And But Cause I love you


微塵の光彩

温もりは絶えることなく



***



何時のことだか誰のことだったか、まあ、どうでもいい事は置いておこうよ。大切な事は一つだけってこと。
ああ、いや、誰なのかは重要なのかな。まぁいいや。真実はいつも一つって、前に誰かが言ってたし。漫画の台詞らしいけど、なかなか良いことを言う。
パリン、って、音。
あーあ、もう、愉快だ愉快だ。大騒ぎはそれでもかっきり3秒続いて、その後一瞬静かになった。そんな様子を、俺はにやにやしながら眺める。
どいつもこいつも、酔っ払って思考が遅い遅い。今なら俺、全員殺せそうな気もする。つまらないからやんないけど。
ペッシとイルーゾォ殺ったくらいで皆我に返っちゃいそうだし。いやいや、やんないけどね。やんないよ。だって今からが面白いとこなのに。

「………ああ?何じゃこりゃ」
「プロシュート、それ、ギアッチョだよ」
「おお、ギアッチョか。いつの間に、んな哀れな姿に」
「ちょっと待てやド変態。それは俺じゃねぇ。俺の眼鏡だ。プロシュートもちょっとは否定しろや」

始まる始まる。プロシュートの足元。無残に割れた眼鏡。よく見えないのか目つきが悪いギアッチョ。
いやいや、目つきが悪いのは元からか。それとも、怒ってるからかな。大して変わらない。いつも怒ってるってことだろ、つまり。
ああ、いつもいつも、俺を楽しませてくれるのはだいたいこの二人だ。残りの奴らは既に状況を見極めたらしい。

「イルーゾォ、ちょっと俺のこと許可してくれねぇか?」
「……俺のことも頼む」
「了解。ペッシもそこでウロウロするなよ。こっち」

イルーゾォの優しい所はペッシに声をかけたことで、ホルマジオの出来た所は、無事な酒瓶も一緒に避難させたところだ。
リーダーの良いところは、そうだね、諦めたことじゃないかな。

「おい、プロシュート、聞いてんのか」
「ああ?なんか幻聴が聞こえるぜ」
「そうだねぇ、きっと眼鏡の妖精が怒ってるんだ」
「だぁれが眼鏡の妖精だオイ!」
「自分で自分の事妖精って言うなんて、ギアッチョは夢見る少年だねえ」
「はっはー、ガキだなぁおい」
「………じゃあガキの願いを叶えてくれるよなぁ……死ね!!!」







「なんで俺とテメェで後片付けなんだ?」
「なになにギアッチョ、俺と二人っきりってそんなに嫌?傷つくなぁ」
「やめろ気持ち悪ぃぞ変態。プロシュートはどうしたって聞いてんだよ」
「プロシュートは二日酔いのまま任務」
「あー……」
「リーダーもそうとう鬼畜だよねぇ」

アジトの床は地獄絵図さながらになっているけど、さながらどころじゃない地獄に送り込まれたプロシュートにはちょっと同情。
危険はたいして無いけどただひたすら面倒で時間のかかる張り込みタイプの任務だ。誰もやりたがらないもんだから残っていたヤツは、これ幸いとプロシュートに押しつけられた。
俺もギアッチョも向いてないからね。生かすよりも放置するよりも殺すのが一番簡単な仕事なんだ。結局。
どいつもこいつも張り切っちゃってお世話様。俺を見習った方が良いんじゃないかな。殺しの何が楽しいんだって?

「あー…頭いてぇ」
「そりゃあんだけ飲めばね」
「俺はテメェに酒を注がれて、んでお前におんなじ量の酒を注いだ筈なんだがな」
「酒ごときじゃ酔わないよ」
「他に何で酔うんだ」
「空気」
「ああ、だからいつもお前とち狂ってんのか。酔っ払い」

いつもだったら『空気で酔うなんてどういうことだよ!』とかキレてくるギアッチョも、今日ばかりはキレイに流す。キレる元気も無いのかな。なんて。
こぼした酒で固まった絨毯の毛。こりゃ、もうしばらくは匂い取れないんじゃないか?
窓を開け放つ。白いカーテンが一気にはためいた。落ちるような青空。渦巻く高い雲。良い天気だ。うん。風が強い。
部屋の明かりは点けない。差し込んでこない陽射しにも、部屋は沈まずに姿を見せる。青灰色に染まる。
さてさて風よ、近所の皆様の所にまでこの匂いをふっ飛ばしてくれよ。後ろを振り返ればギアッチョが手を机にぶつけた所だった。

「はいはい、酔っ払いは大人しくゴミ拾いでもしててよ」
「ちっげえよ!いや、違わねぇけど、違ぇよ。よく見えねぇんだよ」
「うん?眼鏡ならちゃんとかかってるじゃないか」
「予備だよ予備。つうか、一個前の奴。度が合ってねぇんだ」
「そんなスピードで視力落ちてんのか?」
「別に普通だと思うけどな。てめぇはなんでそんなマスクしてんだよ」
「特に理由なんてないけど」

は、ド変態が。
彼は吐き捨てて、床に落ちている酒瓶を拾い上げる。ビール、ビール、ワイン、ウォッカ、トニック。
ゴミ袋を差し出したら黙って受け取られた。目の前で見る見るうちに凍っていく瓶。
砕けた。
キラキラした破片が、粉々になった破片が、そのままゴミ袋の中に消える。
流れ作業的に2本手渡す。グラッパ。ワイン。

「てめぇもやれよ。ベイビィいるんだろ」
「んー?良いけどさー。掃除用の性格じゃないからなぁ」
「小間使いみてぇなん作ってたら驚くわ。そりゃ」
「まあ、小間使いみたいなもんだと思うけどね。正直。俺の赤ちゃんは」

