And But Cause I love you


咲き染む陽だまり

叫ぶ声
喚き声



***



「何をしているんです?ミスタ」
「んー?まじない」
「“まじない”って……」

なおざりな返事。しゃがみ込む丸まった背中。振り返りもしない。拒絶されている訳では無いようだけれど、珍しく静謐な空気。
彼が昼間からアジトのリビングにいるのは、別に意外じゃあない。むしろ見慣れた光景。それだけなら声なんてかけなかった。仕事は山の如くあったし、問題の根は海より深い。
時間を止めるなんて出来る筈も無く、無駄を許容なんて元よりする気も無く。
当たり前のように、ミスタでも出来る仕事、もしくはミスタじゃないと出来ない仕事を押し付けて消えるつもりだった。
ただ、彼が部屋の隅に居るというのがとても珍しかったので。
テレビの前のソファーに寝転がるでもなく、窓際で雲を反射して居眠りするでもなく、ピストルズにご飯を奪われて走り回るでもなく。
部屋の隅、入口から見て左斜め前方でしゃがみ込んでいた。一昔前の不良みたいな座り方だなぁとぼんやり思う。いや、不良は今でもああいう風に座り込むのだろうか。
そもそも、本物のギャングを捕まえて“不良みたいな”、という言葉は失礼かもしれない。ギャングに対して失礼なのか、不良に対して失礼なのかは微妙な所だ。

「仕事かー?ちょっと待ってくれ。もうちょいで終わる。」
「構いませんが、仕事は自分で執務室まで取りに来るようにして下さいよ」
「遠いんだよアソコ…。別の棟じゃねぇか。休暇中にそこまで勤勉じゃねぇーぜ俺は。」
「貴方の休暇届けは僕が潰しました。よって貴方は仕事中です」
「お前の仕事が終わらない腹いせに俺を巻き込むのは止めろよなぁ……。俺のノルマは一応終わってんだぜ……」
「大丈夫。巻き込んでいるのはミスタだけです。」
「他の奴のは潰してねぇのか?」
「はい」

繋がる会話。それでも振り返らない背中。漂うのは悲壮感では無い。ただ、真剣な事だけが伝わってくる。真剣?そう、真剣で合っている筈だ。この空気は。
はて、何かあったのだろうか。そもそも“まじない”という言葉がミスタの口から出る事が驚きである。
霊柩車を見たら親指を隠せだとか、満月に黒猫を見たら電話に出るなとか、彼は迷信を結構律儀に守ろうとする。ただ、そこに限度はある。
護衛対象から電話があれば満月だろうが新月だろうが100匹のクロネコに囲まれていても絶対に出るし、霊柩車が突っ込んで来たって引き金から手を離さないだろう。

「いやはや。そんな中、僕の殺人的忙しさを気に病んで休暇を潰してくれる部下がいるとは。夢みたいです。」
「夢じゃねぇ。現実だ。お前が無理くり実現させた現実だ。夢見んな」
「そんな部下の為にえりすぐりの仕事を。4つ。」
「テメェ健気な部下に対して悪意しか感じねぇぞ!5個の方がまだましだ。ぜってぇ引き受けねぇからな!絶対だ!!」

彼が分別を無くすのは4が絡んだ時だけだ。まったく。

『呪い?まじない?別に信じてねぇーよ。あいつ死ねって思った事はあるけど別に死ななかったし。銃弾ぶち込んだら死んだがよ』

あんまりにも4を嫌うものだから、ホラーに弱いかと思ったら全然平気だった時の答えがこれだ。彼はリアリストだったりする。意外にも。
4が駄目、というのはそれが彼の人生においてリアルに襲い掛かってきた不幸だったからだろう。
気にしすぎだというのは勿論。不幸なんてのはよくも悪くも酷く平等だ。何かに限って、なんてことは無い。

