And But Cause I love you


腹が減っては

信じたくない
何処でボタンを掛け違えた?



***



「いっただきー。」

別に食べたくもなかった最後の一切れはメローネの口に消えた。
くっちゃくっちゃと、俺の正面で下品な音を立ててピザを食む音。
こいつは別にマナーを知らないとかそんなんじゃあ無い。音を立てて食うのが癖ってわけでもない。
気が向けばこいつは、上流階級のセレブどもも驚愕のマナーを披露してみせる。
ただ、気が向けば、だ。気が向けば。こいつの気はめったにそんな良い方向に向かないし、たいていは悪い方向に気が向く。糞が。
そうして耳障りな音をたてて咀嚼して飲み込まれたピザ。ご丁寧にげっぷまで付けてきやがった。
一枚のピザを十二等分。勿論世の中、等分したものが等しく口の中に消える訳じゃない。
けどよぉ、それにしたってだ。

「メローネ、てめぇ食い過ぎだろ」
「んっんー。なになに、ギアッチョ食べたかったの?」
「ちげぇよ!」
「そーだよね。ギアッチョもう3枚食べてるもんね」
「一人3枚計算になるって判ってんのになんでてめぇが6枚も食ってんのかって聞いてんだよ!」

等分した物が等分されるとは限らない。そりゃそうだ。12に分かれるピッツァ、9人の俺ら。
普段なら。普段なら、だ、おい。

「リーダーもペッシも何か言えよ」
「いや、俺は構わない」
「あ、お、俺もだよ」
「だよねだよねー」
「なんでテメェがそこで答えるんだっつーのは置いとくにしてだ、二人とも、この変態を甘やかすんじゃねぇ!」

隣に座るペッシも斜め前に座るリゾットも、どうということも無くこの変態の奇行を受け入れる。ありえねぇ。
まあ、ペッシの場合は受け入れてんだか恐れてんだか判断できねぇが。
どっちなんだ?と思って表情を見たら引きつった顔を向けられた。俺にまでビビってんじゃんねぇよ。見ただけじゃねぇか。
リゾットはリゾットで何を考えてんだかさっぱり読めない。無表情で、どうした、と問われるだけだと判っていたので、表情をうかがうこともしなかった。
そう。そうだ。今、この場。俺。メローネ。ペッシ。リゾット。4人。綺麗な数字。12を4で割ったら3だ。綺麗だ。綺麗に割り切れるのに。
苛々する。どうして簡単なことが簡単に進まないんだ。

「まぁ、最初に頼もうと言い出したのはメローネだからな。いいんじゃないか」
「デリバリーのチラシ探したのがペッシで、金払ったのはリーダーだろが」

たまに思う。いや、割と頻繁に思う。こいつら本当に暗殺者か?
ゆったりとしたその口ぶり。イライラしてくる。理不尽な目にあってるんだからキレろよ。怒れよ。なんであっさり許してんだよ。
熱々のピザが入っていた空箱に、うっすらと霜がおりる。ソファーが固まる。空気が冷える。イライラする。糞。糞糞糞。どいつもこいつも。
前に座る最強の暗殺者は、一言俺の名前を呼んだ。注意。警告。判ってる。判ってるよ。
ゆっくり深呼吸して、諸悪の根源である変態を見ないよう窓の外に目を向けた。
陽が沈んだ空。街灯も少ないこのあたりじゃ、窓に部屋の中の様子が反射するだけで、外が見えない。気を紛らわせられない。
それどころか、窓越しにメローネの野郎が見えて一層イラついた。深呼吸。収める。元に戻る空気。
俺の首筋に刺さっていた冷たい視線も消えた。何事も無かったかのように俺から視線を外すリゾット。
ペッシに、「そういえばお前が前に釣り上げた植物、花が咲いたぞ」とか話しかけてやがる。
なんでペッシは植物なんて釣り上げて、なんでリゾットがそれを育ててしかも花まで咲かせてんだよ。意味が判らねぇ。
馬鹿みてぇだ。呑気だ。もう一度思う。こいつらは本当に暗殺者か?
勿論、そりゃ、答えはYESだ。YESだろーよ。YESなんだがよぉ。
さっき首筋に感じた冷たい気配を思う。俺がスタンドを収めなかったら、リゾットはガチで俺の首に刃物を作るくらいのことはやってのけただろう。
暗殺者だ。暗殺者なんだ。それも、最高に最強の。最低な暗殺者。リゾットの仕事の量に比べりゃ、俺なんて草露みたいなもんだろうし。
リゾットに限らねぇ。別にペッシだって、自分でとどめを刺してないってだけ。こいつは殺せないだけだ。殺す手助けが出来ねぇ訳じゃあ無い。
それで無実だと言い張るほど、赤ちゃんじゃねぇだろう。直接だろうが間接だろうが補助だろうがなんだろうが犯した罪は平等だ。
ってか、こいつはそもそもそんな事考えてもいねーんだろうな。殺した罪とか背負う咎とか。そういうの。よくわかんねぇ所で大物な奴。
いや。いやいやいやいや。んな、そんなことぐだぐだ考えなくたってよぉ。
紛れも無く、ごまかしようも無く、嘘偽り無く、隠しようもなく、俺達は暗殺者だ。

「ギアッチョ。まだ腹が減っているならもう一枚頼んでもいいんだぞ。時間はかかるが」
「誰もそんなこと頼んじゃいねーし気にしてもねーよ」
「金のことなら気にするな」
「誰も頼んでねーし気にしてねーよ!」

