And But Cause I love you


[ν]-εγλ 0001/10/25 15:55:58

その場にいる人しか判らない空気ってあるよね。うん。



***



「く、ふ、それ、を、言うな、くくっ」
「くくくっ、も、か、完全にお互いドツボだな、あ、あはははははっ」

俺は目の前の光景に阿呆みたいに立ち尽くした。
英雄セフィロスの執務室。この部屋の主もその副官も、本来なら俺が関われるような人じゃない。
だけどその副官は、なんというか、超がつくほどあっけらかんとした、人なつこい、フレンドリィな、気さくな、まぁ、そんな感じの人だった。こんな下っ端を躊躇いもなく友達と呼ぶような。
その縁でか、本来なら任務外で顔を合わせない筈の英雄とも俺は何度か話す機会があった。もちろん副官とは違って、友達とかそういうのじゃないけれど。名前も覚えて貰えた、らしい。副官からの又聞き。
それは素直に嬉しい。
けど、
だからと言って
「時間になったら呼びにきてくれよ。あ、ハイこれカードキーとりあえず渡しとく。今ノック気がつかない可能性あるし勝手に入ってきちゃって。え?セフィ?気にしなくていーよクラウドのこと知ってるし」
は無いってそれは駄目だって。とか思いながら時間が来たから言われた通りカードキーでドア開けて。
固まってる状況なんだよな、俺は。とか状況確認。うん。自分には何の落ち度も無いと断言できる。でも現状は変わらないんですね、クラウドさん。ええ、そうなんですよクラウドさん。
…………他人行儀な説明で現実逃避するのはやめよう。ザックス。そう。俺はザックスに会いにここに来たんだ。目的は果たさないと。というか俺は悪くない筈なんだよ。

「ざ、ザックス……?」
「あ、わり、は、はは、クラウド、来てたのか、はははっ!」
「…………用事があるならいけ、く、くく……」

サーはデスクの椅子に腰掛けて、ザックスと目を合わせようとしていない。でも絶対書類なんて見て無いって。手を口にやって笑いを堪えている。あんまり堪えきれてないけど。
デスクを挟んでサーの正面にいるザックスは、スウウっと息を吸い込んだ。
チラ、とサーが顔をあげた瞬間に、「行ってきます」と満面の笑みを浮かべて答える。
一拍置いて吹き出す二人。駄目だ、この空気に入れない。
どうして静かにドアを閉めてなかったことにしなかったんだろう………。
というか、気配に聡いソルジャー二人が気がつかないってどういうことだよ!

「い、行こうぜ、クラウド」
「え?!サーをあのまま………」
「いーのいーの」

笑いを堪えるサーを残して部屋を出る。信じられない勇者だ。無謀と勇気が同じなら、だけど。隣にいるこの友達は、とんでもない奴なんだなと改めて認識。
能力とか地位ではなく、性格が、だけど。







「初めて見た……」
「ん?」
「声出して笑うサー」

それもあんな大爆笑。そう付け加えたら、「別にあれ大爆笑じゃないぞ」と爆弾発言。
え?それってそんなサラリと言う内容なのか?!
トレーニングルームへ向かう廊下で思わず俺は立ち止まる。2歩進んで気がついたのか、立ち止まって振り返るザックス。今のは聞き間違いじゃないんだよな。大殺傷とかじゃないんだよな?

「大爆笑じゃ……ない?」
「ん?おお。まぁ俺も大爆笑なんて数えるくらいしか見たことないけど」

数えるくらい見たことがある、というのが凄いことに気がついてないんだろうかこの人は。
頭の中で少し考える。ザックスが付き合えるトレーニングは1時間。会議があるとか言っていた。
…………それと、雑談。さて、どっちをとるか。
なんて、わかりきってるよなぁ。このままじゃ気になって訓練どころじゃないよ。

「さ、サーの大爆笑って、どんな感じなの?」
「どんなって……。そりゃ俺とかお前と変わんねぇよ」
「えぇ?!それじゃ本当に大爆笑じゃないか!」
「だからそう言ってるだろ?」

ケラケラケラと、愉快そうにザックスが笑う。正直俺からしたら笑い事じゃない。

「あ、ちなみに今のがレベル3な」
「え?」
「大爆笑がレベル5。さっきお前が見た、笑いを堪えてるのがレベル4。今の俺みたいに普通に声出して笑うのがレベル3。クスッて一瞬笑うのがレベル2。微笑むのがレベル1。」
「なに、それ」
「誰でも判るセフィロス笑顔5段階」

