And But Cause I love you


[μ]-εγλ 1998/08/31 23:44:21

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生きる。
生きて、君を思う。



***



「…〜、――……〜、」

遠く、鼻歌が聞こえる。調子っぱずれで気の良い歌。夜も更けたミッドガルに反響する。ああ、俺こういうの結構好きだ。
仕事を終えた帰り道。ぶらぶらと、ゆらゆらと、歩き慣れた道をたまに外したりしてゆっくりと帰る。
ここ最近デスクワークが続いてるおかげで、退屈だけど平和だ。まぁ机に向かいっぱなしの状況が地獄だと言ってしまったら意味無いんだけど。
近づく音源、と思ったら前の道路をチャリが横切った。カラカラとペダル、シャァとタイヤが奏でるBGM。乗ってた青年の鼻歌は遠ざかる。さて、何の曲だったかな。
聞いたことあるような、無いような。
この世界に新しいコードはもう生まれないのだと、言っていたのは誰だったっけ。
反響はもうメロディを成していない。ただ残像のように面影を伝える。
ああ、俺こういうの好きだ。
あの青年は、きっと今日良いことがあったんだろう。ずっと好きだった子が告白をOKしてくれたとか、でかい仕事一つ終えたとか、さ。
もしくは何も無い平和な一日に乾杯したのかもしれない。自分の勇気を奮い起こすために、今日の憂鬱を吹き飛ばすために飲み過ぎちゃったのかもしれない。それもいいじゃないか。うん。
ああ、良い気分だ。
少し湿った風が後ろから俺を押す。特に見上げた訳でもなく、視界の上方、自然と見える空には星。
俺が詩人だったら、言葉を尽くしてこの喜びを伝えただろうか。湧き零れるような何気ない世界を讃えただろうか。まぁ、俺にはそんな能力無いんだけど、さ。
ふ、と思いついた。

「〜〜…、…〜ーーー、ー〜、」

とりあえず、思いついたままにメロディを歌う。いや、歌とかそんな高尚なもんじゃねぇや、もっと原始的な何かだろ。
さっきの鼻歌はどんなだったっけと思いながら、わずかに覚えていたメロディも勝手に組み込まれて変化する。
調子っぱずれでラインもない、詩もついてない人生の讃歌。
ああ、歌はこのためにあるのか、とか適当に格言めいた特に意味のないことを思う。明日には忘れてるんだろう。
歌うはしから消えていく、一瞬先にはもう残らない音。おんなじようにもっかい歌えって言われても確実に無理だ。
自宅まであと少し。それでもなんか名残惜しくて大きく迂回。ああ、俺は行く当ての無い旅人、なんちゃって。
時計を見ればもう少しで日付が変わる。さようなら、今日。こんにちは明日。
いやいや、夜なのにこんにちはっておかしくね。でもなんか、新しい日を迎えるのにこんばんはってのもなんか尻窄みな気がする。
なんだろう、はじめまして、とかかな。
明日への挨拶を考えていたらいつの間にか鼻歌は止んでいた。まぁ、止んでいたっつうか俺の脳みそが平行動作に耐え切れなかったと、それだけのことなんだけど。
明日まで残り12分。
あれ、こんな所に酒屋あったんだ。この道一回も通ったこと無い訳じゃないんだけどな。知らなかった。
ああ、そうだと思い付き。どうやら今晩の俺は割と冴えてるらしい。冴えてる……うーん、なんかもっと馬鹿っぽい単語ないかな。
夜を照らす店の明かり。迷わずに入って店長に缶ビールを1本差し出す。
仏頂面の店主は、低く「250ギル」とだけ答えた。
こんな夜中までやってるなんてお疲れ様です、そう言えば「昼間寝てんだよ」と返ってきた、成る程。
自動ドアが開いて外へ。湿った風が吹き付ける。さて、どこがいいだろう。あんまり時間も無いんだけれど。
キョロキョロ。見回して一番高いビルへ走る。軽く門を乗り越えて、非常階段を一気に昇る。不法侵入?気にしない気にしない。ちょっと借りるだけだ。
楽しい。何故だか楽しい。酒も飲んでいないのに浮かれてる、そうだ、浮かれてる、だ。
浮かれてるという単語を思い出した俺を冴えてると思った。これじゃ変わんないじゃん。
たどり着いた屋上。時計を見ればあと2分。どっかと腰を降ろしてビールのプルタブを開けた。
寝転がって空を見上げる。星が見える。晴れてる割には見えない。煙と灰で汚れた空だ。まぁ実家と比べちゃいけないよな。
これはこれで、いいじゃないか。よっこいせ、と起き上がってもう一度時計確認。もうすぐだ。
…………………………
…………………3、2、1
俺はビールを高く掲げる。空と乾杯をするように。
さようなら、今日。はじめまして、明日。
そのまま一気に半分くらい飲んで、ぷふぁーとため息。満足だ。満足してるけれど、なんか違和感が拭えない。 式も考え方も正しいけど、一箇所うっかりプラマイ逆にしちゃった、みたいな。首をひねる。冴えてる今日の俺はすぐに答えに気がついた。もう一度空を見る。
当たり前のように、ついさっきの昨日と変わらない空。
お疲れ様、昨日。よろしくな、今日。
うんうんと頷きながら缶を傾ける。あっという間に空になった。さぁ、そろそろ帰ろうか。
待ってろよ、明日。 今日を駆けて会いに行くから。



***



生きていくということ

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