And But Cause I love you


声は届く

一人と一人



***



「んで、なんで俺はこんな時間にいきなり呼び出されてるんだ?」
「まだ2時だ」
「午前、な」
「その程度のこと、言わないでも判っているよ」

相変わらずの口ぶりで、この最低な医者はこちらを見向きもしない。凄いスピードで棚から薬瓶を取り出していく。
メモを見る訳でもなく、表情を変える訳でもなく、机に並んでいく無機質な硝子瓶。
ガチャ、扉を開けて、シャア、瓶を手に取って、コトン、机に置く。
もう一回、ガチャ、扉を閉じる。
憎らしい程無駄が無い動作だった。それが続く続く続く。
ラベルは全て英語。基本的な物ならともかく、専門用語の羅列が俺に理解できる筈もなかった。
医療、なあ。俺には分からない世界だ。
別にだからどう、という訳でもなく。そもそも人間、誰だって、自分だけの世界を持ってるもんだ。
それは暗殺者だとか闇医者とかに限った話じゃなく。芸術家である必要もなく。
そこらへんを歩いてる主婦も、すっぱだかで駆けまわる子供も、そいつらだけの世界を持ってる。誰も完全に理解する事なんてできない、自分の世界。
永遠の孤独だ。
だから必死にファミリーを作るんだと俺は思う。本当に本当の所、この孤独が解消されることなんて無いってのに。
皆が皆、オンリーワンの特別だ。特別だ。皆特別だから、特別であることに価値なんて無いんだろう。そんなのは、酸素を吸ってる人間ってのと同じ意味しか持たねぇんだから。
それでも、それなのに、異常と普通はしっかりちゃんと明確区別されるわけで。皆違って皆良い、なんてのは子供にしか通じない。
子供にも通じねぇか。
子供に失礼だ、そりゃ。
しかしその区別ってのがまた、面倒だよなぁ。

「知ってるか?午前2時は普通の人にとって夜中だぜ」
「君は自分を普通の人だと?馬鹿らしい」
「普通だろーよ」
「知っているか?暗殺者なんて物を普通だと言う奴がいるらしい」
「そいつぁ驚きだ、殺人が仕事の医者と同じくらい。」

殺人が仕事じゃない医者なんて医者じゃないね。
チョコラータはそう言い放つとこちらを振り返った。勿論、爽やか上品に俺へ夜更けの挨拶するためではなく。謝罪なんてするはずもなく。
さて、区別だ区別。俺は正直言ってこいつを異常者だと思うが、多分こいつからしたら俺が異常者。なんだろう。世間一般からしてみれば、両方とも異常者。せちがらいな。
こいつは俺の目線なんて気にしない。取り出した大量の瓶を鞄に詰め込んで詰め込んで詰め込んでいく。
特殊な鞄なんだろう。緩衝材が敷き詰められて瓶の形に穴が空いていた。どんな劇薬だよ。少しの衝撃もアウトですってか。
爆薬じゃあるまいし。

「相変わらず、すげぇ量の薬と毒だな」
「毒とは失礼な。これは全て薬だよ。」
「それはまぁ、随分と物騒な薬ですこと」
「その通り。だから私は普通の人にあんな薬を渡したりしないさ」
「それ言うなって。」

真夜中。「すぐ来い」の一言で、返事をする間も無く切られた携帯を片手に、それでも来た理由はこれだ。
やれやれ、拷問にも金がかかる。せちがらい世の中になりました。こっちが超能力者だと思ってか無茶ぶりする依頼人の多いこと多いこと。
俺に出来ることなんてそこらへんにある物をちっこくするだけ。それだけだ。
それ以外のリクエストには、お答えできない。答えようと思ったら、こういう奴の手を借りるしかないわけで。
俺がもらった麻酔薬は、なるほど、確かに薬だった。痛覚はそのままに身動きだけ取れなくするなんて薬に需要があるのかは知らないが。
個人的には、やっぱりそういうものを毒と呼ぶんじゃないかと思う。薬も過ぎれば毒となるとは、なるほど、真理だ。
鞄の中身は薬で埋まる。次の鞄。その次。その次。
これを全部小さくするかと思うとうんざりするが、次から薬を回してもらえなくなるのも困る。ビジネスってのは異常者相手でも成り立つもんだ。こいつ然り。依頼者然り。
俺からしてみれば、殺人を人に頼むような奴も異常だと思うんだが、俺に頼む奴らはそんなことを微塵も思っちゃいないらしい。

