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ジョルミス

ジョルノの部屋。毛の長い、真っ白い絨毯の上。ソファの傍にうつぶせに寝転んで、ミスタは雑誌を読み込んでいた。
立ち上がり台所へ水を取りに向かっていたジョルノは、つい3分前まで存在していなかった雑誌の存在を認めて、どうやらまたいつの間にか彼が自分の部屋に持ち込んだらしいと理解した。こうしてジョルノの部屋にはだんだんとミスタの私物が増えていく。無駄なものを所持するのは全くもって彼の趣味ではないので、本来ならばもって帰ってもらうなりなんなりしてもらいたいのだが、だいたい彼は面倒がって置いていってしまうのだ。それをため息をつきつつ容認してしまっている自分に気が付くたび、ジョルノは人知れずため息をこぼす羽目になる。自分の、子供のような思考に気がついて、だ。ここに彼のものがあるなら、きっとまた彼はここに訪れてくれるだろうと、そんなことを信じようとしている自分に気がつくのだ。実際、ここに置いてあるものは、雑誌だとか、小さなキーホルダーだとか、片耳だけのピアスだとか、そういうなくなっても困らないような些細なもので、彼を引き止める材料になりはしないのだと理解しているのだけれども。
そんなことを考えるのはそれこそ子供の証拠だと、ジョルノは軽く首をふってその思考を追い払った。ミスタの宝物をここに置いて縛り付ける?そんな馬鹿な話があるはずがない。ジョルノはほんの少し長く瞬きをして思考を落ち着かせると、何をそんなに真剣に見ているのかとミスタの読んでいる雑誌を覗き込んだ。そこに踊る『生命の神秘!世界の深海魚!』とかいうゴシック体のデカデカとした文字と、地味でグロテスクな魚たちの写真を見てジョルノは僅かに首を傾げる。
彼は一体何を考えてそのような箇所を真剣に読み込んでいるのか、もしかして魚が食べたいのだろうか。
そのようなジョルノの目線に気がついているのかいないのか、特に何も反応することなくミスタは次のページをめくった。
彼がそれを読んでいるならばと、ジョルノも近くにあった本を手にとって、ソファに座る。彼の足元でミスタは雑誌から目線を外さない。

「なあジョルノ」
「はい?なんです?」

そのような状態だったから、まさか話しかけられるとは思っていなかったジョルノは軽い驚きでもって、それでも平生と変わらない冷静さでミスタの言葉を迎えた。
ジョルノが返事をしたのを聞いてようやく顔をあげたミスタは、雑誌の一ページ、とある写真を指さしてジョルノを見る。

「なあ、こいつ作れる?」
「ゴールドエクスペリエンスで、ですか?」
「そう」

その言葉を聞いて、ジョルノは頭をかがめてまじまじとその写真を見つめた。鋭い歯に、大きくてうつろな瞳に、何枚重なっているのかもよく分からないひれに、頭の隆起。ミスタはなぜ数ある魚の中からこれを選んだのか、ジョルノにはさっぱり分からなかったが、そんなことはミスタにだって分かっていないのかもしれなかった。
三度ほど瞬きして、ジョルノはただ事実だけを述べる。

「できなくはないと思いますよ。これだけ情報があれば」
「おお」
「ですが、ここは深海じゃないですからね。水槽の中に入れても作ったとたんすぐ死んでしまうと思います」
「あー、あれか、水圧とかの関係ってやつ?」
「そういうことですね」
「そりゃしゃあねぇな」

あっさりと諦めたミスタに、ジョルノは胸にわだかまりを覚える。彼自身も気がつかないような焦燥を感じる。あっさりとした彼の言葉がいつか自分に向けられるのではないのだろうかと、無意識のうちに不安を抱く。その感情がそうさせたのか、気が付けばジョルノは呟いていた。

「もしも」
「あ?」
「もしも、その魚がいたら、また来てくれますか?」
「あ?あー、そりゃ見に来るぜ」
「そうですか」

さて、こうなったらどうやってでもあの魚を作るために、深海と同じ環境を作る準備をしなくてはならなくなってきた。
その算段を立て始めたジョルノに、やはり気がついているのかいないのか、目線を雑誌に戻したミスタはなんの気負いもなく声をかけた。

「つうか、お前がいるんだからどぉせこの部屋また来るだろ」

その言葉を聞いてジョルノは、五度ほど瞬きした。あまりにもあっさりと口に出されたその言葉の内容を理解するのにそれだけの時間を要した。

「ミスタ」
「あ?なんだ?」
「夕飯何がいいですか?奢ります」
「マジで?じゃあ魚食いてえ」

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