And But Cause I love you


12mlの現実

酸素を吸った
二酸化炭素を吐いた
生きていた



***



「プロシュート」
「完璧だ。報告終了」
「言葉じゃなく紙で寄越せ」
「はん。千の愛の言葉より一枚の紙幣か?つまらねぇ野郎だな」
「金が無ければ飯も食えん」

そもそも金の為に仕事をしてるんだからその分は働け。
眉をひそめる訳でもなく、目で咎める訳でもなく。表情はそのままに淡々と言われた。ったく。相変わらずつまらない野郎だ。

「そもそも、何時から愛の話になった」
「ツッコミが遅ぇ」







正直な話、報告書を作るのなんて、片手間の暇潰しにできる。ただ、本当に馬鹿らしくて面倒なだけ。
自宅まで持って帰るのは釈に触るので、そのままアジトのリビングに腰を落ち着ける。
革張りのソファ。ガラスのテーブル。胸から取り出したペンでおもむろに書き出す。日付。ターゲットの名前。概要。どこの夏休みの宿題だ。
テーブルの上、申し訳程度の皿に置かれた溢れんばかりの果物。というよりも、実際に溢れている。このバランスの悪さはペッシだ。間違いない。
チラリと見遣って紙に目を戻す。過程。方法。答え零。いや、1かな。
ターゲットは死んだ。
その事実以上の事がどこにあるだろう。現実が小説より奇っ怪なら、結局文字は現実に追いつけない。
なぁ、甘え言は無しにしようぜ。生温い体温は辞めよう。ぐだぐだと、何を躊躇うんだ。

俺達は、努力をしたことに意味がある世界になんて生きてないだろう?

ターゲットは死んだ。
過程も方法も関係無く、同情の余地も無く、ただの事実と結果だけが残る。それが全てだ。
なんて今更。つまらない。下らない。
努力したことに意味がある、なんて信じるのも、努力しても無駄、なんて世を拗ねるのも同じだ。同じくらい下らない。
現実を見ろ、ガキども。
現実を現実として見ればそれすなわち全て結果だ。
下らない。本当に下らない。
なんで俺がこんな下らないことを考えるハメになってんだ。クソ、この作業が単純過ぎて簡単過ぎるせいだろ。
だから嫌なんだ。
そうこうしているうちに、俺の右手は平面の上で人を殺して後始末をして仕事を終えた。現実より遅れること、1日と14時間27分。

「あれ、珍しいね、プロシュートが素直に報告書書いてる」
「一度は抵抗した」

簡単過ぎて面倒なことに一段落ついた所で、また面倒過ぎて面倒な奴が来た。にやにやと片目だけを歪めて、出来立ての報告書を立ったまま覗き込む。
見えない方の目も歪んでいるのかは知らない。興味もない。

「権利とは、安寧の内に享受する物ではなく勝ち取る物であるってやつ?」
「主張しない権利は失われてしかるべきってことだろ」
「成る程。とはいっても、結果がこれじゃあねぇ」

その通り。結局は全部そういうことだ。文句を言ったって、結局俺は俺の現実をこの紙にまとめている。それが結果。現実。ご苦労なことだ。

「結局、抵抗した意味なんてないじゃない。無駄骨折るくらいならやめときゃいいのに」
「阿呆。何を聞いてたんだテメェは。主張しない権利は失われるっつったろーが」
「ん、んー?あぁ、そういうこと。はいはい。」

諦めたようなため息。やれやれ、という台詞つき。この変態に溜息つかれるような人間になったつもりは無い。
それ以上に、この変態に理解されたいとも思わないが。

「抵抗する権利の保持ねぇ。」
「失うとギアッチョのようになる」
「成る程。そいつはゴメンだ」

あいつはリーダーに対して弱すぎる、ケラケラと笑いながら言ったこいつは、躊躇いもせずに果物を手に取って俺の頭の上に落としてきた。
避けた流れのまま左手でキャッチ。林檎。

「ありがとよ」
「どういたしまして」

答えを聞き終わる前にあいつの顔面に向かってぶん投げた。右手でキャッチ。そのまま口へ運んでカシャリ。一口食べてそのまま二口三口。シャリシャリカシャリ。

「ありがとね」
「どういたしまして」

この変態は最初から普通に食べれないのか。素直な疑問だ。相変わらず面倒な生き方をしている。
立ち上がろうとしたら肩を押さえ付けられた。相手をしてやるのも面倒で、そのまま無視すればニヤついた声が降ってくる。声まで変態じみやがって。

