And But Cause I love you


[μ]-εγλ 2000/09/27 17:02:54

生きていると感じたんだ
深く深く息を吸って
ゆっくりゆっくり息を吐いて
そのまま微笑みたくなるような
穏やかな優しさを柔らかな命を
初めて知った
泣きたくなるくらいの輝きを



***



「なぁセフィ、散歩いかねぇ?」

突然頭上から降って来た言葉にオレは少しだけ頭を動かしてあいつを見つけた。
言葉は疑問の形をとっているが、こいつの目はもうそれが決定事項であることを物語っている。
時計を見れば夕方の5時。電気をつけていない部屋に夕日が強く差し込んでいた。

「………嫌だ」
「ほほぅ、断るか」

別に何をしている訳でもない。ただソファに寝転んでぼんやりと天井を見ていただけだ。
自分の上を陽射しと影がゆっくり流れていたのを思い出して、もう何時間もこの体勢でいたことに思い至る。
だが、オレは久しぶりのオフに精力的に動こうとするほど積極的な人間ではない。

「せっかくオフが被ったんだしさー」
「同じ任務だったのだからオフが被るのは当然だろう」
「一日一回ちょっとでもいいから外の空気すわねーと溶けちまうぞ。」
「………溶ける?」

時々、いや割と頻繁、こいつの言葉は意味が判らない。なんというか、感性が違うんだろうと思う。差異というよりは有無の話かもしれないが。
有った方が良い悪い、という問題でも無いだろう。いや、有る方がいいのか、やはり。不必要だとは思うが。

「ほらほら、ぐでぐでしてないで!」

質問の答は放り投げられて、代わりに俺の腕をひかれた。強制的に起き上がる羽目になる。
寝転んで見ていたザックスの姿が、起き上がって変わる訳でも無し、どうやら俺は着替えなくてはいけないようだった。

「あー、いーよいーよそのままで。いこーぜ。」
「…………部屋着なんだが」
「お前部屋着も外着も変わんないじゃんそんなに。ワイシャツとズボン。」

ザックスもTシャツにジーパンという部屋着のままだった。どうやら今回の散歩というのは近場に行って帰ってくるだけらしい。
以前、散歩と言われて途中から登山になっていた時は自分のボキャブラリと定義を疑った物だが、今回は大丈夫そうだ。
小さく息をついて立ち上がる。鍵と財布だけをポケットにつっこんだ。カーテンを閉めるか少し迷って、迷うことが面倒になってそのままにする。
あいつは玄関で、珍しく急かすこともなく待っていた。





夏が終わりを告げる頃、秋の訪れを感じる頃、どちらだって構わないけれど、沈む太陽は躊躇うことなくこちらを照らす。
赤く染まるあいつの顔は小さな笑みを浮かべていた。
俺の顔も赤く染まっているのだろうか。いつだって自分のことはよくわからない。

「どこに向かっているんだ」
「んー、特に何も。敢えて言うなら太陽の方向」
「西か」

成る程。太陽がずっと正面で沈んでいくのは偶然かと思っていたが、なんのことはない、太陽が目印だったというだけか。
ゆっくりと歩く。街路樹の影が時々陽射しを遮るがそれも一瞬。紅葉が始まったかと思う程に世界が赤く染まっている。
正直、この赤は苦手だ。
血煙が歌う戦場すら塗り潰す。生きている者も死んでいる物も等しい。
感傷では無く、純粋に面倒なのだ。死体と生者の区別をするのが。

「………ィ?セフィー?」

考え事をしていたら少しだけザックスから遅れていた。
2歩前で俺を待っている。
振り返ったその顔は逆光だがちゃんと見える。それでもやはり、あいつの向こうの太陽が眩しくてオレは眼をすがめた。
そんな俺を見て何を思ったのかなんて判らない。判らないが、あいつは眼を細めて笑った。
その表情をあらわす言葉を俺は持っていないけれど、

「なぁ、セフィ、綺麗だな」

俺はその表情が眩しくて眼を細めたのかもしれなかった。

「みんなみんな、信じられないくらいに優しい色だ。」

泣いているかのような笑顔だった。夕日に溶けてしまいそうな輝きだった。
これは感傷だ。しっかりと認識する自分の理性が煩わしい。
眩しいのは太陽で、優しい色が何を指しているのか、俺にはさっぱり判らない。

「…………ああ、そうだな。」

こいつの感性はオレとはやはり違うようで。
俺の目には、やはり夕日は何の慈悲もなく全てを染めているように見えたけれど。
それでも、小さく嘘をついた。
目の前で優しく笑う奴が見ている景色を見てみたいと思った。その気持ちに嘘は無かった。
夕日が染めるこいつの顔が輝いて見えるなら、きっと染まる世界は輝いているのだろうと信じてみたくなった。
自分も今赤く染まっているのか、こいつのように笑えているのか。自分のことは相変わらずよく判らないけれど。
あいつに微笑み返そうとして、
自分が既に笑っていることに気がついた。



***



まぶしい時に目を細めるのは涙をこらえる姿に似ている

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