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フーゴ&ナランチャ

イタリアの陽射しは柔らかくなどない。それは直線として地面に刺さり反射してまた世界に刺さる。だから皆昼寝をしてその時間をやり過ごすのだろうと、陽射しの中で立ちつくすフーゴは考える。怠惰なような考えだが、それは正しい。こんな時間に、こんな屋外で、働く方が間違っている。いや、働くことは間違いではない。用事も無いのに外に出るという事が間違っているのだ。
愚かな行動だと、干からびていく脳で彼はぼんやり考えた。思考が鈍っているのを彼は自覚しているが、どうしようもない。太陽に敵う人間などいるだろうか。
こんな時に、外に出るなんて馬鹿だ。馬鹿だ。あいつはどれだけ馬鹿なんだ。
弱弱しく睨みつける先には、陽射しを受けてなお笑いながら噴水に突入しているナランチャの姿があった。両手を大きく横に出し、まるで自身のスタンドのように駆けながら、光の槍の下で羽ばたく。その動作は幼い子供のようで、フーゴは自身の事のように恥ずかしくなった。自分よりも大きい人間がやる動作では無い。それが許されるのは年齢が一桁の幼児だけだろう。自分がそのような年齢の時、こんなことは決してしなかったけれど。
そんなフーゴの目線も気にせずにナランチャははしゃぐ。円形広場の中心の噴水。下に敷き詰められた同心円状の煉瓦は焼けついて地面を這う陽炎を生み出している。こんな時間帯に外に出ている者など誰もいない。皆の憩いの場で、そこに居るのはフーゴとナランチャの二人だけである。
二人きりの世界でフーゴはただ立ちつくす。暑い陽射し。輝く陽射し。黄金の陽射し。身体に無数に突き刺さるそれから逃れようと日陰を探すが近くには見つからない。そんな彼を置いて、ナランチャは噴水と戯れる。跳ねる水しぶきが彼の周りでちらちらと光る。きらきらと彩る。
自分と同じ陽射しの中にいるとは思えないほど、その姿は輝いていた。彼の周りだけ陽射しはその勢いを弱めて柔らかく包んでいるようだ。思い切り笑うその姿に、羞恥の心も優越も見てとれない。ただただ笑うために笑っていた。本当に彼は自分よりも年上なのだろうか。
前々からフーゴは思っていた。ナランチャは何かが違う。自分たちとは何かが違う。どう言えばいいのか判らないが、判らないと言うのはフーゴにとってはかなり屈辱的なことではあったが、しかし、そうとしか言いようが無かった。一つだけそれのヒントになるとすれば、それはこのギャングの道へと進んだ経緯に現れている気がした。少なくとも自分とは違う。ナランチャは一つとして悪くなどは無かった。悪では無かった。怒りにまかせて教師を殴り倒したような自分とは違う。こいつは、ただ、圧倒的なまでに馬鹿だっただけだ。
そうして今、噴水と戯れる姿の、なんと幼稚で愚かで輝かしいことか。
愚かかもしれないけれど、馬鹿かもしれないけれど、そこへ共にゆきたいと、きっとその噴水の水は涼やかなのだろうと、フーゴが一歩踏み出した瞬間、ナランチャが振り返った。その瞬間に初めてフーゴは、今まで自分と彼の眼が合っていなかったことに気がついて、そうして冷たいベッドの上で目が覚めた。
ナランチャ。きっと君は輝かしい空へとその手で飛び立って行ったんだろう。ただ君の笑顔だけが、陽射しに阻まれていつも見えない。
嗚咽交じりに頭を掻き抱く彼に、カーテンの隙間から差し込む一筋の夜明け。

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