And But Cause I love you


インディアで朝食を

さぁ、愛しの我が友



***



「おーい!チェリーボーイ!」
「………」
「なんだぁ、返事くらいしろよ照れ屋さん」
「下品」

飛んで来た一粒のエメラルド。俺のシルバーチャリオッツが叩き落とす。躊躇いなく顔面を狙いにきてやがった。いやはや若いヤツってのは冗談も通じなくて困るねぇ。
ホテルの廊下。絨毯なんてものは勿論敷かれていなくて、俺の靴がたてるカツカツという厳めしい音。
そして前を歩く、存外乱暴な花京院の足音。この乱暴さの原因が俺にあるであろうことは勿論判っているわけだが、何が存外意外かって、こいつの喧嘩っぱやさだ。
承太郎とはまた別の勢い。それはやっぱり若けぇってことなんだろうなあとしみじみ。俺も歳くったもんだ。

「おいおいなんだよ。チェリーが好きなんだからチェリーボーイ。何の問題があるんだ?」

今度は二粒。言葉にしなきゃ伝わらないだろうに。若いヤツはせっかちでいけない、ってね。
いかんせんジョセフのじじいが驚くほどじじいだし、アブドゥルはアブドゥルだし、承太郎は17には見えねえし、花京院も大人びているし。
俺が随分と幼稚だと思われているのは認める。認めるけども、そいつぁやっぱりちっと勘違いだ。
俺はそれでも24歳だし、こいつはやっぱり17だ。大人びているのがなんだっつーのか。大人びている?まだ大人じゃねぇって証拠だろ。
それはやっぱり忘れたらいけねぇことだと思うんだがなあ。俺の勘だ。勘だが、たいていこういうのは正しいって相場が決まってる。

「その喧嘩っぱやさ、どうにか出来ねえのか」
「誰がさせていると」
「お前自身だろ。あ、自身といえば、まさかお前あっちの方もいくのはや」
「アウト」

飛んで来たのは肘だった。スタンドじゃないから、俺がスタンドで応戦するのはフェアじゃねぇ気がする。
とはいえど超至近距離。ギリギリでかわした所に右のボディ。左手で受け止めようとしたらそれはフェイクで、狙いは俺の足の小指だった。
乱暴な足音。俺のデリケートな小指の上。綺麗に決まる。
つまり俺に大ダメージ。ぬおお。

「……意外とせこい手も使うよなお前……」
「お褒めにあずかり」
「光栄まで言ってくれよ」
「へどが出る」
「最悪じゃねぇか!」

やれやれ。何でこいつはこんなに捻くれてんだか。失礼極まりない。年上には礼節を尽くすモンじゃないか。
そこまで考えて気がつく。歳上には礼節を。かけてきた年月には敬意を。それは確かに絶対にまごうことなく紳士の心得だ。
俺?いやいや。勿論俺はそれを理解してはいるが、仲間となったら話は別だ。仲間にはありったけの親愛と友情を。
敬意なんてのは壁と一緒だ。相手と自分を隔てる壁。だから俺はいいんだよ。別に他の奴に丁寧な態度取ってるわけじゃねえけどよお。
ただ、ただ、おい。気がついちまったぜ。

「……ってかよ、お前、俺に対してだけ厳しくねえか」
「自らの行動を振り返ってくれ」
「騎士道精神に満ち溢れた男前だな」
「言ってろ」

スタスタと歩き去ろうとするが、俺もこいつも目的地は一緒だ。そんな風に足を動かしたって、俺が少し早歩きになれば結局変わらねぇよ。
追い付けばあからさまな舌うちの音。聞こえなかったふりをする。
聞えよがしにやって、聞こえないふりして、聞こえないふりしてることにあっちも気づいてんだからお互い様だろう。
そんなに広くも無い長くも無い廊下はすぐに終わりを迎える。俺もあいつも右に曲がる。
高さがバラバラな階段を降りる。

「ジョセフさん、アブドゥルさん、しっかり敬語じゃねぇか。ポルナレフさんは?」
「馬鹿だ」
「お前、さっきから言って良いことと悪いことがあんぞ」
「違う。あるのは言って良い相手と言ってはいけない相手だ」
「お前はどんだけ俺をけなしたいんだ?童貞って呼ばれたのがそんなに気にくわなかったのか?おいおい」
「…………」
「テンメイくぅーん」
「チェリーが好きだからチェリーボーイなんだろ」

