And But Cause I love you


夏に骨だけになり

いつかの未来がいつか来る



***



「ガキのころよお」
「なんです?」
「何考えてた?お前」

俺のボスは、唐突な質問にもたいして動じずに、そうですね、と考えた。
自分でした質問だが、割と単純な思いつきだったので、真剣に待つつもりも無い。あくびをかみ殺して広い執務室のソファーに寝そべる。
差し込む陽射しは白木造りのブラインドで半減されていた。
とは言っても眩しい。丁度自分の眼のあたりに陽射しが刺さる。目を閉じれば瞼の裏から透けるオレンジ。赤。光。
目を閉じているのに光を見るなんていうのは随分とナンセンスだ。しかし見えるもんは見えるし、それを否定しても仕方ないのでこの疑問は放り投げた。
椅子に座っていた、慣れた気配が移動する。どうせ書棚の前で止まるだろうと思ったらまさしくその通りだったので眼は開けなかった。
ガラスの扉が開く、きぃ、という音。重いファイルが取り出される、ずず、という振動。

「いたって普通の子供だったと思いますよ」
「おい。あっさり嘘つくんじゃねぇよ」
「酷いなあ」

ぱらぱらと、重い紙がめくられる音。片手間で会話されているとは判っているが腹も立たない。この程度の話題で真剣になられる方が困る。
しかしまあ、本当に仕事熱心なことだ。クーラーが効いているとはいえ、この糞熱い夏のイタリアで働く奴なんてそうはいない。
普通に皆、一か月くらい休みとるもんなあ。真夏のビーチ。白い砂と綺麗なねーちゃん。元は綺麗だったんだろうが今は見る影の無いおばちゃん達。でっぷりしたおっさん。
ギャングだって休んでいいだろ。いいじゃねぇか。駄目なのか?
ジャッポーネの人達は夏も3日くらいしか休まないそうですよ。とか聞いて大きな溜息をついた。ありえん。
ていうかここは日本じゃねぇだろ。イタリアだぜイタリア。郷に入っては郷に従えっていう言葉を教えてきたのはお前だろうに。
普通の子供は、成長してこんな所で休み返上でギャングのボスなんかしねぇだろう。

「普通の子供でしたよ」
「どこらへんが」
「ヒーローに憧れて、ヒーローになりたいと夢見るような子供でしたから」
「ヒーローねぇ」
「ええ」
「そのヒーローがギャングっていう時点でおかしな話なんだがなあ」

悪役に憧れる子供ってのは判るが、悪役がヒーローってのはちょっと違うよなあ。
部屋の中の涼しい空気。質の良いソファ。眠くなってくるが流石にそれはまずいだろうと目を開けた。
ジョルノは案の定に予想通りに、書棚の前でファイルをめくっている。そこらへんに入ってるのは何のいつの事例だったか。覚えてねぇや。
最近の問題をいくつか思い浮かべる。ああ、思い出した。お世辞にも友好的とはいえない組織との過去の取引書類。
もう暫くしたら喧嘩になるかもなぁ、なんて我ながら呑気に考えた。「鉄砲玉」とはいうが、鉄砲撃ってる人間って、最初には突入しねえよな。
俺は弾にはならねえんだな、という所まで考えて、思考があからさまにから回って逸れていることに気がついた。やべえ、やっぱ眠いんじゃねえか。
そんな俺の様子に気づいているのかいないのか、変わらない様子で作業をしながらジョルノは話す。

「ミスタはどうなんです?」
「俺だって普通だったさ」
「あんまり信用できませんね」

サクッと失礼なことを言って、書類顔をあげて綺麗にほほ笑んだ。この笑顔でやられる女性も多いんだろうなあとは思うが、いかんせん俺は男でそしてこの顔を見慣れている。
綺麗な笑顔で馬鹿にしてくるんだから、素直に馬鹿にされるよりもよっぽど性質が悪いというものだった。
しかし俺は別に嘘をついちゃあいない。本当に普通だったのだ。普通の筈だ。
思い返す、特に輝いてもいなかったがそこまで退屈でもなかった怠惰な日々。緩く緩く生を消費してたが、そんなことにも気づいてなかった。
あのまんま進んでったらどうなってたか、考えたことが無いわけじゃあねぇが。浪費していたあの時間。

「近所の奴らとつるんで学校サボってバスケやったり煙草やったりクラブいったり喧嘩したり」
「それだけ聞くと、確かに普通ですね」
「だろ?」
「ええ」
「だから絶対将来は、日雇い労働者か、こすいチンピラになるんだろうなと思ってたのによお」
「こすいどころか幹部ですね」
「あー、金が入って来るからってこんだけ忙しくて遊べねぇんじゃ意味ねぇーだろー」