よく見かけるアメリカンコミック。悪い奴らはことごとく悪人面して、人を馬鹿にした台詞をはいてヒーローに倒される。シンプルだ。判りやすい。
世の中はシンプルだし、シンプルであるべきだ。複雑な物なんて面倒だしその面倒さを誇るものは醜い。
悪い奴は悪い。
醜い物は醜い。
言葉はそれだけの意味しか持ってない。
醜くて美しいヤツってのは確かにあるんだろう。それを否定するつもりは無い。ただ、それは醜くて美しいっていう言葉なだけだ。
醜いという言葉だけで美しいなんてことがあって良い筈が無い。そんなことしたら白っていう言葉で赤になるだろう。糞、ややこしい。馬鹿か。
言葉は言葉でその言葉の意味を持つ。だからこそシンプルで美しいってのに。

「なになにギアッチョ。つまり最初からリーダーのお金をあてにしてたってこと?」
「どこをどう解釈したらそうなるか俺にはわからねぇ」
「えー、なんでわかんないかなぁ。ギアッチョ、短絡思考で単純過ぎるんじゃない?」
「てめぇの変態思考なんざ理解したくもねぇよ!!」

ソファから勢いよく立ち上がれば、メローネはペッシの後ろに逃げ込んだ。クソッ。なんの躊躇いもなく人を盾にしやがって。
変態度合いといい卑怯さといい、こいつだけは暗殺者らしいのかもしれない。
いや、待て。暗殺者って変態か?んなことねぇよな。普通、クールで非情で人を人とも思わないような、影に生きる奴だよな。
悠々とソファーに座りなおすメローネを見る。クールか?いや、それは無い。クールな奴ってのは、夜中にいきなり壁に向かってトマト投げたりしねぇだろ。
つっても、熱いわけじゃねぇし。それだけは断固違う。人を人とも思わない?それはその通り。ん?だけどガキには優しかったりする。
ああ、糞。こいつはこれだから嫌なんだ。行動に一貫性が無さ過ぎる。気持ち悪ぃ。
またイライラしだした俺の気配を察したのか、ペッシがデリバリーのチラシを持ってきた。見当違いのいらん気づかいだ。
おろおろしているペッシに、リゾットが一つのピザを指差す。ちょっと待て、だから俺は腹が減ってるんじゃねぇんだよ。
止めようと思ったが、こんな時だけ凄い速さで電話をかけに行くペッシ。止められねェ。
その様子を、ひたすらニヤニヤしながら眺める変態糞野郎。

「なんでテメェはよお、判りやすい物を無理やり複雑にしようとすんだ?」
「俺が複雑にしてるんじゃなくて、もともと世の中が複雑なんだよ」
「責任転嫁してんじゃねぇ」
「そんなつもりないんだけどなぁ。本気で本音さ」
「余計たちが悪ぃ」

もう何回この会話を繰り返したことか、と思う。こいつが意味不明な言動をするたびに、意味が判らない俺は尋ねてきた。
その度に同じ答えが返って来るならそれはそれで判るんだが、こいつの答えはころころ変わる。変わるが、たどり着く所はだいだいいつも同じだった。
こいつには歩み寄るつもりはあんのか?
胡乱な眼を向ける俺の目の前で、ピザが入った箱は分解されて分解されて、組み直されて一軒家の形になった。無駄に器用なヤツ。
ご丁寧にドアまで付いていて、奴がドアを開けると、そこから箱にこびりついていたチーズとかソースの欠片が落ちてくる。
小さなその滓を食って、満足したのか家は元の箱の形に戻った。最初から箱にくっついてるのを取って食えばいいじゃねぇか。アホだろう。
何も言わないリゾット。空いてるからすぐ来るってさ、と空気を読めないまま戻ってきたペッシ。

「世の中はシンプルじゃねぇか。スマートじゃねぇか。信じられねぇくらいにあっさりできあがってんじゃねぇか。なんでわざわざ絡ませるんだよ」
「そりゃ、その方が楽しいからね」
「めんどくさいよりもか」
「つーかよぉギアッチョ」
「あ?」

ここにきてようやく、ようやくメローネがまともに俺の顔を見た。
歩み寄るつもりが毛頭無いこいつ。とはいえど俺もこの変態に歩み寄るつもりなんて欠片も無いので。

「やっぱお前がおかしいぜ」
「俺のどこがおかしいっつーんだよ」
「人間、普通は複雑にしたがるもんさ。その方が簡単で判りやすいから」
「複雑なのに判りやすいってのは俺を馬鹿にしてんのか?」
「そうじゃなくてさ、複雑にしたほうが簡単に自分を守れるって意味」
「何から守んだよ」
「未知の敵とかじゃない?」
「なんで未知の物から自分を守る発想にいきなりいくんだ」
「既知の物をなんで怖がるんだよ?」
「くっそ、テメェとだと会話がなりたたねぇ」
「おいおい。珍しくかなり真剣に考えてるのにそれは無いだろ」
「マジだ。お前マジでわかんねぇ」
「だーからさー。絶対ギアッチョの方がおかしいって」
「だから、どこが」
「なーんで俺たちがさー、必死に複雑にして隠そう隠そうとしてるもんに真正面から向かってこうとするのさ」
「俺は」

延々と延々と平行線。
窓の外を通った配達バイクのヘッドライトにも、ペッシがそれを取りに行ったことにもリーダーが金を払ったことにも気がつかなかった俺たちは。
隣でトマトソースとバジルの匂いがした時初めて同時にそれを見た。

「やっぱりお前等、まだ腹が減ってただけだろう」

リゾットの呆れた声。メローネと見合わせた顔。
ピザへ同時に伸ばした手。やっぱ仲良いね、というペッシの空気の読めない台詞。
殴った。



***



「ねぇ、リーダー」
「なんだペッシ」
「リーダーも腹が減ってた?」
「勿論」

全員がボタンを掛け違えればいつか輪ができるんだろう

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