自分で言ったことくらい貫けと、睨んでくるその眼は今にもこちらを射殺しそうだ。だが。
その耳が若干、本当に若干赤くなっていることに気がつかない俺様じゃあない。なんだよ、やっぱ年相応に反応すんじゃねえか。
興味ありませぇん、みたいな達観した顔つきしやがって。動揺してませぇんなんて装っちまって。いやはや。かわいいねぇ。若いねえ。
そこから先、話しかけても話しかけても無視をされた。傷つくったらありゃしねぇ。
たどり着いた先。人がごった返す狭苦しい食堂。油で滑る床と熱気。独特な香辛料の香り。
俺の好みじゃあ無いんだよなあと思っていたら、花京院が先に座っていた承太郎達を見つけた。近寄っていく。

「遅くなってすまなかったね」
「そうでもねえぜ」

お前、承太郎に対してはそんなに謙虚な態度なんだな、という言葉は飲み込んだ。なんかやぶへびになりそう。
もう注文は済ませてしまったよ、と告げるアブドゥルに構わないと頷く。どうせここらへんの料理は説明を受けてもよく判らない。
丸テーブル。左から承太郎アブドゥルじじい。
じじいの隣の席についてひじをつけば、こちらに向かってがたんと傾いた。おいおい。歪んでやがる。
慌てて肘を退けたら今度はまたガタン。くっそ、どうすりゃいいんだ。どうもしねえけど。
肘つくのなんて癖だから無意識にやっちまう。諦めるしかねぇか。なんか落ちつかねぇけど。
花京院と来るなんて珍しいな、とじじいに話しかけられたから、しょんべんしてたらカチ会ったんだよ答えた。
途端に飛んでくる鋭い視線。食事時に何話してるんだってことらしい。頭固すぎるだろ。むさい男の集団だぜ?レディがいるならともかく。
一言からかってやろうかと思ったら料理が運ばれてきた。うまそうな匂い。

「おおお。アブドゥル!なんだこれ!」
「豚にライスを詰めたものだ。香草は少なめだからお前も食べやすいだろう」
「おいしそうですね」
「ああ。そうじゃな」

ほとんど豚の丸焼き状態だから見た目はそこそこえぐいが、流石にそこまで神経の細いやつはここにはいない。
でっかい皿から嬉々としてとろうとしたじじいが一瞬固まった。固まったあと、突然にやにやと笑う。
その表情だけみると完全にすけべ野郎だ。つうか俺は確信してる。こいつ若い時は絶対に鳴らした口だ。間違いない。
下手すると今でも、と思う。まあじじいだし俺には負けるが、ダンディな魅力とやらがオバサン達には見えるんだろう。

「アブドゥル」
「なんですか?ジョースターさん」
「このライスは、どっから詰め込んだんだ?」
「そりゃ勿論、肛門から」

聞いた瞬間に俺はコーラを噴き出した。というか、コーラを噴き出しそうになったのを堪えて、むせた。
じじいがニヤニヤした原因が判ったからだ。つうかそれが予想以上に下らなかったからだ。
固まる花京院に聞きたい。お前、俺よりもこいつに敬意を払うのかよ?マジで?
アブドゥルはなんてことない顔で話を進める。

「口の方はしばって肛門の方からいれるんですよ。その方が綺麗に入りますからね。」
「綺麗とか気にするようなガラじゃねぇだろインド人は」
「失敬な。まあ、それも別にその通りだが、これはもう伝統なのさ。何か先祖が発見した理由でもあるんだろう」
「ふぐみてえなもんか」

承太郎の疑問に、そうかもしれないな、と答えるインド人。
ふぐの例えは俺には判らないが、同じ日本人の花京院はちょっとちがうんじゃないかと、ようやく硬直を解いて言った。
そういや、アブドゥルも敬語はしっかり区別してんだなあと思う。じじいにだけはきっちり敬語だ。
ぼんやり眺めていたら、当のじじいと目が合った。その瞬間ににやりと笑われて、嫌な予感がする。

「ポルナレフはどうなんじゃ?」
「はあ?」
「そっちの経験はあるのか?」

今度こそ俺は本当にコーラを噴き出した。正面に誰もいなかったし、そもそも料理まで届いてねぇが、机に少し散る。
心底嫌そうな顔で隣の花京院が汚いなあ、と呟いた。俺のせいじゃねえ。断じて俺のせいじゃねぇ。
慌てて近くにあったナプキンで口を拭う。爆笑するじじい。笑いながら見つめるアブドゥル。
花京院には聞こえていなかったようだし、承太郎は表情をぴくりとも変えないから判らない。
おいおいおい。

「なんでいきなりそんな話になってんだよ!」
「まあまあいいじゃないか。年寄りだからって枯れた訳じゃあないんだぞ」
「じじいはとっとと枯れてろ!」
「私もまだまだ現役ですよ」
「お前にゃ聞いてねえ!」

