And But Cause I love you


[ν]-εγλ 0001/11/29 13:13:32

自分一人じゃ出来ない事ってなんだ?

生きること?
申し訳無いがいざとなったら無人島でサバイバル出来ちゃうんだよ俺。
愛すること?
自分を愛してる奴だっているだろう。俺だって割と肯定的だ。
名前を呼んでもらうこと?
いやいや自分の名前は自分で呼べる。
右手で右手を掴むこと?
それは揚げ足取りってヤツじゃないか。少なくともそういう話じゃない。

自分一人じゃできないことって、実は意外と無いんじゃないか、と思う。

道徳?『人は一人では生きていけない』?
そういう話をしてるんじゃないんだけどなぁ。例えば俺はパンの作り方を知らないけど、一人でパンを作れる奴はいるだろう?小麦も同じ。

だから俺は思う訳だ、
人間一人で出来ないことなんて、実は何もないんじゃないかって。

高速ビルは作れない?
いちいちつっかかるなよ。それにこうは考えられないか?

ある奴が一生をかければ、高速ビルに必要な(まぁ何かは知らないけど)素材を全部掘り出せるかもしれない。
ある奴が一生をかければ、高速ビルに必要な素材を全部加工できるかもしれない。
ある奴が一生をかければ、加工された道具で、高速ビルの一個くらい、建てられるかもしれない。

そう考えたら、やっぱり、人は一人でなんでも出来るんだと言えるんじゃないか?

屁理屈だって?
うっさいなぁ、判ってるよ。だけどそもそも、俺はこういう実用的な実在の話をしてるんじゃないんだ。
もっとこう、動作というか、動きというか、観念というか、うまく言えないけど、判るだろ?
判んない?
だからほら、最初に言ったみたいな、愛するだとか名前を呼ぶとか生きるとか、そういう感じの!動作…でいいのかなぁ。なんか違う気がする。
え?組体操は一人じゃできない?ピラミッドとか?だからそういうのじゃないんだって!雰囲気で察してくれよ!



***



新羅ビル。オレの執務室での昼休み。ソファにだらしなく座るザックスは、デスクから嫌でも視界に入る。
いつも通りに突然、いつにもまして訳の判らないことを言い出した、と思ったら頭を抱えられてしまった。判らないのはこちらなんだが。
特に反応することも見当たらないので、手元で湯気を立てるコーヒーを一口飲む。
大の大人二人が顔を突き合わせて話している雑談がこの程度だ。随分と哲学的ではないか。馬鹿馬鹿しい。

「……………」
「……………」
「……………」
「………………あぁ、無理、これ以上は言葉にできねぇ」
「…………………そうか」

意味が判らないのはよくあることだったが、ここまで話が判らないのは久々だった。
………何が言いたかったんだ。確実にどうでもいいことではあるが、若干の興味もわく。
かといって積極的に何かをするつもりにもなれなかったので、手近にあった書類を雑に分類分けしていく。
今は昼休みだが、どうせやらねばならない仕事だ。暇な時にやるに限るだろう。
目の前の超本人は、横になっているのと座っているのの中間くらいの姿勢で、あーだとかうーだとか唸っている。言葉を探しているらしい。

「くっそー、なんかうまい言葉無いもんかなぁ」
「知らん」

そもそも話が判らないのだ。説明が欲しいのもこちらである。
しかし本人に判らないとなればこの昼休み、どうやら何も判らないまま終わりそうだった。
どうせ肘をついてぼんやりするくらいしか予定はなかったのだし、実際やることがなくて書類整理を始めてしまったくらいだから、構わないといえば構わない。
多少の面倒臭さは否めないが。興味と面倒さは別だ。こいつの判らない話を解読するのは非常に骨が折れる。

「…………うーん………どこでも辞書のセフィにも判らないとなると絶望的かぁ」
「変な二つ名をつけるな」
「なぁなぁ。思い出した。前にもこんな名前の話しただろ。」
「………?」
「えーっと、ホラ、俺とセフィの関係はどういう関係なんだーみたいな話をした時」

二つ瞬きをして思い出した。確かにあの時、定例会に行く前に話した。こいつがその話をオレが帰ってくるまで覚えていたら説明しようか、とか考えた覚えがある。
まぁ案の定こいつは忘れて、オレも面倒だったから投げているうちに忘れていた。
しかしよくこのタイミングで思い出したな。ひと月近く前の話だった筈だが。

「『一体我々は、どこでも必ず我々の口をその何らかの名前に固定しなければならないのでしょうか』」
「そうそれ!今度説明するとか言ってたけど、そーいやしてもらってねぇよ。」
「お前が忘れていたからな」
「それならそうと言ってくれ……」

肩を落とすこいつには悪いが、オレから言い出すという発想はなかった。まぁ結局説明することになったのだ。大局は変わらないだろう。
成し遂げられるものはどう反発しても成し遂げられるし、うまくいかない物はどれだけ努力しても届かない。
どんなに些細なことだって、この法則からは逃れられない。運命とどう違うのだと以前笑われた。あれは、ジェネシスだったか。
懐かしい。それに自分はどう返したのだったか。案外、そうだな、と一言で流してしまっていたかもしれない。
それで言うならオレはこいつに説明する運命だったんだろう。とはいっても。