とは言っても、そんなことを言っても、どうしたって他の道なんてなくて、いずれ最終的にはこうなっていただろうなあとも思う。
この道に入るきっかけ。あん時あの女を見捨てて、見なかったふりをしていたとしても、自分はどっかで似たようなことをやるという確信があるし。
あの町で起こった騒ぎなら、ブチャラティが見逃すはずが無いのだ。
そうして結局ここにたどり着くんなら、まあ、それもそれでいいだろう。運命の奴隷とか言っていたのは誰だったか。
運命なあ。生まれたときからここに来て死ぬまで、全部運命で決まってるってんならそれは酷くつまらなく楽な気がする。
まあ、運命かそうじゃないかなんて、そんなの自分で判断できるわけじゃなし、水掛け論なのは間違いない。

「でも、その状況で、そんな環境でどうしてそんな性格になっちゃったんです?」
「運命じゃねぇの」
「あれ、ミスタって運命論者でしたっけ」
「いや別に」

ただ、丁度そんなことを考えていただけだ。タイミングの問題。我ながら無節操な話ではあるが、特にそんな、宗教じみた主義主張なんてのは持ってない。
神様なんざいてもいなくてもなあ、とつぶやいたら不敬ですよとたしなめられた。お前も信じてなんかいない癖に。
どうやら目当ての書類が見つからなかったらしく、他のファイルを引っぱり出している。大変なこって。
少しだけ傾いた陽射し。ブラインドに遮られたそれは、ジョルノの肩に細いオレンジの線を残していた。

「ていうか人のこと言えた性格じゃねえだろ」
「僕はいいんですよ。血筋ですから」
「なんだそれ」

最近、僕の遠い親戚から連絡がありましてね、と笑う。こいつの親戚。考えるだに恐ろしいというか、想像がつかない。
両親の話は少し聞いたことがあるが、親父は不明。は糞。そこからわざわざ親戚だと連絡を寄越すような奴が現れるだろうか。
ギャングのボスになったと知って連絡を寄越してくるんだったら、よっぽどの屑野郎か、天然のまぬけ野郎だと思うんだが。
親戚と言えばいいのか親の仇と言えばいいのか、微妙な所なんですけどね、という一言。
ハア?!と言えばなんでも無いですよとスルーされた。なんでもなく無いだろ。それは。絶対。
血筋かあ。血筋ねえ。運命とたいして変わらない気もするが、さて、どうだろう。血筋。俺の。
つっても両親は普通だったしなあ。いや、勿論そこそこに屑のろくでなしだったが、ちゃんと俺の親ではあった。思い出もある。

「あー…」
「どうかしましたか?」
「いや、思い返してみれば、結構ガキんときからこんなもんだった気がするんだよなあ」
「子供の時っていうと?」

窓から差し込んでくる夏の日差し。さて、思い出したのはこの日差しのおかげだろうか。いや、多分そんなセンチな理由じゃあない。
そもそも昔から、センチメンタルとはかけ離れた性格だった。がさつとはよく言われたが。
忘れた事は無い思い出。ただ、取り立てて思い出すような物でもなかったから今まで浮上してこなかっただけだ。

「んー、そんなによく覚えてねえけどよ。なあジョルノ、お前、初めて死体みたのっていつ?」
「こんな町に住んでいましたからね。10歳になる前には見ていたと思いますけど」
「そっか。オレは割としっかり覚えてる。4歳の時だったな」
「それは、早い以前に、よく覚えてますね」
「んー。そんだけ印象に残ってたってことかなーやっぱー」

少し驚かれた。四歳の時に死体を見たことを驚かれたのではなく、それを覚えていたことを驚かれたというのだから、ジョルノの俺にたいする認識が分かるというものだ。
失礼にもほどがある。まあ、そこまで間違っちゃいない。俺の頭はそんなによくねぇ。が、んなそこまで馬鹿でもないんだがな。

「あー、でもあれ死体って言えんのかなー。ほとんど白骨化してたしなー」
「白骨ですか。死体と言って構わないと思いますよそれは」
「腐乱死体ってやつか。まあ、そんな感じの」
「へえ」
「若干腐った肉がくっついてるだけで…夏場だったから腐敗が早かったんだろうなあ」

