And But Cause I love you


現実を否定する術を知らない

よぎる
かげる



***



合格祈願に参内するというのは、随分と女々しくて全く柄じゃない。柄じゃないことは理解しているし、実際に来るつもりなんて無かった。
神に祈ったって叶う物は叶うし、叶わないものは叶わない。それも叶え“られる”んじゃなく、“叶える”しかない所がより下らない。
結局すべては自分の実力で、実力で言うならば模試の判定は既に合格確定を伝えている。
なんて下らない。
来る意味なんて一つも無い。とはいえ、一つも理由が無いのに来るほど自分は酔狂では無いから、実際は理由がある。
そう。ただ、行ってこいと言った母の好意を、その気づかいを無駄にしたくなかっただけだ。昔はそんな物を気にしてもいなかったことを思うと、不思議な理由ではあるが。

適当に賽銭を投げいれて、何も考えずに手を合わせ、目を閉じ、何も考えずに目を開けた。特に何かを祈るつもりも無い。
母に対してはここに来た時点で、もう義理を果たしている。ならばもう、居る理由も無い。
早々に帰宅しようと振り返りざま、大量に結わえられた絵馬が目に入った。
下らない、と思いながら買い求めて、何も書かずに結んでしまったのは何故だろう。
空っぽの絵馬が目の前に下がる。随分と自分らしくない。自分らしくは無いが、仕方ない。
そうせねばいけないような気持ちになってしまったのだから。きっと、あいつならそうするだろうと思った途端に。
ああ、まただ。
エジプトから帰ってきて、日常の最中にふと気がつく。世界にあいつの影が有る。
両親のもとへ帰れなかったアイツ。きっとアイツは、こう、するだろうと、そう思うと、何か自分らしくないことをしてしまう。
それは例えば、来たくも無い社寺に来たり、買いたくも無い絵馬を買ったり。

空虚だ。

空虚を埋めている。違う、空虚を確認し続けている。エジプトから帰ってきて、今まで。そしておそらく、これからも。
普段の生活がままならないという訳ではない。むしろ、いつも通りだ。多少のらしくない行動も誤差の範囲内だろう。
変わらない人間などいないのだから。
そう、全くもって平素と変わらないものだから、俺は認めるしかない。
俺は悲しんでいる。悼んでいる。あの友人を失ったことを。もしも生きていたら、などと、埒の明かない事を考えている自分を、認めるしかない。
埒が明かないと判っていて考えてしまうのだから、この考えを断つこともできないだろうと諦めている。
不毛な思考だが、不毛な思考をやめようとすることの方が不毛だ。どうせ無駄だと判っているのだから。
諦めきれぬと諦めた、とは、実に的を得た表現じゃあないか。
ゆっくりと一段一段、石段を登る。
学校へ行って、アイツと偶然会って、話をするような、帰りに本屋で出会うような未来は、確かにあった筈なのだ。
俺が叶えられなかっただけで。
別に毎時アイツの事を考えている訳でもない。そんな生活ができるものか。
ただ、ふと自販機を見たときに、一冊の参考書を見たときに、公園の遊具を見たときに、空が晴れ渡っていた時に。
よぎるのだ。彼の影が。
そのたびに俺はアイツの死を悲しんでいる自分を自覚して、その空虚に気がついて、その空虚を埋める気のない自分に気づく。
日々が降り積もっても、俺はこの悲しみを、悲しみとして受け入れる以外の方法が判らない。
それは確かに此処にあって、此処にあるからこそ、俺はそれをあるがままに受け入れるしかない。
このまま。きっとこのままだ。
普段通りに、このまま、俺は、お前のいない世界で大人になる。
別に何が変わるでもなく、何の気負いも無く、それ自体に特に何の感慨も無い。
そう、先日誕生日を迎えたばかりだ。
石段がこのまま、永遠に終わらなければいいと思いながら、そんなことが有る筈も無く、あっさりと登りきる。
終わったという現実も、終わらなければいいという感傷も、そっくりそのまま胸にしまう。
登り切れば、後は帰るだけだった。

母がやけにはしゃいで買ってきたケーキの、その上に乗っていた、普段食べない筈のその果実の、
なんと甘く、そして噛み砕いた種の苦かったことか。



***



傷口を磨き続ける日々
彼だけを残して移る、季節と自分

なんて残酷な世界だ

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