「………どこを説明すればいいんだ」
「えー。そう言われると困るなぁ。んー……、じゃ、その台詞って誰の?」
「オレはアンジールから聞いた」
「俺も俺もー……じゃなくって!え、ちょっと待って、その言葉考えたのってアンジールなの?」
「違うだろうな」

まず間違いなく違うだろう。あいつは説教臭いが、その分意味は明瞭だ。回りくどいジェネシスとは対称的と言っていい。
あの二人は本当に対照的にバランスがとれていた。いや、今はあの二人のことではないか。この言葉。この言葉だ。
まぁ、別にわかりにくい訳では無いが、それにしても少し口説い。そもそも、

「あいつが『最近本で読んだんだが』と言っていた」
「………じゃ、それは誰さんの本?」
「知らん」
「なんだよそれ」

俺とたいして変わんないじゃん、と笑われた。別に構わないが、たいして変わらない相手に質問している自分に疑問は抱かないのだろうか。
からからと笑うその顔は、本当に面白がっている様子しかみてとれない。疑問の欠片も無いらしい。
なんというか、今更こんなことを確認する自分も馬鹿らしいが、本当に、単純なんだな、こいつ。
本当に今更で馬鹿馬鹿しいので溜息をつかざるを得ない。初めから判っていたことだったじゃないか。

「ふーん、じゃ、その誰かは判らない誰かさんの台詞をアンジールは気に入ってた訳だ」
「いや、誰の台詞かは知っている」
「え?」
「フーゴ・バルという。ダダイズムの創始者の一人だ。」
「しっかり知ってんじゃん!」
「本の作者かどうかは知らない。本人の言葉を本人が本にするとは限らないからな。」
「本の字が多過ぎて理解できないぜ………」

がっくりとうなだれている。ふむ。悪いことをしただろうか。わりと誠実に答えていたつもりだったんだが。
特にこちらはダメージもうけていないのでコーヒーに手を伸ばす。届く前に、音がしそうな勢いでザックスが顔をあげた。
何故こいつはこうも、一つ一つの動作に無駄が多くていちいち全力なんだ。
勢いよく顔をあげたザックスの顔はもういつも通りだった。相変わらず切り替えが早い。

「で、ダダイズムってどういう意味だ?」
「意味は無い」
「はぁ?」
「既成の物に意味は無い、という芸術運動のことだ」
「その言葉の意味が判らない」
「………一般常識だぞ………」

物凄いざっくばらんな説明ではあるが、そもそもダダイズムぐらいは知っていて欲しい。なんといえばよいのか。
その作品を知っていれば一発なのだが、口で説明するには適していないのだ。そもそも、言葉に意味を持たせない芸術活動だ。
言葉で説明しようと言う方が無理がある。
頭を傾げるザックスに、オレもどう説明したものか迷う。というか、アンジールはそこのところを説明しなかったのか。

「アンジールはー、んー、なんだったっけな、『名前に惑わされるな』って言ってた。」
「………まぁ、だいたい合っている」
「マジで?」
「………ああ」

そこに至るまでの過程やら何やらを説明するよりはよっぽど判りやすいだろう。簡略化しすぎのきらいはあるが。
本質を掴め無いから周りを柵で囲むようなおおざっぱさだ。だからこそ別に間違いではない。
何より、目の前のお調子者は、これでだいたい満足したらしい。本当に、オレに聞く意味はあったのか。
書類整理の手が止まっている自分に気がつく。まあ、どうせ後でやることなのだから今やる必要も無いわけだが。
さっきとま逆のことを考えている自覚はあるが、根本的には同じだ。いずれやることはいつか行われる。それだけ。
こいつとの会話も、今やらなければいつか行われるのだと思えば、少しは意味があるのだろう。

「ふんふん。成る程ね。いやー勉強になった勉強になった。なんでわざわざ昼休みにまで勉強してんだよ俺。偉すぎる。なんで勉強してたんだっけな。」
「……………知らん」

意味があるのだろう。あるのかもしれないが、駄目だ。こいつが何をしたいのか本当に判らない。話を振ったのはお前じゃないのか。
オレがどうして付き合っているのかも判らないが、そこを考えると虚しくなりそうでもある。
所詮は昼休みだ。それもあと10分で終わる。
肘をついていだけなのと、変わらないといえば変わらなかった。

「でもさー、ぶっちゃけ俺、『名前を固定』とかいまいちよく判らないんだけど。名前って決まってるから名前なんじゃねーの?」
「?。お前はこの言葉の前部分を知らないのか?」
「何ソレ」
「『なぜ木のことをプルプルシュと言えないのでしょうか。また、雨が降っていたとき、なぜプルプルバシュと言えないのでしょうか。
そもそもなぜ木は何らかの名前で呼ばれねばならないのでしょうか。一体我々は、どこでも必ず…』以下略だ」
「いやいやいやなんで俺がそれを知ってると思ったんだよ」