じゃなかったら、流石に子供のオレが見つける前に誰かが見つけていただろう。いや、子供だからこそ見つけられたのか?大人ってのは細かい物を見ないものだから。
勿論、今の俺を含めってことで。しかし死体って細かいものか?ただ、そう、大人には見つけにくい場所にあったことはよく覚えている。
今日のような暑い暑い日。陽射しが強くて目を開けることすら困難な天気の中。あんまりにも眩しすぎて霞む景色。

「夏で、そう、川辺だったかなあ。まぁちゃんとした場所は覚えてないが、どっかに家族旅行してたんだよ」
「良い思い出じゃないですか」
「ああ。おれだって当時はまだ普通にかわいい子供だったんだぜ」」

こいつは目当ての書類を見つけたのか、抜き取って机に戻っていく。その書類がどういう結果になるのか俺は判らないが、まあ、見つかってよかったというべきなんだろう。
机はソファーの方を向いている。脊筋よく座るジョルノと寝そべる俺。これじゃどっちが上司か判らないくらいだ。
相変わらず綺麗な微笑みを浮かべてはいるが、こいつはきっとそんな楽しい家族の思い出なんて持っちゃいないんだろう。それは知ってる。分かってる。
同情くらいはするが、別にそれを気まずく思うことはない。正直、それがどうした、という感じだ。
いや、同情すらしてないのか俺は。
まあ、こいつもそんなもん望んでもいなければ、与えられるとすら思っちゃいないだろう。
だから俺は、特に何の気も使わずに話す。楽しい幸せな家族の話をする。

「んで、どっかの木陰…茂みか。まぁ目立たない場所でさ。子供でも潜り込めるかどうかみたいなちっさい穴が空いてて、可愛い泥だらけの俺は好奇心の赴くままに探検したわけよ」
「そして運悪く見つけてしまったと」
「運が悪いかどうかは微妙だけどな。なんかぼっろいシャツ着ててさあ…」

子供心にそれが何かはしっかりと理解していた。
俺の親はそうは言ってもやっぱり馬鹿だったので、小さかった俺の前で平気で発禁もののビデオを見て大笑いするような奴らだった。
これが死体だぞー。内臓だぞー。これがゾンビで、おまえみたいな小さいヤツは頭から食われて脳髄撒き散らして目玉落として死んじまうんだぞー。
そうよー。あなたなんてぐっちょぐちょに食べられちゃうんだからー!私が食べてあげてもいいわ!
そーだそーだ。んで、死んだらなーんもなくなって、骸骨だけが残るんだ。んで、こいつがやってんのは死体とのセックスだ。
相手は選べよー。死体でも美人ならやっちまってもいいかもな。子供ができる心配もねえし。母さんみてえな美人みつけな!
つっても、死体だから腐ってそれはもう臭えだろうけどな!
馬鹿で馬鹿でどうしようもないとは思うが、確かに親だったし、俺はあの人達のことはなかなかに尊敬している。

「あんま匂いは気になんなかったけど、やっぱほとんど骨になってたからなんだろうなあ」
「いくら夏とはいえど、そこまでになるのに誰も気づかないものですかね」
「いやあ。本当に奥の方の目立たない所だったんだ。俺の親は、まかり間違っても、危ない場所だから行っちゃ駄目とか言うようなタイプじゃなかったからな。つーか、ちっさかった俺をほっぽって青空の下セックスしてたよ」
「それ、僕が言うのもなんですけど、普通の親とは少し違う気がしますよ」
「そーだな。そうかも。そこは別に否定しねえ」

ただ、俺は十分満足していた。俺の親は俺のことを自分の子供だと思っていたし、それと同時にひとりの人間だと分かっていた。まあ、その方向性が若干間違ってただけだ。
当時の俺は、自分が認めてもらえているのだというだけで誇らしかったし、それに見合う者になろうとしていた。
持ち帰った蝶を、すげえな、と言って褒めて、そのまま何の悪気も無く蜘蛛の巣にひっかけてトラウマ植え付けるような馬鹿な親ではあったが。
だから俺は、立派な一人の人間だった俺は一人で冒険していた。眩しい陽射しの中、浅いとも言えない川を渡って日陰へ。奥へ。奥へ。
茂る名前も判らない、俺の背よりも高い雑草。木漏れ日が目を刺して、閉じた目に透けて見えていた。
そうやって歩いて潜って這いまわって、たどり着いた場所。一人っきりで土に返る途中の骨。

「んで、なんかそれ見て、あー、って思った」
「あーって、それだけですか?」
「それだけだったなあ。なんか、こう、何も思わなかったわけじゃないんだぜ?でもこう、ああ、で終わった」