「そういうと思って、5個にしておきましたよ」

さて、そんな彼がまじないとは。驚天動地とまではいかないが。眉を上げる程度には驚いた。時間は無いけれど、何時だって無いけれど、皆無という訳じゃない。10分くらいいいだろう。
目を通す仕事が一つ減るくらいだ。
その書類一つで、もしかしたら誰かが死ぬかもしれない。処理が24時間遅れたせいで、助けられた誰かが死ぬかもしれない。
いや、きっと死ぬだろう。誰かの地獄の苦しみが一日延びる。まったくもって愉快だ。笑うしかない。自嘲以外の何物でもないが。まるで神様のようじゃないか。
それだけの事を僕はしている。それだけの覚悟を僕はしている。

「まじないって、誰に聞いたんですか?」
「まえーに、ナランチャに」
「それ、信じるんですか…」
「ジャッポーネのまじないだって聞いたぜ」
「へえ」

近づいて覗き込む。此処に来てもミスタはちらとも目線を寄越さなかった。隠しもしなかった。そこまで熱中しているまじないなんて、いよいよ珍しい。
ただ、僕には理解出来ないだけで。
いや、その心が、じゃなく、本当に、単純に、目の前の事象が。えええ、なんだ、コレ。
月見団子を載せるような台座に、山盛りの胡麻。そうとしか言いようがない。

「……なんですか、コレ」
「んー、大量の胡麻を開けたい物の前に供えておくと、美しい女がその鍵を開けてくれんだってよ。」
「……待って下さい。それが日本のまじないだと思われるのは納得いきません。というか、日本に謝って下さい。」
「なんでだよ」

頭がクラクラしてきた。ようやくこちらを向いたミスタの顔は思っていたより無表情。
僕だって、別に日本の隅々まで知ってる訳じゃない。ただ、半分でも日本の血が流れている者として、この素っ頓狂な勘違いを正す必要は感じる。ああ、僕にだって、愛国心くらいある。

「知らない事は罪だと言いますが、間違った知識は悪ですよ。」
「はぁん。で、俺が悪だと?」
「いえ、罪悪です」
「最悪じゃねぇか」

さて、彼に天岩戸から説明するかどうか迷う。面倒だ。実に面倒だ。そもそも、光り輝く女神を見る為に岩の前で踊るというのが本筋な筈。
女神が開けてくれるって。
しかしこの話から説明していると10分では済まない気がする。10分以上は、さすがに休憩時間にしたって長すぎるだろう。
ああ、それにこの大量の胡麻はどこから来たのだろう。いや、この際入手経路はどうでもいい。ネタとしての胡麻の由来だ。アリババだろうか。

「天岩戸って知ってますか」
「いんにゃ」
「開け胡麻は?」
「それは知ってる。いやぁ、どこの国でも胡麻ってのは使われてんだな」
「それは胡麻の実がパックリ開くことから来ているともいいますが、今に限っては無関係です。」
「無関係って?」
「ミスタのことです。」
「最悪なのはお前だ」

無関係って目茶苦茶酷い悪口だぞ。
苦々しく言うミスタにすみませんと謝っておく。このまま黙ると嫌な沈黙が襲ってきそうなので、そのまま話を繋いだ。

「そうまでして、何を開けたかったんです?」
「コレ」

大量の胡麻に隠されて見えなかったのは、小さな箱だった。煙草二箱分くらいだろうか。美しく煌めく。ミスタには随分と似合わない優美な箱だ。

「へぇ。螺鈿細工のからくり箱ですか。」
「開け方判らなくてなー。でも箱壊したくねぇんだよ」
「それなら最初から僕に渡して下さい」
「え?お前開けられんの?これ難易度ウルトラCだぜ」
「仕掛けの難しさは無関係です」
「箱に謝れ」
「箱相手でも悪口認定ですか」

思わず顔に苦笑を浮かべながら、ゴールドエクスペリエンスを出す。得心したのか見守るミスタ。さて、せっかくだ。胡麻の花でも咲かそうか。
箱を振ればカラコロと涼やかな音がした。

「花は“さく”、で、箱は“あく”、だろ?一緒に考えていいのか?」
「花は“ひらく”、で箱は“あく”、ですよ。同じ漢字です。」

ちなみに、のろいとまじないも同じ漢字ですよ。
そう呟けば、カンジ?と返された。判らないか。流石に。
箱は目の前でみずみずしい緑に変わる。元が螺鈿だからか、随分と輝かしい。日の光を反射して煌めく。目の前で開いていく小さな花。
僕とミスタで覗き込む。

