And But Cause I love you


無期限停止

永遠の休日と終わらない夢
それはひそやかな自殺願望にも似た



***



「結局さぁ」
「あん?」
「何やってんだろーね」
「何って、そりゃ、人殺しだなぁ」

笑うわけでもなく顔をしかめるわけでもなく、のんびりとホルマジオは答えた。なんとなく俺も「そうだよなぁ」と間延びして応える。
鏡の中の世界で、会話を交わしているのは俺たちだけだ。俺たちだけの世界はなんていうか、酷く怠惰な空気だった。
こんなに体が沈んじゃあ逆に集中できないんじゃねぇのってくらいに柔らかくて深い一人用のソファに座って向かい合う。
向かい合ってはいるけれど、大きな円卓を挟んで俺達の視線はてんでバラバラだった。俺は分厚いカーテンを眺めていたし、ホルマジオは染み一つ無い天井に焦点がいってる。
薄暗い証明。空っぽの花瓶。鏡の向こうの世界では真っ赤なバラが趣味悪く飾られていたが、まだ生花だからかこちらの世界には存在していなかった。
机の上に置かれたワインや食事は、人もいないのにくるくると回って消費されている。パッと見下品なマジックだ。
目の前で持ち上げられたスープ皿が傾いて、何もないところへ消えていく中身。何か文学的要素があるような気もしたけれど、特に何も思いつかなかった。
鏡の向こうで談笑している奴らにとっては最後の晩餐ってやつだ。それを思うとうまそうなこの食事もなんとなく哀愁を帯びる。
けれどそんな哀愁なんてものは基本的に空気のようにいつだって俺たちの間に漂っているものであって、今更気にするようなそんな感傷は誰も持ち合わせちゃいない。
悲しみだとか虚しさだとか空しさだとか、そういう静寂を伴う空気はいつだって俺たちの間に存在しているのだ。どんな安酒で酔っ払っていたって。それをいちいち気に止めるような奴なんて誰もいない。酸素にぶつかりながら歩いてるって感じるやつが世の中にいるだろうか。いないだろ?
だから結局のところ俺たちはアジトにいる時と何も変わらない空気でここに座っているのだ。変わるのは、椅子の柔らかさくらいで。
アジトの3人がけのソファ。もうスプリング壊れかけてて表面の革薄くなってて痛いんだよなあ。寝心地最低だし。
誰か買い換えてくれないかなぁと、任務中とは思えない方向へ思考が逸れた。
俺の能力が、自分たちだけの空間を作りやすいことも関係しているのかもしれないが、それだけでもないんだろう。
暗殺に対して真剣なプロシュートだとかギアッチョだとか、もしくは人生を溶け込ましているようなメローネとかと一緒に仕事をするときにはこんな雰囲気にはならないのだけれど、ホルマジオと仕事をすると大抵こうなる。こいつと仕事をしていると、俺はいつだってどうでもいいことばかり考える。
ホルマジオが発している日常の空気っていうのをどう説明すればいいんだか分からない。所帯じみてるっていうんじゃないんだけれど、どうにもこうにも一般人くさいというかなんというか。
前にシチューかなんかのCMで、ジャガイモをお日様の匂いーだとか言ってる子供を見たけれど、なんていうか、そんな感じだ。
ホルマジオからは日向の空気がするのだ。
日陰者と呼ばれるような俺たちからすればそれは絶対におかしい。絶対におかしいけれど、まあ、別に悪いことでもないしそんなことをかんじているのは俺だけかもしれない。俺がそう思うってだけかもしれない。
ただ、ホルマジオの傍は昼寝がしやすそうだとメローネに言えばなんとなく同意してくれたので、多分、みんな似たような感想を抱いているのではないかとも思う。
メローネに言わせれば、「なぁんかあいつの前だと良い子になりたくなるんだよなぁ」らしい。メローネの口から出た言葉とはにわかに信じがたい。
別にお前ホルマジオがいるからって何かを自重したことなんて無いじゃないかって至極真っ当なツッコミを入れたら、「そこまで含めてだよ」と分かるような分からないような答えを返された。メローネの文脈は俺には難しすぎる。はあ。
どうにもこうにものんびりしてしまう。俺たちは「人殺し」だなんて言葉をあっさりと口にするような、そういう二人組だというのに。
人殺し。なんていうか、血なまぐさいハズの言葉は、ホルマジオの口から飛び出した途端にどっかの主婦の挨拶みたいな軽さになった。
「今日は良い天気ですねぇ」「そうですねぇ」それくらいの調子で。奥様いかがおすごし?最近は景気が悪くて大変でしょう。うちの子も遊んでばかりいないで少しは働いて欲しいものだわ。そうねぇ。私の子も最近働き始めたばかりなのよ。あらあらいいことじゃない。何をしてらっしゃるの?それがね、暗殺者なの。
頭の中でくだらない想像を繰り広げて、あまりのつまらなさに自分でため息をついた。くだらないことを考えている自分がくだらない。なんというか、暇つぶしにしても質が悪いなあ、なんて。それでもなんとなく続いてしまった頭の中は、今別れの言葉を告げようとしていた。それではごきげんよう。