それもそうだ。何故だろう。少し考える。思いだそうとする。
しかし前部分を知らないと、あの言葉は一気に難解になると思うが。理解が遅かったのはそのせいかもしれない。
勿論、単純に馬鹿だというのが理由の大部分ではあるだろうが。

「あー判った判った。OKだいたいの空気は掴めた。はいはい。だーからアンジールは『名前に惑わされるな』って言ったわけねー」
「そうだ。お前はアンジールから聞かなかったのか?」
「いんにゃ。そこのくだりはお初ですよ。」

オレはアンジールから聞いたんだが。ザックスも知っていると勘違いしたのはそのせいか。何故ザックスには言わなかったのだろう。
考えるだけ無駄かもしれないが少し気になる。気にはなるが、やはり面倒なので思考は途中で切り上げた。
説教するのに良い悪い、くらいの理由が一番有り得る気がした。

「スッキリスッキリスッキリさんだ。………で、なんでこの話になったんだっけ?」
「…………お前が最初に訳の判らないことを言い出すからだ」
「そーだったそーだった。最初に俺が考えてたことをどう言葉にしようかっていう………」
「…………知らん」
「そーだなー。よし、じゃああの時の考えを、ツットルカッシと名付けよう。」
「…………そうか」

満足げに頷いている。何かおかしい気もするが、何も言うまい。

「で、さっきの俺はツットルカッシを考えてた訳だけど、セフィ、判った?」
「判らない」

昼休みが終わる。
結局、最後まで肘をついていたのは一人の時と変わらないな、と思う。会話するのは二人だからか、とぼんやり思った。







『ほら、英雄様はなんでもできるからな』
『しーっ、静かにしろよ、聞こえるかもしれないだろ』
『平気さ。それに俺は悪いことなんてなんも言ってないぜ。英雄様を英雄様って言ってるだけさ。お一人でなんでもできるんだろ。』

『………………』
『………………』
『セフィロス』
『なんだアンジール』
『最近本で読んだんだがな』

『……で、それがどうした』
『俺にとって、お前はセフィロスという友人だ。それと同時に誇りでもある』
『………突然何を言う』
『さっきからずっとその話をしてただろう。』
『ずっとダダイズムの話をしていたと思っていたんだが』
『お前の話さ。英雄セフィロス。』
『……………』
『英雄という言葉の意味を決めるのは個々人だ。逆に言えば、英雄という言葉に意味なんて無い』
『……………意味が、無い?』
『だからずっとそう言ってるじゃないか。意味が無いから、皆自分勝手な意味を押し付けるのさ。なんでもできる完璧超人だったり、誇りだったり』
『…………なら、どうしてお前は誇りを押し付ける』
『本来、人は一人で何でもできるんだ。』
『?』
『ただ、皆でやれば楽ってだけだ。一人でやろうとしたら切り捨てなきゃいけない物も持っていられるし、他の物にも手をのばせる。伸ばした手で他の奴を助ける。
そうしたら助けられた奴が楽になって、また誰かに手をのばす。』
『邪魔をしたりも』
『するだろうな。でも、それを全部引っくるめて、人としての繋がりだ。』
『…………それで?』
『ソルジャーの誇りってのは……どれだけ手を伸ばすか、だと思っているんだ』
『助けようとした手で、誰かの道を遮ってもか』
『それでも、伸ばそうとしたことにかわりはないさ。だから、英雄と呼ばれるくらいまで手を伸ばしまくった俺の友人は、俺の誇りだよ』
『……………』
『いいか?だから、ソルジャーの誇りを忘れるな。自分の意思を無くしたロボットの手は、使われるだけで、助ける物じゃなくなるからな。』
『…………相変わらずお前の説教は長い』
『なぁに、自慢話は長くなるものさ』
『自慢話?』
『俺の友人の、な。』



***



ツットルカッシと名付けた俺の気持ちなんだがな、それをなんというか、もう少し一般的な言葉で説明しようと努力してるんだよ俺は。し続けている訳だ。
多分、こういうことなんだ。
人は、何でもできる。何でもできる可能性を持ってる。
俗に言う、二人じゃないとできないこと?そういうことだって多分、一人でできるんだ。
ただ、皆でやった方が楽だし、それになにより嬉しいよな。
助けてもらえる自分も、助けてあげられる自分も、さ。
何が言いたいかって?いや別に、特に無いけど。
でもさ、そう考えると人間って凄いよな。人間って凄いって思えるのって、なんか、いいよな。
そーいうなんやかや、全部引っくるめて、ツットルカッシさ。俺命名。
仕方ないだろー、うまい言葉思いつかなかったんだから。
何笑ってるんだ?うん?え、なんだよ、良い言葉知ってんのかよ。この前はそんなこと言ってなかったじゃないか。辞書には載ってない?いいから教えろって。

………………ああ、成る程ね。うん。うんうんうん。なるなるなる。ぴたりって感じだ。ったく、早く言えよなぁ。
え?気がつかなかった?俺の話し方が悪い?うっせぇ!ほら、仕事行くぞ仕事!!面倒くさがらない!!人助けなんだから!!

それが『ソルジャーの誇り』
だろ?

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