「あれ?」
「おーい、何も出てこねぇぞー」
「おかしいですね…」

ただ白い美しい花が咲くだけ。おかしい。僕が変えたのは箱だけなのに。中身は変えていない。決して。
みるみるうちに成長して大きくなる。大きくなる。大きくなる。大きい実をつける。

「……胡麻の実ってこんなにデケェのか?」
「僕も詳しくは知りませんが、これはもしかすると」

パチン
そんな音がした気がしたのは錯覚だったろうか。
大きく開いて、転がり出る美しい硝子玉。コロコロと転がる穏やかな色。透明で透明な日の色をした硝子玉は、日の光を反射することなく、その内に留めてゆらゆらと輝く。
硝子玉。
いや、違う。

「……飴?」
「おおお、コレだよコレ!」
「なんなんです?これ」
「よかったよかった。まだ全然大丈夫そうだな。うし。」
「ミスタ?」
「いやー、懐かしいぜ」

ゆらりと止まった飴玉を丁寧に拾いあげる。全部で4つ。4つ?彼が4つの物を拾うなんて。これこそ驚天動地。僕は驚きを隠せない。
驚きを隠す必要も無く、彼はこちらを見ずに飴玉を見つめていたのだけれど。

「俺が飴玉調達してきて、アバッキオがキレたんだよなぁ……。こんな汚い袋に入れとくなって。」
「またブーツの中に入れてたんですか?」
「いくら俺だって食い物はいれねぇよ!ちゃんとした小袋に入れてたっつーの!」

ようやくミスタは飴玉から目線を上げて僕を見た。箱の中身が取り出せて嬉しい筈だけれど、実際声は喜んでいたけれど、その表情はやっぱり限りなく無表情だった。
おかしい、と思う。ここでようやく。僕は。

「ま、それでアバッキオがこの箱用意して、んで、ただの箱じゃつまらないってんで、フーゴがいじくったんだよ。おかげであいつ以外誰にも開けられなくなっちまった。」
「成る程。それは確かに難易度が高い。」

差し出された手。掌の上の日の光。

「なんなんです?この飴玉」
「食ってみりゃ判る」

別に毒じゃねぇよと笑った。別にそこを疑ってはいない。今までの話が若干不穏だっただけだ。とは言ってももう10分が終わる。
これを食べない限り解放してもらえなさそうだということも判っていた。
というのは後付けで、ただ、今日初めてミスタの笑顔を見た気がしたので。
思わず言われるがままに口に放り込んでしまった、というのが正しい。
広がる甘い味。鼈甲飴?ただ、それは思っていたよりもずっと早く溶けていく。
ひたすらに緩く甘い。

「美味しいですね」

ミスタは僕が舐めているのを眺めているだけだった。一つ瞬きして、ようやく話しだす。

「ブチャラティに食わせるのは何時だってナランチャの役目だった。あいつに勧められて食わねぇってのは、まぁ、無理だよなぁ。」
「ミスタ?」
「なぁ、ジョルノお前、最近全然寝てねぇだろ。最近っつーか、ボスに就任してから。」

目つきが鋭い。遅ればせながら僕はここにきてようやく、ようやく気付く。様子がおかしいんじゃなくて、彼は。
怒っている。

「仕事しねーよかいいし、するなともいわねぇけどよー。ちったぁ休め。
  俺は、俺の休暇届けと一緒に、お前の休暇届けも出した筈なんだけどな。なにが、俺以外のは潰してねぇだ。嘘つけ。」
「貴方から戴いたのを全て潰したってことです。それに、こうやって休んでますよ。仕事は海より山よりあるんです。やってもやってもやり過ぎるなんて事はありません」

困った。きっと彼は怒っていた。最初から。僕が声をかけたその時から。
僕がミスタに仕事を持ってきたその時から。
なるほど、無関係とは、それは酷い悪口だ。最悪よりも最低の。

