And But Cause I love you


[μ]-εγλ 1999/02/24 18:46:09

「あいしてる」をくれたのは
世界でたった一人だけ



覚えている
何故なのかは判らない
幼い頃
生まれたばかり
温かい手に抱きしめられて
「あいしてる」という声を聞いた

母親は子供を愛するものと
誰かに聞いたか本で読んだか
ああ、あれは母さんなのだと
その時不意に納得した



「あいしてる」をもらったことは最初で最後のあれっきり



もう一度
もう一度だけ
あの温もりをくれないか
自分自身の冷たさで
心が砕け散る前に


「母さん」



***



「うっわーさみぃー!!」

アイシクルロッジじゃなくたって、真冬の強風は身に凍みる。
コートにマフラーを着けたって、任務中には邪魔なだけ。
行きはよいよい帰りは怖い。震えて帰るのは前世(「コートなんて着てたらバスターソード振り回せねぇよ!」)の行いが悪かったせいか。やれやれ。

「つうかセフィロス、お前なんでそんな平然としてんだよ」
「オレはそもそも、余り寒さを感じ無い」
「雪女か」
「オレは男だ。」
「知ってる。」

冗談を言う余裕はあるが洒落にならないくらい寒い。
まぁセフィロスは普段通りコートを着てるし、いつもと違って上着も着ているから少なくとも俺よりは寒くなさそうだ。珍しい完全防備。
俺がこの前、腹をだしているのだから腹踊りができる筈ださぁ踊れ腹踊りを今すぐにさぁ、とかなりしつこくからかった(具体的には任務中腹踊りと呼び続けた)のがよっぽど嫌だったのかもしれない。
しかしこうなると腕剥き出しの俺の方がよっぽど馬鹿らしい。あいつはてぶく……

「………あれ?」
「どうした」
「セフィロス、お前手袋は?」
「兵士にやった。」
「へぇ。どういう風のふきまわしだ?」
「別にたいしたことはない。手袋を忘れた凍傷になる凍傷になる俺はもうピアノが弾けないと騒いでいる奴がいたからくれてやっただけだ」
「…………」

間違いなくそいつは普段ピアノなんて弾いていないだろうし、今頃大慌てで凍傷もビックリの真っ青になっているだろう。
俺は素直に、名前も知らない兵士に同情する。冗談が通じないというのは時に致命傷だ。それにそいつは多分、セフィロスに向かって言った訳じゃないだろう。

「しっかしこれじゃあんたが凍傷に……って冷た!おま、手、冷た!」

何の気無しに触った手はこれでもかというくらい冷たかった。血も凍るようなとはよくいうが、こいつ本当に雪女なんじゃなかろうか。氷の血だ。

「うわー、凍傷なんてただの冗談だと思ってたけど、これお前本当にやばくねぇか?うわー。」
「……お前は温かいな。」
「所詮子供体温さ。」
「………羨ましい。」
「は?」

まさかそんなことを言われるとは思っていなかったがセフィロスの目はマジだ。確かに俺は腕剥き出しなのにセフィロスより体温高いがそんな所で羨むものか?よっぽど冷え症で悩んでるのか。

「ってお前さっき『寒さを感じない』云々言ってたじゃねぇかよ。やせ我慢か。」
「寒くは無い」
「だからそれが……」
「オレ自身の体温が低いのか、外を寒いと思ったことはあまりない。」

雪女だからな、と少し笑ったセフィロスに、俺も少しだけ笑った。
そうだ、こいつは冗談が通じる奴だった。今までの経験で俺はそのことを知っている。
うん?あれ?じゃあ、手袋は?
行きは確かにつけてたから、忘れたってことは無いしなあ。
じゃあ、やっぱり兵士にあげたのか。冗談だって判ってながら?んな馬鹿な。
ああ、そっか、だったら、ピアニストの兵士も本当にいたのかもしれない。
今頃、セフィロスの手袋を付けて、恐縮しながら感謝してるのかもしれない。
それは結構、愉快な想像だった。
「じゃあまぁお前、手、平気なんだな?」
「ああ」

返事と同時に、俺はセフィロスから手を離す。何となく心配で掴みっぱなしだったが、考えてみれば男が男の手を握っているというのも気持ち悪い光景だ。
そういう趣味だと街行くお嬢さんに勘違いされてもつまらない。

「……………」
「……………」
「……………」
「…………ザックス」
「おう、どーした。」
「…………寒い。」
「はぁ?」

お前ついさっき言ってた台詞は何だったんだ。そんな気持ちを込めて顔を見たが、セフィロスはさっきまで俺が握っていた右手をじっと見ていた。

「………寒い。」
「お前なぁ………」
「寒い」
「いやだから……」
「寒い」
「あーもう判ったよ!俺の体温が移ったから寒くなっちゃったんだろ!」

俺はセフィロスの右手を掴むと、わざと子供のようにぶんぶんと、前後に大きく腕を振りながら歩いた。ずんずんずん。
風をきる羽目になって逆に俺が寒かった。
まぁいい、こんな辺鄙な場所を歩いてるお嬢さんなんてどうせいない。

「しっかし何が悲しくて野郎と手を繋いで帰るんだか」
「変か」
「変だ」

冗談は通じても常識は通じないらしかった。

「どう考えたって、そっちのケがあるように見えるだろーよ。」
「オレは雪女だから大丈夫じゃないか。」
「男だろ。」
「知っている。」
「俺も知ってる。」
「雪男か。」
「どっちかってーと、雪男は毛むくじゃらでむしろあったかそーなイメージなんだが。」

少なくとも大の大人二人が真剣に話す話題ではなかった。やれやれ。

「寒くねぇか?」
「ああ」
「じゃあ、まあ、いいか。」
「………寒くない」
「いや、もう聞いたよ。」
「寒いのは、温もりを知っているからか。」

多分独り言だなと気がついたから、俺は何も言わなかった。

「……お前は、どうして温かいのだろうな。」
「太陽浴びて生きてるからな。」
「オレもその筈なんだが。」
「足りねぇんじゃねぇの。」

適当に言ったが、本当にそんな気がしてきた。やべぇ、俺は大発見をしたかもしれない。

「お前、もっと太陽の下で思いっきり笑ったり泣いたりはじけたりして生きてみろよ。多分それでイケる。」
「行ける?」
「ああ、イケるイケる。」
「何処にだ」
「何処?なんの話だ?んー。そりゃ、まあ、行きたい所にさ。」
「…………宿屋」
「ぶっ。はは、俺もだ!」



***



「あいしてる」をくれたのは
この世でたった一人だけ

もう一度
もう一度だけ
あの温もりをくれないか


「母さん」


あの温もり?
そうだ、凍えそうだった自分を暖めてくれた、あの


「やっと会えたね、母さん」


「あいしてる」をくれたのは
この世でたった一人だけ


あの温もりをくれたのは


ああ、そうだ、もう一人


「裏切り者め」


心が砕け散る音がした
散った心に残っていたぬくもりを俺はもう思い出せない

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