なんだなんだ?なんでこんな展開になってんだ?
混乱する俺をよそに、アブドゥルは豚を切り開いた。ご丁寧に、肛門から。わざとじゃねぇの。
頭を抱える俺と話を判っていない花京院。判ってるのかどうかも判らない承太郎。
そのまま流してくれりゃあいいのに、花京院の馬鹿野郎はあっさり踏みこんできやがった。馬鹿。馬鹿野郎。

「ええと、何のお話ですか?」
「ふむ。花京院」
「はい」
「お前、経験はあるか?」
「ええと、経験と言うと」
「馬鹿もの。夜の話に決まっているじゃろう」

今度こそ花京院は耳どころじゃなく顔中を真っ赤にしたし、承太郎まで届いただろう。あいつは相変わらず表情をぴくりとも変えなかったが。
それどころか、アブドゥルの後から平然と豚をとってやがる。強すぎるだろ。
インドをなかなか気に入ったと自分でいうあたり、こいつの適応力には並々ならぬものがあるよなあ。
自分から花京院に標的がうつったことに安心した俺は、気合をいれて豚をとろうと思う。

「そッ、それは」
「なんじゃなんじゃ花京院。照れることは無いぞ?どうせ男同士」
「いえいえいえ。そういう問題では無くてですね」
「何人とやった?一人か?二人か?それとももう十人くらいはやったか?」
「じゅッ。じゅう」
「うん?いや、日本人はそういうのが遅いんだったか。だったらまだ童貞か?チューくらいはしたことあるんじゃろ?」

ゆでダコってこんな感じなんだなあと眺める。まあ、俺はタコを茹でたことなんて無いんだが。
じじいはどんどん調子にのるし、アブドゥルは楽しんでいるし、承太郎は黙っているだけだ。
流石に花京院が若干かわいそうになった。この反応、絶対まだだろ。
チェリーボーイと呼んでしまったことを今更反省する。こりゃあ傷つけたかもなあ。
肛門からなるべく遠い位置でとった豚は非常に美味だった。やっぱちょっと味濃すぎるけど。

「おい、じじい、そのへんにしてやれって」
「ふむ。ちょいといじめすぎたかの。で、ポルナレフ」
「なんだよまだあんのかよ」
「まだ、ってまだ何も答えとらんだろう」
「ばれたか」
「お前は経験したことがあるのか?」
「この俺様がしたことねぇわけねぇだろ。モテモテだぜ」
「いやいや。お前の場合はそうじゃなく」
「はあ?」

他に何があるってんだ?
飲みほしたコーラを振る。考えてみても特に思いつかない。なんだよ。セックスの話じゃねぇのか?
ま、童貞だと思われてなかったんならそれでいい。そんなん思われてちゃ男が廃るってもんだ。
他に何があるってんだ?
他に?

「ここじゃよ」
「ああ?どこだっつーの」

さっぱり判らねえ。にやにやしながらじじいは豚を指差している。
指差しているのは、豚。
さっき、説明を、うけた、アブドゥルから、説明を、うけた、豚。
そう、どんな説明だったか。

「ここでやったことあるかちゅう話じゃよ」

残念ながら俺は既にコーラを飲みほしていて、その茶色い液体をこのスケベじじいにぶっかけることはできなかった。糞。
ただ、隣の花京院が、恐ろしく慌てた声で叫んだ。思いっきり机をバン、と叩きながら立ち上がる。

「ジョ、ジョースターさん!」

あ、と思った。傾いた机。そういやそもそも歪んでたよなあ、なんてスローで思う。
この程度の衝撃で倒れる机なんて、日本じゃねえよなあ、とか、呑気に思う。流石インド。がったがたじゃねえか。
やっぱりスローで飛ぶ大きな豚肉。向かう先に唖然とした花京院の顔。



***



「おーい、気にするなって花京院」
「……気にしてなんていない」
「皆に童貞がばれて恥ずかしかったのか?大丈夫だって」
「そういうことを言ってるんじゃない!!」
「そういや最後まで承太郎の奴、いっさい動揺しなかったよなー。あいつどーなんだろ。聞いたことある?」
「僕が知るか」

全く。せっかく気を使ってやってんのになあ、この態度。
まあ、勿論大人の俺は、こいつのこの態度が本心からじゃないことを知っている。
いやいや、つーか本心なんだろうけど、本心が言えるってのが大事なんだろ。
歳上には礼節を。かけてきた年月には敬意を。仲間にはありったけの親愛と友情を。
つまりはそういうことだ。
そういうこと……だよな?おい。ガチで嫌われてるんなら俺だってへこむぜ!

お題『下ネタ』と『机』でした

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