「この前の分はありがとよ。あと4日で報酬が入るから、今度の土曜には金を渡すさ」
「金を貰うのだから礼を言われる筋合いは無いね。22日に受け取ることも当初の契約通りなんだから言う必要は無い。お前は無駄口を叩きにきたのか?」
「少なくとも安眠を妨げられた文句は言いに来た」
「ならばもう言い終わったな」
「ま、そうだな」

それに、正直言って俺はこいつに対して、特別な嫌悪を抱いている訳でもない。人として最低だとは思うが、んなこと言ったら俺はどうなる。
拷問担当の暗殺者なんて、最低そのものの響き。
人のことを言えた義理でもないし、それを置いといても、今の所こいつは俺に対しては誠実だ。法外な値段をふっかけられるが、そもそも俺達がやってること自体が法外。
法外な世界じゃ妥当な値段。後払いでも良いとは正直かなりありがたい。報酬が入るのは全部終わった後だから、前払いはきついのだ。
まあ、その代わりに最中のビデオ撮影が条件だったが。何、ビデオとカセット代を頂けるならおやすいご用だった。
その程度で痛む良心を、持ち合わせては、いる、いる、が、良心じゃ飯が喰えないのもまた道理。
良心に価値が無いわけじゃない。それは素晴らしい物だ。大切に大切に育てればいいと思う。
ただ、2週間昼飯を節約して禁煙するよりは、良心の方が安かっただけ。
そう考えれば、俺がこいつを嫌う理由も特にない。ほかの奴に何をしてどう思われているのかは知らないが、それは俺の理由にはならない。
ギアッチョが同じことを持ちかけられたらブチギレてビデオを壊すだろう。メローネは笑いながら引き受けて、楽しみに待つ医者の前でテープを壊すだろう。
ペッシは論外。プロシュートは誇りが許さねぇから断る。リゾットは、どうかな、それが任務ならこなすんだろう。ああ、いや、そもそもリゾットに機器類任せちゃ駄目だな。
ガチャ、という鞄を閉める音で我に返る。いけねえ、ぼんやりしてた。
目をやれば、ようやく全てを鞄に詰め込み終わった所だった。しかしこれだけの種類の薬、一人の人間に投与するもんか?

「今日、何人のところ回るつもりだ?」
「一人だ」

するものらしい。やれやれ。確実に治療じゃ無くて実験目的だとは思う。
ただ、こいつは普通に普通の医者らしい行動もするから断定はできない。まれに。ごく、まれに。
まぁ、どちらでもいいが。それは俺が口を出すようなことでもないし、理解出来るとも思わない。
殺人犯なら殺人犯の気持ちが判るなんて、そんなことが有り得る筈もない。
俺達の孤独。

「車で来ただろうな?」
「そりゃ、こんな時間に電車なんて動いてねぇからな。」
「フン、足があってなによりだ」
「おい、あんたまさか、そのためにこんな夜中に呼びつけたんじゃないだろうな?」
「理由の一つではある。一番は単純にお前の能力だ」

この量を持ち運ぶのはさすがに骨が折れる。
そう続けた医者に、そりゃなあと思う。取り扱い注意の劇薬が、鞄に、あー、8個?
中に入っている薬が全部でいくつになるのかは数えたくない。小さくしたって取り扱い注意には変わらないだろうから、そこは油断できないが。
俺の車が爆発したら、絶対に請求書を貰おう。
爆発に巻き込まれて生きていたらだが。まあ、死ぬな。

「んで、これで終わりか?」
「あとはあれだな」
「げ、手術台かよ。そんな物まで持ってくのか。」
「それだけじゃない。そのむこう」
「………CTスキャン室のドアしか見えねぇんだが」
「目は悪くないらしいな」
「冗談だろ?」
「目のくだりはな」

俺にできることはそのへんにあるものをちっこくすること。それだけ。それだけだ。
それ以外のリクエストにはお答えできない。が、ちっこくするだけならなんでも出来る?そんな馬鹿な。
そのへんにあるもの。そこら中じゃない。そんな何もかも小さくできてたまるか。小人の国。ガリバー旅行記かっての。
街を小さくできるか?地球を小さくできるか?いやいや、部屋一つ?

