのかはいまいち判らない。

「あー、っはは。しっかし、本当、性格出るなぁ!」
「性格?」
「お前はゲームでも笑えるくらい真剣だし」

奴の目尻には涙が浮かんでいた。これは馬鹿にされているんじゃないかと思う。オレが真剣にオセロをやったらそんなに変なのだろうか。それこそ差別だと言いたい。

「アンジールはアンジールでゲームだからって好き勝手やってるし。」
「好き勝手?」
「……だって実際の戦場だったらその駒普通に捨て、だろうよ。そこら辺アンジールはきっちりしてる。」

つい先瞬とは打って変わって、いきなり溜息をつかれた。コロコロ変わる姿は確かに見ている限りでは多少愉快だが、合わせるとなると慌ただしい。
合わせなければ愉快なだけだと気がついてからは楽になったけれど。

「あー、なんつーの、冷徹って言ってる訳じゃなくて。出来る限り助けるけど、そのために優先事項を間違えたりはしないっつーか。その遊びと仕事の切り替えっつーの?」
「………」

語尾は疑問型だったがオレは答えない。あいつも気にしない。別に今求められているのはそれじゃない。ザックスは首を大きく傾げるとそのまま話し続ける。

「ジェネシスのことは未だによく判らないけどさ、話聞いてる限りじゃ一番感情的なのな。」
「…………」
「アンジールの、捨て駒助けたい願望、とでも言えばいいのかな?汲んでるあたり。それでお前には容赦なかったりとか。ぜってー好き嫌い激しいだろ。」

まさかジェネシスも、小犬にこんな風に分析されるとは思っていなかっただろう。そう考えると、そう、確かに少し面白かった。

「ならば俺は嫌いの方だった訳だ」
「いや、確実に好きだな。」

驚く。恐らく顔に出たのだろう、ザックスは少し苦笑した。何故そんな所まで判るのか、オレにはもうさっぱりだった。奴と長い時間一緒に居たのはオレの方だった筈だが。

「こういう奴って心から嫌いな奴には笑顔で毒吐くぞ。その上で無視とか。」
「何故そこまで判る」
「簡単。俺が嫌われてるから。」

今度こそ本当に苦笑を浮かべてザックスは呟いた。「いや、本当アレは酷かった」
こいつがバノーラ村でジェネシスと会っていた事は知っていたが、想像以上に酷かったらしい。

「……オレも大分毒を吐かれていたが」
「んー、でも話聞いてると、素直に愚痴ってるって感じ。ってーか嫌いなら絶対にオセロとか持ち込まないから。多分アンジールは別格だって。誰も敵わないだろ。」
「前半は知らんが、後半は同意だ。」

そうだ。あいつらは本当に仲がよかった。オレだってはっきりと判るくらい。だからジェネシスはアンジールを誘ったのだと思う。
あいつは単独行動を好む奴だったが、アンジールに対してだけは別だった。それはジェネシスに限った話じゃない。お互いにお互いが特別だったのだ。
それを、オレは淋しいと思っていたのだろうか。当時は判っていなかったけれど。今となっては詮なきことだけれど。
アンジールもジェネシスも、オレを残して消えてしまったのだから。

「……お前は何故そこまで人の心が読める癖にゲームは弱いんだ」
「オセロとは関係無いだろ!それにあてずっぽうだって。いや、岡目八目の方かな。それこそ」
「そうか」

オレはオセロを片付け始める。思い出も一緒に畳んでしまう。そうだ、さっきザックスが投げ飛ばした駒はどちらに飛んでいったのだったか。
立ち上がって先程見当をつけた方向に行く。ぱっと見た所には無い。どこかの影に入り込んだらしい。

「あーあ、でもさ」
「なんだ」
「セフィ、楽しかったんだな。」
「何をいきなり」
「だって、セフィがこんなに話すことなんて滅多に無いじゃん。」
「…………そうだったか」
「そうさ。」

オレの目はオセロの駒を探す。頭は別のことを考えていた。ザックスの言葉が頭で反響する。

「な、知ってる?自慢話って長くなるんだぜ」
「……アンジールも同じことを言っていた」
「凄く、楽しかったんだな」
「………………」

オレは何を探しているのだろう。いや、何故判りきったことを。無くした駒を探しているだけだ。
ようやくオレは棚の隙間に入り込んだ駒を見つけた。こんな所にあったのか。

「………楽しかった」

こんな、所に。

「たのしかった」

ようやく見つけた駒を強くにぎりしめた。
そうだ、オレは、ずっと昔から知っていたんだ。

色鮮やかな日々を。幸せの形を。



***



手遅れになってから気がついたのではなく
手遅れになったから気がついただけだとしても
ただ思い出す日々のなんと美しく無慈悲なことか

inserted by FC2 system