そう言うと、自分で言ったことが面白いのか、またクスクスと笑っている。
そりゃ、ザックスはよく笑う人だ。ザックス笑顔5段階なら判る。判るけど。

「俺、レベル1しか見たことないよ。しかも1回あるかないか」
「え、マジで?あー、でもいや、そんなもんか?俺もあいつが笑った所、そこそこミッション重ねてから初めて見たもんなぁ。」

そもそも、そのレベル1だってザックス絡みだった。ザックスが騒いでいるのを見て小さく、困ったように、呆れたように微笑んでいたのを覚えている。
まぁ、ほとんどはしかめっつらだったりため息をついてたりしたんだけど。
それを見て俺は、ああ、英雄も人間なんだなと少し驚いて、少し安堵して、結構うれしかった。
むしろ尊敬の念が強まったと言っていい。
だけど。

「そんなレベル5まで見たことあるの、ザックスだけだと思うよ……」

うーん、と首を傾げて何か考えているらしい。まぁ俺もついさっき、ザックスの言でいうレベル4(あれで4?!)を見た訳だけど。でもあれは不意打ちに近い気がする。
レベル1の時はまだ普通にその場にいたけど、今回のはただの乱入だ。

「……さっきはどうしてあんなに笑ってたの?」
「ん?あ、そーだ、クラウドも協力しろよ!今んとこ4戦全勝なんだけど、そろそろあいつも仕掛けてくる気がする!」
「な、なんの話?」
「だーかーらー、セフィロスの笑顔の話!」
「全っ然『だから』で繋げない内容だよ……?」

どこらへんが順接。どこも繋がってない。むしろ飛躍の方が正しい。話が掴め無いのは俺の能力不足なんだろうか。

「いや、前回のミッションから、『物凄くクサイ愛の告白』に嵌まっててな?」
「…………ハイ?」
「ああ、えっと、なんていうか、笑壷に入るっつーの?俺もセフィロスも、今愛の告白を聞くと無条件に笑っちゃうんだよ」
「最後だけ聞くと凄い酷い人だよね……」

今の二人に告白する女性がいないことを切に願う。言った瞬間に笑われたんじゃ一生の傷になりかねない。
でもまぁ、英雄に告白する勇気がある人はそれくらいじゃへこたれないのかな。ザックスは女性にはかなり優しいし。傷つけることはしないだろう。
…………そうだよな?そこらへんは信じていいんだよな?なんかもう今、色々と人物像が崩れつつあるんだけど。

「で、4戦全勝」
「『だから』、何が?」
「どっちが先に笑うか、だよ。先に笑った方が負け」

思い出しただけで面白いのか、クックックと肩を震わせる。成る程、やっと理解できた。これは二人の間だけで成り立つゲームだ。話が掴めなかったのは俺の能力不足のせいじゃない。
でも少し気になるワードがあるんだけど。やっぱり聞き間違いじゃないんだよな?

「全勝?」
「応」
「…………意外だな」

笑い上戸なザックスと、ほっとんど笑わない(この認識も改めるべきか)サー。結果は歴然としてそうな物だけど。

「『冗談を言い切るまでは笑ってはいけない』ってことさ」
「………ザックスその言葉よく言うよね。どういう意味?」
「どういう意味も何も、そのまんま。ポリシーみたいなもんかなぁ」
「……ふぅん?」

そんなものなんだろうか。いまいちよく判らない。文章の意味が判らないというか、意図が判らないんだけどな。説明はして貰えなさそうだ。

「ま、そんな訳で、俺とセフィロスは暇があると愛の告白をしあっている訳だ」
「それはあんまり想像できないな………」

というか想像したくない。なんかこの短い間に色々世界が反転してる。キャパシティはとっくに限界だ。

「でも、セフィロスの大爆笑見たくねぇか?」
「……………見たい」
「じゃ、行くか」
「………えぇ?!今から?!」

たった今出て来たばっかりだ。時計を見たら10分くらいしかたってない。とんぼ返りもいいとこだった。流石に呆れられるんじゃないか?!ていうかこんな下らない理由で帰ったってばれたら心証だだ下がりな気がする。
慌てる俺には構わずに、ザックスは俺の腕を掴んでエレベータへ逆戻り。

