シージョセ


夜のニューヨークは新しい夢に溢れ野望が渦巻き、魔法にかけられたように人々は夢心地で歩いている。
そんな風に思っている人物はまだこの街を理解していないとジョセフはほろ酔いの頭で思う。
この街は灰でいつだって曇っている。いつだって霞みがかって、汚泥が乾いて空気に混ざって砂のような空気を作りだす。
過去に囚われた亡霊がいつだって街をうろついて、人々を縛り付けているような、ひたすら色あせた世界だ。
現に、この夜ですら色あせて黒は黒よりも擦れて、星は何億光年も前の光を届けて、街灯ランプはとうの昔に電球が切れていた。
そんなニューヨークのことが、ジョセフはとびっきり気にいっていた。この雑多で薄汚れていて、千切れた新聞が舞い上がる路地裏。

「しっかしなぁんでお前がいるかねぇシーザーちゃん」
「こっちの台詞だ。可愛いお嬢さんでもひっかけようかと思ってたのになんでお前と」
「おーおー、流石に色男は言う事が違うねぇ」
「それで?お前はなんであんな所にいたんだ?」
「んー?」

行きつけのバーで偶然カチ会って、何の因果か同時に店を出る羽目になった二人は、普段よりも少しだけ心もとない足取りで薄暗い路地裏を歩く。
まさか喧嘩相手を探していたとも言えずに、ジョセフは口笛を吹いて下手くそに誤魔化した。口笛は、上手かった。
シーザーに言っても、この野蛮人が、などと馬鹿にされるだけだと判っていた。いや、この際そのままこいつと喧嘩してしまおうか。
それは良いアイディアのように思えた。安いウォッカで回る頭は深く意味を考えない。
この街で、薄汚れたこの場所で、ただお互いの汚れを確認するためだけに殴り合う行為を、シーザーは理解するだろうか。
一通り殴り合った後、お互いに酒を奢って握手をしてそうして別れて二度と出会わない。その行為の意味をシーザーは理解するだろうか。

「おいジョジョ、聞いてるのか?」
「聞いてますって!あー星がきれいだねー」
「ガスで汚れた空気と電灯の明かりで霞んだ星が綺麗か?お前のセンスを疑うな」
「だから綺麗なんじゃないの」

シーザーちゃん星座判る?とジョセフが聞けば一瞬の沈黙の後、いや、と返ってきた。じゃあ俺が教えてあげましょうとジョセフは胸を張る。
あそことあそこを結んでおっぱい座!大声で堂々とジョセフが宣言すれば、シーザーは思い切り吹きだした。
普段ならば下品だ、等と馬鹿にするのかもしれないが、酒が入っているのは彼も同じである。乱暴な陽気さで二人は笑う。
次々と生み出される新種の星座のひとつひとつに二人は声をあげて笑った。路上の老人が迷惑そうに目をやるのも気にかけない。
どれほどの時間が経ったのか、酔いは覚めても気分は高揚したまま、ジョセフは声を張り上げた。

「なあシーザー!」
「なんだよ」
「俺、お前と喧嘩しようと思ってたんだ」
「あー、じゃあ今からやるか?」
「俺お前のそういうところ好きだぜ」
「今から喧嘩する相手に好きとか言うんじゃない馬鹿野郎」
「おい、今から喧嘩する相手に向かって馬鹿野郎とはなんだ馬鹿野郎とは」
「合ってるじゃないか」

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