そう、俺はあの時、驚くほど普通だった。
テレビで見たスプラッターのようにぐっちょぐっちょで緑色の血が吹き出すでもなく、突然起き上がるでもない白骨。
微かに残った肉に集る小蠅と蛆だけが音をたてていた。けど、それにしたって静かなものだった。
じいと見詰めても、話しかけられることもなく、勿論、頭から食べられることもなく。

「冷静すぎませんか」
「冷静って言えんのかなあアレ…。なんか違う気もするけど。ま、こんなもんか、みたいな」
「それが冷静ってことですよ。普通は泣き叫びます」
「怖いから泣くし怖いから叫ぶだろ?でも別にそいつ死んでるんだから、怖いも何もなかったんだよ」
「死という概念が恐ろしい物のはずなんですが」
「ああ、成程。そこ考えると確かに変だな」

考えたこともなかった。死ぬのが怖くないかと聞かれたら、怖いと普通に答える。けど、あれはまるきりの他人の死だったからなあ。
ここで死んでいるのは自分じゃないということを理解していた。自分もいつかこうなるんだろうということも理解していた。それが今じゃないことも。
だから全然怖くなかったのだ。テレビでいきなり画面に出てくるゾンビどもの方がずっと恐ろしかった。
そこらへんの考えは昔から変わっていない。そう思えば、子供のころから進歩が無いのなんの。ま、人間そんなもんかもしれなかった。
じゃあ、俺がこういう人間になったのも生まれた時から決まってたもんなのかもしれない。運命ってのはそういうことか。どうでもいいな。

「それで?そのあとどうしたんですか?」
「ん?」
「埋めたり?人を呼んだり?」
「いんにゃ。別にどーもしねーよ。帰った」
「帰った」
「おう。あー、思い出した。んで、丁度そんとき親父が誕生日でさー!ケーキ食った!」

陽射しを脊中に、逆光の中ジョルノの浮かべる微笑みが、苦笑を滲ませた。食いもんの事ばかりの俺に呆れたんだろうか。しかしあれは旨かったのだ。幼心にしっかりと覚えている。
死体に触れるでもなく悲鳴を上げるでもなく祈りを捧げるでもなく、普通にもと来た道を戻ったあの時の自分。
俺の背よりも高い雑草をこえて、浅いとも言えない川を渡って、また目を刺す陽射しの下へ。あんまりにも眩しくて暑くて。今日のような夏の日。
あんまりにも眩しくて目を閉じた。瞼の裏からすけるオレンジ。赤。光。夫婦の営みを終えて、半裸で出迎えた母親。

「死体見た後にですか」
「おう。うまかったぜ。カラメルがかかったパイ生地のミルフィーユ」
「よく覚えてますね」
「ああ。そんだけ印象に残ってたってことかなーやっぱー」

今度こそ完全な苦笑を浮かべてジョルノはこぼした。初めて見た死体とミルフィーユのインパクトは同列ですか。
成程、そう言えば、死体の時にも同じこと言ったな。俺は。しかし嘘はついてない。印象に残ってたから覚えている。そんだけの話だった。
まとめた書類を手渡される。そこに書いてあるのは予想通りの組織の名前。調査と言う名の示威辞令。
了解、ボス。とひらひら手を振れば、やっぱり笑顔でお願いしますと言われた。

「僕が死んでも、あー、ですまされそうで怖いですね」
「んなこたねぇよ。多分俺、ガキみたいに泣くぜ」
「それは、喜んでいいんでしょうかね」
「さあ。そこはお前に任せるけど、喜んでいいんじゃねぇの?」
「そうですか。忘れないでいてくれるならそれは嬉しいかもしれないですね」
「忘れねえよ」
「それだけ印象に残っているから?」
「ま、そうだな」

忘れたくても忘れられないと思うぜ。普通に。そう言えば、何故か嬉しそうな顔をしたので、こいつも大概だなあと思う。というか。

「そもそも、俺より先に死ぬなよ。ボス」
「そうですね。でもミスタが先に死んだら、僕はきっと子供みたいに大泣きして、一生忘れずに生きていきます」
「俺と何も変わんねぇじゃねぇか」

ガキの時からたいして進歩していない自分。ただ、あん時の自分は、自分が死んだら泣き叫ぶくらい悲しむ奴がいるとは思っていなかった。
そこらへんが大人になったということだろうか。目の前のボスも自分も、まだまだガキだということには目をつぶろう。
10年後に生きていたら、また同じ質問をするのも悪くない。
「ガキの頃何考えてた?」



***



骨になったら、瞼に焼きついたオレンジも赤も光も笑顔も失って
何に遮られることも無く太陽を見上げられるだろうか。

お題配布元アイソトープ様

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