「遊んでくれよ」
「仕事が終わったら考えてやってもいい」
「報告書、書き終わったんだろ?じゃあもう終わったじゃないか」

遊んでくれよ、マンマ。

ニヤついたまま取り出された果物ナイフ。その切っ先を向けるのは果物であるべきだろう。少なくとも俺の鼻先に向けるべきではない。
せめてアーミーナイフでも用意してほしいところだが、ああ、なんだ。
こいつ本当に、果物喰いに来てたのか。

「誰がマンマだ」
「おや、普通過ぎて意外なツッコミ」
「なに、さっき、ツッコミのタイミングを間違えるなって叱ったばっかだからな。俺が同じ過ちをする訳にはいかねぇよ」
「有言実行?」
「権利の保持さ」

切っ先はまだ俺の鼻を向く。まったく。言わないと判らないのかこいつは。変態で馬鹿とは救いようがない気がする。
まぁいい。別に誰も救おうなんざ思っちゃいない。

「果物を喰いたくはないのか」
「さっき食べたからね。残りは後で楽しもうかと。」
「萎びたオレンジと乾いた葡萄をか?」
「………成る程。」
「果物を喰いたくはないのか」
「食べたいね」
「お一つどうぞ」
「ありがとう」

今度こそ果物ナイフは手渡したオレンジに向かった。やれやれ。これでもう今は向かってこないだろう。
器用に皮を剥いて切り分けていく。中味が見えてきた。

「まぁ、理屈は判ったよ。成る程。」

手を止めないまま、目線をオレンジに向けたまま話し出す。今に始まったことじゃないが、こいつは唐突すぎる。何の話題か検討が付かない。
一ヶ月前に窓の外を通った通行人の話を平気で持ち出して来るような奴だ。

「権利の話」
「ああ、さっきの」
「うん。ツッコミできないことを叱る権利を勝ち取るために、プロシュートはしっかりとツッコミをいれなくちゃいけなかった訳だ。」
「そこかよ。」
「さらに話を遡れば、文句を言ったってプロシュートは報告書を書くハメになってる。それが結果だ。言うだけ時間と労力の無駄だったし、その過程に意味は無い。
  だけど未だプロシュートは権利を保持している。それすなわち抵抗する権利であり、その点でいえば結果はしっかり出てる訳だ。………うーん、でもなぁ、それさぁ、プロシュート。
  どうなんだろう。どうなんだろう。どうなっちまうんだ?これはまずいことにならないか?そんなこと言ってたら、一もニも、全てが結果になっちまうぜ。
  息を吸うのも結果で息を吐くのも結果で、生きているのも結果だ。死んでいることが過程だ。三四五と結果が続いて6が過程だ。七八九と続いては後に戻って零まで過程だ。
  百も二百も一緒じゃないか。過程が結果になるし、結果も過程の一環になっちまって、終わりがないまんま、もしくは終わり続けたまんま、ぐるぐるぐるぐる………ぐるぐるぐるぐる……
  巡って巡って回って回って、そのくせ終わって終わって終わって終わって終わって終わ」
「メローネ」

オレンジの一房が細切れになった所で俺はこいつを止めた。果物、食べたいんじゃなかったのか。汁で手がベタベタになっているだろうに、気にしたそぶりも見せない。
あるいは、気付いていないのか。
ああ、勿体ない。
鮮やかなオレンジを見て思う。いつも通りに面倒くさいこいつはいつも通りだ。

「そのへんでやめとけ。」
「……ああ」

焦点の合っていなかった目は何事もなかったかのようにまた皮剥きに戻った。今度は普通に剥いてそのまま喰っている。鼻歌まで聞こえてきた。

「てめぇは相変わらずテンションの上がり下がりが激しいな。」
「そんなに褒めるなよ」
「皮肉だ、馬鹿」
「皮肉だと判った上で返してるんだよ、お利口さん」
「皮肉だと判った上での返事だと理解してツッコミをいれてやってるんだ」

オレンジ。オレンジオレンジ。
何かのメタファーにでもなるかと考えて、結局オレンジはオレンジのまま喰われて存在を消した。それもまた結果だ。全ての物に深い意味を求めるな。
一月前に窓の外を通ったオッサンの鼻の形がAV男優に似てたからって、それに人生の意味を求めるか?求めないだろ?求める奴は相当な変態か、ただの馬鹿だ。
自分の隣にいる馬鹿な変態は2個目のオレンジに手を伸ばした。

「優しいんだね」
「そんなに褒めるな」
「本音だよ」
「余計に馬鹿だ」

オレンジを手渡しながら思う。馬鹿だ。こいつは馬鹿だ。というよりも、俺の周りにいる奴らは馬鹿が多過ぎる。
そういえば、そんな話を誰かとしたことがあった。酔っていたせいか記憶がおぼろだ。ホルマジオだったか。
メローネは意識が逸れていた俺にお構いなしに話を続ける。