「無理に決まってんだろ?!」
「何故」
「じゃあ聞くが、あの部屋は他の部屋と繋がってないのか?」
「そんな筈無いだろう」
「あの部屋だけ小さくしたら、他の所からバキバキ取れていくぞ。土台のこともあるし。」
「それは困る。家ごと小さくすることは?」
「…出来なくはねぇけど疲れるからやりたくねぇ。時間かかるし保たねえしな」
「それはお前の問題だ」
「仮に、仮に、だ、全部小さく、家ごと小さくしたとして、それを広げる場所はあんのか?」
「無いな」
「じゃあ無理だ。諦めろ」

瞬き3回分程考えて、こいつはあっさり、判った、と頷いた。理詰めで説けば納得してくれるのは悪く無い。うちのチームはよくも悪くも、感情で動き過ぎる。誰も彼も例外無く。
感情的な暗殺者。我が事ながら最低な響きだが、だからこそ俺はあのチームが好きだ。別に俺はあいつらのうち、誰のことも完璧に理解できちゃいないが、そんなことはどうでもいい。
俺のファミリー。
いつかそれに足元すくわれるとしても。別にかまわない。そんなもんだ。
親バカ?言ってくれ。

「あんたんとこの…セッコ?あいつの姿が見えねえが、元気かい?」
「元気、な。体調でいうなら健康だろう」
「いやいや。体調だけじゃなくて精神的なのも含めてくれよ」
「精神科は専門じゃないがね。セッコの事が今何か関係あるか?」

こいつだって、例外じゃない。どんなに異常な奴だって、家族は欲しい。
まあ、こいつのセッコに対する態度はペットのそれと近いが、なあに、動物も家族の一員と世間ではよく言うじゃないか。
別にセッコの野郎だって、ペットのつもりはないだろう、ただ、居心地が悪くないからこいつの傍にいるだけ。
十分じゃないか。それでいいんだ。他人が寄り添えば家族だろう。

「ちょっと家族について考えててな」
「それは良い議題だ」
「お、そう思うか」
「ああ。こんなに複雑で無駄で愉快な生命を、たかだか数時間の交わりで産むんだからな。実に重要な機構だ」
「言ってることは正しいが、なんかずれてる気がするのは俺の気のせいじゃないよな」
「家族という単位の話を個別の生命単位にまで分解したせいだろう」
「それだ」
「気が付け」
「意図的に話をずらすなよ」
「ずらしてなどいないよ。私にはそう見えるというだけだ」

そこに生まれる命に興味はあるが、そこに成立する関係には興味が無い。
正直、それこそ家族という言葉を全否定しているようにしか聞こえないが、別にそんなつもりもないんだろう。
あることは認めるが、興味が無いだけ。
いやはや、まったく、最低だなこいつ。相変わらずだが。別に間違っちゃいない。こいつは正しい。
正しいのに異常だとは、やれやれ、俺にももう判らなくなってきた。
駄目だな。頭が全然働いていないのが判る。そもそも俺はどうして家族のことなんて考えてるんだ?
どこからそこに話題が飛んだのか全く思い出せない。霞がかっている。
ああ、こりゃ、もう無理だ。完全に寝不足だ。理屈が破綻して論理が飛躍して、ごちゃごちゃと頭の中に湧くだけ。
普通。異常。家族。孤独。なんつーか、使い古された論題ばかりだ、こんなの。
俺たちの孤独。誰も完璧に相手のことを理解できないし、出来る筈もない。
俺たちの孤独。
実に滑稽だ。誰もかれもが孤独なら、孤独でいることなんて特別でも何でもない。こんなの、笑わずにいられるか。

「しかしそうなるとレントゲンも無理か。内部スキャンしたかったが仕方ない。」
「役に立たない能力で申し訳なかったね」

こんな力を持ってる時点で、俺達は既に十分特別で、異常なんだろう。ただ、俺の周りはこんな奴ばっかりだからややもすると忘れる。
自分が本当に本当に普通のやつなんじやないかと思う。
いやいや、普通だぜ。普通だが、世間一般から見たら全然普通じゃないことくらいはみとめなくちゃいけないんだろう。