目の前に落ちた乾燥しきったチーズを分解する。ゴミ袋へ。
別にこのまま捨てたっていいんだけど、このあたり意外と分別厳しいんだよなあ。収集してもらえないんだ。
まあ、だからといって分別するのも面倒臭いからこうやって分解して誤魔化しちゃうんだけど。
なんていうか、ギャングも恐れる暗殺者が随分とせせこましいことだ。
絨毯の染みをどうやって取るか考えてるあたり、今更感もある。

「あーあー。せっかくホルマジオがもらってきた観葉植物、しわっしわだ」
「そんなん、プロシュートの奴に文句言え」
「これも分解だなあ。このチェストも凍って罅入っちゃってるし」
「そんなん、プロシュートの奴に文句言え」
「おやおや。責任転嫁はよくないんじゃないの」
「あん?責任転嫁しなかったら喧嘩じゃねぇじゃねえか」
「そりゃそうだ」

床に落ちているものを片っ端から分解していく。ゴミ袋がさらさらとした粉でうまっていく。
祭りの後の後始末。後の祭りじゃないから別に苦では無い。俺からしてみれば。
ギアッチョがどう思ってるかは判んないけどね。

「それ、まだ食えるんじゃねぇか?」
「食えるかもしれねぇけど、誰のよだれがついてるかは保証しないぜ?」
「じゃあテメェが食え」
「いいの?」
「断れや」

あらかたのゴミが片付いていく。絨毯にしみ込んだ酒は、あー、できるかな。
酒だけ分解。しようとしたら、やっぱりそこまでの精密性はなかった。絨毯も一緒に分解される。
ま、ちょっと生地が薄くなるくらい良いだろ。
匂いは取れない。でも大分薄まった。よしよし。良い感じ。
冷静に考えて、なんでこんなに真面目に片づけしてるんだか自分でもよく判らなくなってきた。
ま、そういう気分なんだ。よく晴れた洗濯日和。

「あれ?」
「ああ?」
「これ、ギアッチョの眼鏡の残骸じゃん」
「なんでこんな所にあんだよ…。つうかまだ捨ててなかったのか」
「ベイビィでくっつけることくらいはできるけど」
「あー?どうせ歪むだろうが」
「そりゃ、調整はできないからね」
「意味ねぇじゃねぇか」
「意味あることやったら意味無いじゃないか」
「喧嘩売ってるだろ」

売ってないさ。
俺が喧嘩を売ったことなんて一度も無い。皆勘違いしてる。まったく。やれやれ。
俺はただ皆と遊びたいだけだ。
喧嘩も殺しも何が楽しいんだか、さっぱり。楽しくなんてない、どうでもいいから、面倒だから、興味が無いから消すだけで。
俺は大切なものは大切にする方なんだぜ。信じてもらえたことは無いけどね。

「まあ、試しに作ってみようよ」
「あー、どうせ捨てるしな。好きにしろ」

砕けたレンズの破片を集めて、結合させる。少し歪んだ丸いレンズ。
覗いたら、ぐにゃりと曲がった世界が迎えた。やっぱ無理か。
ピントが合わない世界で、窓の向こうの青だけがやけに鮮やかだ。たわむ。広がる。視界を飲む。
酒の匂いはもうすっかり飛んだ。

「満足したか?」
「うん。割と」

また分解して捨てようかと思って、思い直してそのまま捨てた。
理由?特に無いよ。

「あとは皿洗えば終わりかなあ」
「皿洗ったらチェスト買いに行くぞ」
「あの観葉植物、名前、なんだっけ?」
「さあ。適当に似た形の買えばいいんじゃねえの?」







プロシュートがギアッチョの眼鏡を踏んだ。
真実はそれだ。それだけだ。真実はいつも一つ。
ただ、机の上に置いてあったはずのギアッチョの眼鏡を、さりげなく床に置いたのは。
理由?だから特に無いって。これもまたこれで一つの真実。
喧嘩なんて売っちゃいないさ。俺は好きな奴は大切にするんだ。
そのやり方が、人と違うかどうかは、まあ、知ったこっちゃないんだけどね。
ボロボロになって酔っぱらったプロシュート相手に俺は絡む。

「俺さあ、なあんでアンタらの事殺さないんだろうなあ、って考えたんだ」
「よっぽど暇だったんだな」
「思ったんだけどよ、これは愛なんじゃないかって。愛だぜ愛!!この俺が愛ってやつを理解できる日が来るとは思わなかった」
「愛を馬鹿にする奴は愛に負ける」
「へえ?」
「愛を賛美する奴は愛のために死ぬ」
「それはなんかの一節?」
「さあな。俺も覚えてねぇ」
「ていうか、結局愛のせいで死ぬんだね」
「そうだな」
「プロシュートはどっち?」
「俺は俺のために生きて俺のために死ぬさ」
「なるほど」

「そしたら俺は、アンタらのために生きて、アンタらのために死ぬことにするよ」
「そりゃまた随分と、我儘だな」
「そうかな」
「そうだ」



***



イルーゾォの優しい所はゴミ出しを手伝ってくれたところで、ホルマジオの出来るところは、俺たちが終わる時間に合わせて飯を作ってくれたところだ。
リーダーの良い所は、そうだね、プロシュートを迎えに行ったところじゃないかな。



「ギアッチョ、愛してるぜー」
「気持ち悪い」
「俺もそう思う」



誰にも信じてもらえないとは思うけどね。俺は本当に、大切なものは大切にするタイプなんだ。
チェストと植物、持てるだけの酒を買って、帰ろう。

お題『酒』と『眼鏡』でした。

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