「阿呆と馬鹿ってどっちがマシなの?」
「人類が言葉を生み出した遥か昔から争い続け血を流し多くの悲劇を生みだし続けても答えがでていない問いだ、そりゃ」
「そこをなんとなく」
「そこをなんとか、じゃねぇのか」
「プロシュートに人類の命運を決めさせる訳にはいかない」
「そりゃお気遣いどうも」

あまりにも真剣な様子で言われたので怒る気も失せた。こいつも相変わらず馬鹿の筆頭だ。別に、阿呆の筆頭と言い換えたって構わないわけだが。は、全く。

「馬鹿も阿呆も一緒だろ」
「えぇー、ここまで話しておいて、その結論は無しじゃない?」
「いちいちテメェの納得いく答えを探してたらじじいになる」
「直触りなら一瞬じゃないか」
「成る程。俺が勘違いしてたらしい。お前は喧嘩を売ってたんだな?」
「やめてくれ、俺は果物が食いたいだけの一市民だ」

その言葉に嘘はないらしく、ラ・フランスに手を伸ばす。段々、皿と果物のバランスがよくなってきた。ちっと食い過ぎな気もするが。いや、本当に。果物って量食うもんじゃねぇだろ。
こいつさてはまた飯食うの忘れやがったな。

「てめぇ、飯は」
「んー?ビアンコ食ったぜ」
「いつ」
「一昨日の昼」

さらりと言う。じゃあ丸一日以上何もくってないのかこの馬鹿は。俺は一日に何回こいつを馬鹿だと思えばいいんだ。好き嫌いはあんま無い癖に、違う意味で偏食なヤツ。
こいつの中には確固たる理由と信念と法則があって、忘れてる訳では無いと言うが、こいつの理由と信念と法則は、一般人でいう不規則な気まぐれだということを勿論俺は理解している。

「じゃあさ、プロシュート。この迷える子羊に教えてくれよ」
「どんなに憐れだろうが、お前である限り、救ってやるつもりはねぇぞ」
「そう言わないで、今までの話題の続きだよ。過程と結果の違いってなんだと思う?」

馬鹿と阿呆よりは判りやすいだろう?そう尋ねるこいつに俺は呆れざるをえない。本当に面倒くさいヤツだ。嫌になるくらい簡単なことをどうしてこんなに回りくどく考えるんだ?
いそがば回れ。
こいつの場合は回ることが目的だとしか思えない。答えにたどり着く気がそもそも無いんじゃねぇのか。

「別に、過程も結果も同じだろ」
「え、ちょ、今までの話の前提をいきなり崩さないでよ」
「だからてめぇは阿呆で馬鹿なんだよ。過程も結果も同じなんだから、目の前のソレがどっちかなんて、テメェが決めろ。」
「……ああ、馬鹿と阿呆も、そういうことか。有言実行。」
「言ったことを実行するんじゃねぇ。言うから実行されるんだよ」

言葉遊びは好きじゃない。エスプリは必要だと思うが、くどくどしいのは殴りたくなる。殴りたくなっている時にはもう殴っている訳だから、やっぱり俺は言葉遊びが嫌いなんだろう。
それでも付き合ってやる理由は、多分俺自身がこの下らない紙っきれにうんざりしていたからだ。あんまりにも下らない仕事だったから、下らないメローネの話の下らなさが緩和されたとしか思えねぇ。
言葉遊びは好きじゃない。ごまかすな。あやふやにするな。自分で考えろ。答えを出せ。

「やれやれ。プロシュート、割り切り過ぎじゃない?」
「テメェに理解されたら終わりだ。ま、せいぜいその間怠っこい頭で自力で考えろ。マンモーニ扱いされたくなきゃな」
「ちぇー。やっぱ訂正。プロシュート厳しい。」
「今更」

本当に今更。俺が優しいだなんて勘違いも勘違い。検討外れとしか言いようがないし、今の今まで冗談だと思っていたのだが、この反応、本気だったのか。それはそれで不気味だ。
優しい暗殺者なんて物をこいつは信じてたのか?