「何を言う。こんなに便利な能力もない」
「あんたもたいがい、変わってるよ」

皮肉と自虐の中間のニュアンスで言えば、至極真面目な顔で返されるもんだから思わず笑っちまった。
俺は別に俺の能力を下らないとは思わない。思わないが、優れているとも思わない。
卑下しているわけじゃない。ただ、客観的に見てそうだろうな、と思うだけだ。暗殺に向いている訳でもないが、単純だからこそ応用も利く。暗殺以外の所で。
だから、俺の能力がいかに便利かを滔々と述べられると、どうしても笑っちまう。面白い。若干照れ臭い。

「聞いているのかね?」
「聞いてるって。」

なるほど、俺の能力は、医療現場においては特別の力を発揮するらしい。
特別、特別、特別。そこに選民意識なんてのは特にないが。そうだなあ。
特別ってのは、本当の特別ってのは、孤独じゃない奴らだ。きっと。
自分だけの世界。自分しかいない俺達の孤独。
それでも人間、その世界を少しでも共有しようと、伝えようと、努力して、自分の特別を探す。
そうやって出来上がるのが家族で、多分、そう言うふうにして世の中ができて。
俺たちは何処かで外れちまったんだろう。その輪の中から。
そうやって、外れた者同志が集まって、また、家族を作る。なんだ、案外良い話じゃねぇか。
思考に一つ落ちがついたところで、まだ俺の能力について語り続けている医者を見る。俺は笑わずにはいられない。なんでかは判らないが。
二人。こいつはペットと自分の二人きりの世界で、その孤独に全く興味がないんだろう。
孤独であることは認めるけれど、だからどうした。そんなことを平気で言う。言う必要もない無駄なことだと笑いそうだ。
自分の想像は確信に近い。完璧に理解する事は出来なくても、孤独な世界は近寄るくらいはできる。
最低の屑野郎と近づく世界ってのもぞっとしないが、きっとこれすらお互い様だ。

「で?これはどこに運べばいいんだ?」
「車で行く。仕方ないから私が運転してやる。乗れ。」
「運転してくれんのか?」
「寝不足の頭で事故を起こされても困る。」

俺の睡眠不足は、文句を言うまでもなくバレていたようだった。なんだ、こいつも理解してるじゃないか。俺のこと。
そう思えば、また笑いもこみ上げてくるってもんだ。冷たい目で見られそうだから堪えるが。
二徹くらいで事故を起こしたりはしない。とは言っても眠いのは事実だ。

「寝不足?まだ2時だぜ」
「夜中だ」
「普通じゃないんじゃなかったのか?」
「馬鹿か。普通だろうが異常だろうが、常識的に、2時は夜中だ。」

その通り。あんたは何時だって正しい。
そう言えば、声を出して笑われた。
やれやれ、良識的に、こんな夜中に訪ねるのもどうかという話だが、どうせ、こんな夜中に尋ねられる患者だって普通な筈がない。
患者なのかターゲットなのか、そこんとこも微妙だが、どっちにしても対して変わらない。医者のターゲットは患者だろう。
人を殺さない医者なんていない。それは全くその通り。

「そういや、あんたの運転する車乗るのは初めてだな」
「安心しろ。死にはしない」
「ほかに何が起こるんだよ」
「セッコは何故か乗りたがらないな」
「お手柔らかに頼むぜ」

大きな欠伸が一つ。小さく小さくなった鞄と手術台を壊さないように運ぶ。
キーを渡して、後部座席のドアを開けた。

「着いたら起こしてくれ。俺は寝る」



***



一人と一人
俺たちの孤独
なに、無駄口を叩ける相手がいれば、
そんなに寂しいもんでもない


「そもそも、君は本当に『普通』なんてものに意味を感じているのかね」
「いや、意味はあるだろ」
「質問を変えよう。『普通』でありたいと思うか?」
「普通ってのは、すげぇことだとは思うぜ」
「自分が普通だと思うか?」
「いや、別に」
「現状が不満か?」
「いや、別に」

俺もこいつも、別に笑わなかった。

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