「善は急げ。笑う門には福来たる」
「意味が判らないし!」
「いいじゃねぇか」

振り返ってにぃん、と笑われた。

「どうせ、気になって訓練どころじゃねぇだろ?」

………ばれてたか。







「せーふぃーろす!」
「何だ。早かったな。………?」

俺の姿を見てデスクに座っていたサーは眉を寄せる。どう見ても「何でお前がいるんだ」のポーズ。そりゃそうだ。何で俺ここにいるんだろう。
ノックもしないでズカズカ入るザックスみたいな勇気がある筈もない。俺はドアの所で小さくなるしかなかった。苦行か。

「セフィロス」

そんな俺に目もくれることなく、デスクの前まで一直線に進むザックス。調度さっき俺がドアを開けた時と完全に同じ状況だ。
だけどさっきと違うのは、二人の凄い真剣な顔。こんな表情を見るのは初めてかもってくらい。ザックスの目はサーしか見ていない。でも口元に微かに微笑みを浮かべて、まるで愛しい人でもみるような。

「君となら飛べる」
「………!!」

俺の目の前で第5戦が始まった。
サーの顔があからさまに引き攣る。口元が歪む。どうやら笑いを堪えているらしい。
…………俺からしてみればどこが面白いのかまったく判らないんだけれど。
というか正直、ザックスに真顔であんなことを言われたらドキッとしてしまいそうだ。いや、俺は、ああいつもの悪戯かと思うけれど。
ザックス信奉者は少なくない。結構。そういうことだった。
………あれ、でもちょっと待てよ。今ザックスが言ったってことは次は………。
やばいやばいやばい嫌な予感がする。今更後悔が襲う。どうして俺は訓練に行かなかったんだろうザックスについてきたんだろう恨むよ過去の自分!

「ザックス」

サーの目はザックスしか見ていない。だけど声は部屋に響く。真剣な調子だから尚更だ。今すぐ帰るんだクラウド。反転した世界が更に壊滅する可能性があるぞ!

「その白魚のような手が俺を捕えて離さない。」
「……………っ!!!!!」
「ふっ……!!!」

思わず吹き出し笑いをしてしまいそうになって、慌てて口を押さえた。必死になって堪える。耐えろ、耐えろ自分。ここで一人笑い出してみろ確実に浮く……!
判った。
ザックスの言葉の意味が判った。
真面目に言うから面白いんだ。途中で自爆したんじゃ判らないもんなこの面白さ……!
しかも、サーはクサイ台詞を言っても何故かサマになってしまうから余計質が悪い。
多分、これを夜、女性に向けて言ったらまたちょっとは違うんだろう。でも今は真昼間。大の男二人真剣に愛を伝えあうのはシュールすぎる。駄目だ、笑うまいとすればするほど逆に込み上げてくる……!
ザックスは気合いで堪えたらしい。それでも口元に浮かぶ笑みは抑え切れないらしく、涙目だ。真っ正直からあの台詞を言われて堪えきったザックスを俺は素直に尊敬する。

「セフィロス。…………神が君を掠わないように、俺だけの鳥籠に閉じ込めたい」
「っ!!!」
「くっ、っ〜〜〜〜〜〜!!!!!」

反転して崩壊した世界は原子分裂を起こし始めたらしかった。
やめてくれザックス!そう叫びたいけど今手を離したら爆笑してしまう。もう何かの拷問なんだろうかこれ。笑っちゃいけないことがここまで辛いとは思ってなかった。
サーはこめかみをつかんで考える人のポーズで乗り切ったが、あからさまに肩が震えていた。それでも声を出さなかったのは流石だと思う。
段々俺の中の尊敬が変な方向へ向いてきてる気がするけど。でもこれは尊敬せざるを得ない。
そうか、ソルジャー1stになるには忍耐力が大切なんだな……!
何か違う気もするけどもういいや。
サーはなんとか乗り切ったのか、果敢に顔をあげるとザックスを見据えて言う。

「君の瞳に乾杯」
「っ〜〜〜〜〜!!!!!」
「っ!!!っ!!!っ!!!」

ビックバン。創世記。自分が何を言っているのかも判らないけど。
もう駄目だ耐え切れない。立っていられない。
しゃがみこんで床をバンバン叩いてなんとか散らす。高級な絨毯が敷いてある執務室で助かった。音が吸収される。
まさかここでこのタイミングで伝説の名言が来るとは思ってなかった。
ザックス、正直、よく堪え切ったと思う。もうなんかザックスを見る目が変わったよ。凄いよザックス。
でもよく見ると、サーの肩も震えていた。…………自爆か。両刃の剣だったらしい。
もうお互い顔がひくついている。ていうか全員涙目だった。
多分、傍から見たら何やってんだって感じなんだろうな、とは思う。
でも今はそれどころじゃなかった。
ここは確かに戦場だ。間違いない。