「ここにギアッチョがいたら、過程と結果が一緒なんてどういうことだよ!クソックソ!!って思いっきり怒ってくれるのに」
「怒ることまで人任せにすんな。この素晴らしく糞ったれた世界にキレる権利を持ってたいならな」
「………肝に命じておくよ。」

珍しく殊勝に頷いたこいつの左手には食べかけの果物。いまいち決まらない。実際、頬張りながら言われても、という感じだ。
まぁ、こいつが納得したならよしとしよう。それは多分、素晴らしい成果だ。

「話は終わりか?だったら俺は、この下らない紙っきれを待ってる俺達のリーダーの所に行かなきゃいけないんだ。そこどけ。」
「えぇー。終わったら遊んでくれるっつったじゃねぇか」
「お前にとっては俺が書き終わった時点で結果が出たのかもしれねぇけどな、俺にとってはこれを出してOKを貰うまでは結果はでねぇんだよ」
「それ、皮肉?」
「通じない程馬鹿じゃなくてよかったぜ」
「どっちにしても馬鹿にしてるけどね」

さて、いくらなんでも時間を取りすぎた。何もここまで付き合ってやる必要はなかった。こいつのためにじじいになるつもりなんてねぇんだよ。これじゃ俺が本当に優しい奴のようだ。
現実を現実として認識。それすなわち結果なら、成る程、確かに俺は優しい。これは随分と面白い響きだ。いいだろう。それなら俺は神のように、迷える子羊を救ってやろう。

「メローネ」
「なんだい?」
「この報告書、出したら俺の仕事は終わる訳だ」
「そうだね。」
「そしたら遊んでやるよ。」
「あれ、何の心変わり?」
「で、だ。俺にこんな仕事をやらせたリゾットの野郎を仲間外れにするのも優しい俺の心が痛む」
「成る程。確かにそれは、優しい優しいプロシュートの心が痛むね」
「そこでだ、俺とお前で一瞬にあいつと遊んでやろう。」
「素晴らしい案だ。」

なに、人類の命運を決めるつもりはない。たかだか二人、いや三人か、その程度だ。神様気取りには調度いい人数。
黙って従うなんざ、俺のやり方じゃあねぇんだよ。

「メタリカで一発、にならなきゃいいけどね」
「こっちがスタンド使わなきゃあいつも使わねぇよ」
「得物無しでかぁ。あんま得意じゃないんだけどなぁ。仕方ないか。リーダーの前でナイフとか自殺行為だし」

ぶつぶつ言いながら、こいつの顔は愉快そうに歪む歪む。よっぽど遊びたかったらしい。ガキか。
俺の目の前で果物ナイフが分解されて空気に溶けた。ベイビィフェイス、近くにいるのか。そう聞けば、あのナイフ自体がベイビィだったとか。
おい。てめぇ、やっぱり喧嘩売ってたんじゃねぇか。アーミーナイフよりも拳銃よりも質が悪い。
まぁ、今からは素手だ。素手で遊びに行こう。殴るのも握手をするのも得物を持ってちゃうまくできない。

「お前関節技得意だろ」
「護身程度さ。そもそも、純粋な殴りあいでリーダーに勝てる奴なんているの?」
「……本気でキレたホルマジオくらいじゃねぇか」
「リーダーがホルマジオ怒らせるなんてないだろうに」
「わくわくするだろう?」
「神様も無謀すぎるお告げをしてくれたもんだぜ」







温かみのかけらもないコンクリ。
打ちっぱなしの天井。
息が調わない。
ぶざまな呼吸を必死に隠す。糞。

「……どうして俺はいきなり喧嘩を売られたんだ?」
「……ばぁか。喧嘩なんざ売ってねぇよ」
「そうそう……。俺達遊びに来ただけさ……」
「手土産も無しにか」
「渡したろうが。報告書」
「成る程」
「それで納得出来るリーダーもたいがいだと思うけどねぇ……」

俺と同じように床にのびているメローネが零す。自らは常識人だとばかりに。ねぇ、とこちらに同意を求めてくるが、てめぇ、「リーダーも」の「も」は確実に俺にかかってるじゃねぇか。

「そうだ、プロシュート」
「あぁ?」
「別に、愛の言葉も一つでいいと思うぞ」

リゾットに見下ろされたまま言われ、一瞬何の話か判らず、一瞬後に判っても、何故今この話題なのかがさっぱり判らない。別に、今言わなくたっていいだろう。
なんだ?こいつもメローネに毒されたか?

「いや、ツッコミが遅いと言われたから、思いついた時に言っておこうと」
「ズレすぎだ」
「難しいな」

眉をひそめる訳でもなく、目で咎める訳でもなく、困る訳でもなく、表情はそのままに淡々と。
神様みたいに俺へ伸ばしてきた手に捕まって立ち上がる。

「とりあえずてめぇはイタリア人失格だ」

メローネにも手を伸ばすその後ろ姿に向けて声をかけた。武器を持たない手は握手をするのに向いている。本当に。

「たった一つで足りるかっつーの」



***



酸素を吸った
二酸化炭素を吐いた
生きていた

どれも等しくただの結果
どれも等しくただの過程

そこに込められた意味は
どれだけ言葉を尽くしても足りないのに

だから嫌いなんだ
文字で埋めようとするな
言葉で片付けようとするな
お前はそこにいるじゃないか

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