「そーだよ。お前が一つ仕事しなかったら何人かは死ぬし、何十人か地獄を見るだろうさ。」
「でしょう?出来る限りのことをしたいと思うのも当然の筈です。」

僕にだって愛国心くらいあります。
そういえば、お前は愛国心の塊だよ、と返された。真面目過ぎる。あいしすぎる。

「けどよぉ、ジョルノ、お前、神様じゃねぇんだぜ。」

その言葉に、僕は柄にも無く怒鳴りそうになった。怒りそうになる、というのは、図星だということだ。思い当たるってことだ。その通り。
僕は神様のようだった。沢山の人の命を軽く左右するような。
怒りそうになる、というか、僕は実際怒った。ただ、舌がうまく回らなかっただけで。
身体が重い。

「そ、んなこ、と」
「なぁ、ジョルノ。お前はただの人間だぜ。人間。お前がなりたかったのはギャングスターで、神様じゃねぇだろ。好き勝手に人の命を気まぐれに放り投げる神様じゃねぇだろ。」

ミスタは頭をかく。僕は立ちすくむ。いや、実際、もう立っているのがやっとだ。
口の中はまだ甘い。

「執務室に閉じこもんなよ。たまには外の空気吸えって。俺に仕事届けに来る以外で空見てんのか?お前」

天岩戸。ミスタは知る筈も無い。閉じこもる神様の話。
僕は神様だったろうか?いいや、そんな筈は無い。僕はどこまでも人間で、だからこそ、こうやって仕事に追われる。
僕は、神様のように、人の命を弄ぶつもりは無いんだ。

「何百人見捨てたっていいじゃねぇか。お前はそれ以上に誰かを助けてんだぜ。そもそも、誰かが誰かを助けるっておかしくねぇか?
  本気であがいてたら、いつかそいつは助かるよ。助けるのはお前じゃねぇかもしれねぇけど。お前の代わりはいくらでもいるんだぜ」

思いの外リアリスト。ちょっと非人道的なくらいに。やっぱり彼はギャングで、そこらへんにいるような不良じゃあないんだな、と今更思う。ぶっ飛んでるんだ。どこか。やっぱり。
ああ、こんな面白い人が近くにいたら、そりゃ誰だって扉を開けるだろう。気になって気になって仕方なくて。
何を考えているんだろう。僕は。時間が。
駄目だ。眠い。口が甘い。頭が甘い。
視界の端で、胡麻の花が箱に戻っていく。能力解除、した記憶は無いけれど、僕の意識が消えそうだからだろうか。いやいや、無意識のうちに解除したのか。

「現実を見ろ。んで、今は寝ろ。夢を見るんだ。休め。お前の人生をしっかりできねぇ奴が、他人の人生にまで覚悟決めるなよ」

カラン、と音をたてた箱。日だまりの匂い。甘い甘い光。

「お前の代わりはいるけどよ、それでもお前は一人しかいねぇんだぞ。」

甘い甘い甘い。ここまで僕を心配してくれる人がいるなんて、まるで夢のようじゃないか?

「やれやれ、何で俺達のリーダーはいつもいつも世話がやけるんだ?とりあえず、俺でも開けられる箱探さねぇとなぁ……。毎回こいつに頼むんじゃ本末転倒だし。
  あーあー、らしくもなくカッコつけちまった恥ずかしい……。こういうのって、俺の役目じゃねぇんだけどなぁ……。
  ったく。どいつもこいつも俺に遺していきやがって。ボケもツッコミもやれってか。あーあ。いつの間にこんな真面目君になっちまったんだよ俺は。まずはこいつの持ってきた仕事か。」

いや、違う、まずはこいつに毛布を持ってくることだ。
そんなツッコミ所満載の台詞は、深く深く眠る僕に聞こえる筈もなく。



***



叫ぶ声
喚き声
泣き声

閉ざした扉越しに聞こえる筈もなく
聞こえないのだからと油断して泣いていた
神様になれなくて
神様になりたくもなくて



「それなのに、ノックの音が煩いから、仕方なくドアを開けたら、皆が寄ってたかって胡麻をドアにぶつけてるんですよ。」
「良い夢じゃねぇか」
「どこが」
「どうせその後全員で爆笑しただろ」

笑い声も響かないドアなら、成る程、いらない

お題、「夢を見たお(・ω・)」と「胡麻」でした

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