「お前こそが音楽の天使」
「っっ!!!!」
「くっ〜〜〜〜!!!!」
「百本の薔薇もお前の美しさの前では霞んで見える」
「………っ!!!!」
「!!!、!!!」
「君の為になら世界を敵にしたって構わない」
「貴方が織り姫ならば私は天の川を一人でも渡る」
「っ〜〜〜〜!!!!!」
「…………っ、、!!」

死ねる。
多分今、三人全員が思っている筈だ。死ねる。笑いを堪えて俺は死ぬ。
限界だ。どうするんだよザックス!!

「よ、よし、次はクラウドの番、だな!」
「え、えぇ?!」

そんな無茶苦茶な!まさか協力してもらうってそういう意味だったのか?!
だけどサーの目は完全にこちらに向いた。何か、何か言わないと。ああもうこの状況で考えられる訳ないだろ!
だけどこういう時にだんまりしたのでは場が白けることくらいは判ってる。
ベタ、ベタ、ベタな台詞……!



「………ご、ご飯にする?お風呂にする?それとも私?」



沈黙。



ああ、やってしまった。
ザックスの馬鹿。
なんでそんな無茶ブリ……!このいたたまれない空気、どうしろと……!!!



「「ぶっ」」



「アハハハハハハハハハ!!!!」
「く、くくっ、っ…くくく……!!」



突然声をあげて笑い始めた二人に俺はついていけない。え、えええええ?何だ、何があった?!

「あ、あははは、く、クラウド、それ、告白じゃない……!!」
「……しかも、それは女の台詞だ………っ」
「つーか夫婦っ……あ、あはははは!」
「あ……」

自分の顔が赤くなっていくのを感じる。うわ、うわうわうわ。
斜め前で、腹を抱えて爆笑するザックス。サーはデスクに突っ伏して笑っていた。必死に堪えているらしい。まったく堪えきれてないけど。

「あ、あは、は………」

天下の英雄と、その副官。間違いなく掛値なしに雲の上の存在の筈なのに。

「あ、は……あは、ははははっ!!」
「ぶっ、く、くはははははははは!!」
「…………く……はっ、ははは……!」

笑い声は皆おんなじだった。
それがやけに面白かった。
信じられないくらい愉快だった。ああ、もう、涙出てきた。







「おー、クラウド、お疲れー」

何となくザックスに会いたくなって、会議が終わるまで会議室前の椅子に座っていた。
ぼんやりと、セフィロスさんとの会話を反芻する。

「お疲れ、ザックス」
「いや、悪かったな。あの状態でセフィとお前二人きりにして出てっちゃって。」
「ホントだよ……。まぁ、いいけどね。色々話できたし」
「へぇ!どんな」
「ザックスの失敗談とかずっこけ談とかうっかり談とか」
「よーするに悪口じゃねぇか!」

ぐへ、と凹んだ様子のザックスに思わず吹き出す。

「うん。それに、大爆笑も見れたしね。楽しかったよ。」
「うん?うーん、そこなんだよなぁ」

首を傾げられた。ここでその反応を返されると思ってなかった俺も、やっぱり首を傾げるしかない。

「あれ、レベル5じゃないの?」
「いや、レベル5なんだけど……」

歯切れが悪い。とは言っても待つしかないわけなんだけど。

「あいつ、前に大爆笑した時は、アハハハハってな感じで、別に笑いを堪えるそぶりしてなかったんだけどなぁ」

別に今日も堪え切れてなかったけど、なんつーか、違うよなぁ、とか一人ぶつぶつと続けるザックス。なんだ、本当に気付いてないのか。

「ザックス」
「こう、もっと勢いがあったというか勢いを殺さないというか………うん?ああ、どうした」
「ザックスが見たそれってさ」
「?応」
「レベル6」
「??」
「ザックス専用笑い、だよ」
「???」

まったく理解していない様子の彼に、俺は声をあげて笑った。




***



なんてくだらない、センスのかけらもない、僕たちにしか判らない時間

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