「そしてさよなら、か」
「?。あぁ、まぁなぁ。さよなら、だな」

心の中の呟きは、意外と外まで漏れていたらしい。おいおい、さっきのくだらない想像全部外に出てたとしたら恥ずかしすぎるぜ。
まぁ流石にそんなことはなかったようなので俺は安心する。いや、別に俺だって、普段なら誰かがいる場所で独り言なんて言わないさ。
でも、鏡の中はたいてい一人だから。呟いたって聞いてるのは俺一人。ほら、あるだろ?一人になるとテンションあがっちゃう、とか。いきなり歌い出したくなるとか。いちいちすべて声に出しながらゲームしたりとか。無いかな。まぁ、とりあえず、いつも一人の場所に、いつもと違ってホルマジオがいるからって、独り言しちゃう言い訳には、うん、なってないか。駄目か。
そもそも、誰に、どうして言い訳をしているんだか。俺はどうも独り言が多くていけない。自分の中の誰かに話しかけてしまう。そうやって思考をまとめる癖がある。片付けようとする。
別にそれ自体は悪いことじゃあないとはおもうが、思考をまとめるつもりが逆に散らかってたりするんだから厄介だよなぁ。
それとか、もうほかのやつに話したつもりだったのに誰にも話してなくて、さて誰に話したんだろうと思い返してみれば自分自身にだったりとか。
鏡の向こうの自分へ。ハローハロー。
他に誰も話し相手がいなくて、ゴミ捨て場で拾った錆びた鏡を相手に一日中喋っていた小さい頃を思い出す。話してるってことは言葉をしってるってことだから、それを教えてくれた奴は確かにいるんだろうが記憶にはいない。どこにいるんだろうなあ。案外、この豪華な部屋で会合をしている奴らのうちの一人なのかもしれない。どうせあと少しの命だけれど。もしかしたら今までに殺したやつらの中にいたのかもしれない。俺の両親とも呼べるような人物が。まあ、だからと言って何が変わるということでもない。もしもあのなかに俺の親がいたとしても結局俺は何かためらうこともなく殺すんだろう。そこに何か運命的な意味がこめられているのか探りながら、殺すんだろう。いつもどおりだ。
俺の目に映るカーテンは、質の良さだけはわかるが趣味が悪すぎてうんざりした。なんでこの家具にこの色なんだよ。

「おいおい。何か言ったと思ったらいきなりだんまりか?」
「あ、ああ、わるい。特に何も考えてなかったんだ」

散らかってた思考はホルマジオの一言で現実に戻された。ああ、そうだ。なんとなく、ずっとしゃべっているような気持ちでいたが、実際の自分は一言ぼそりと呟いて黙り込んだ変な奴になっちまってる。これだから嫌なんだ。
もう一度くだらない思考のループに戻っていきそうになったが、ホルマジオはそんな俺を見ながらいつもどおりに、この悪趣味に飾り立てられた部屋の中で笑った。

「何も考えてねぇってことはねぇだろ。どーせまたなんか自分の中でぺらぺらやってたんだろーよ」
「特に間違っちゃいねぇけど、なんか嫌な感じだなぺらぺらって」
「間違ってねぇんだろ?」
「ああ、間違ってはいない」

むしろ的確すぎるくらいだ。ぺらぺら。それが立板に水って方の意味なのか、それとも内容の薄さに関してなのかは分からないが、どちらにしろ正確だ。ホルマジオは、なんというか、こういうところがすげぇと思う。大抵のことは見透かされているような気持ちになるのだ。白日のもとにさらされる、とかそういう言葉を使えば、さっきまでこいつのことを日向と呼んでいたのとうまくリンクするか?そうでもねぇか。これもやっぱりくだらない思考でしかないんだろう。
リーダーの考えていることすら当ててくるんだからこいつのその洞察力とでもいうべきそれは飛びぬけている。ホルマジオ自身にそう言えば、「こんなの普通だろぉよ。お前らが全然周り見てねぇだけだっつーの」と、やっぱりいつもどおりに笑われた。太陽に良く似た笑顔。それは俺たちを導くだとかそういう意味では決してない。導くってんならそれはやっぱりリーダーだろう。暗い道を歩くのに光なんて邪魔なだけだ。別に希望の光ってわけでもない。ただ、なんか、なんつーか、冬のよく晴れた寒い日に、コートの中で身を縮めている時に、一瞬風がやんだ、その瞬間のあの日差しに、照り返すアスファルトに、ホルマジオは、とてもよく似ている。

「……お、そろそろか。どっこいしょ」
「オッサンくさい」
「俺は日々、良いオッサンに近づいてるのさ。……あー、やれやれ」
「いってらっしゃい」
「おぉー」

仕事すっか。そう呟いて目の前でくるみボタンほどのサイズになったホルマジオは鏡の向こうへ、本当の世界へと消えていった。とたんに訪れた静寂に俺は一つため息をつく。
このソファは座り心地は良いけれど、どうも、どうも、よくない。ひとつも暖かくない。このなめらかさは死人の肌のようだ。
この薄暗い部屋もやっぱりよくない。洒落た間接照明はせっかくの調度品の色を沈めるだけだし、部屋中が酸化した血で覆われているようにしかみえない。
だから、総合的に言って、やっぱり、結局、この部屋は、趣味が、悪いのだ。全く。こんなところに好んでいる奴の気がしれない。
鏡の前に、小さなホルマジオの姿が見えて、俺は淡々と彼を許可した。戻ってくる。こちらへ。そうしてすぐにもとのサイズに戻る。
この趣味の悪い部屋の中でも、やっぱりこいつはいつもどおりだった。

「お疲れ」
「働いてきたぜぇー」

俺たちが働くということはつまりそういうことなのだけれど、しかしまぁやっぱりそのセリフはホルマジオの口から出ると嫌に軽い。この会話最近したなーと思って考えてみれば、この前アイスを買ってきてくれと頼んだ時と、だいたい一緒だった。その程度の重さだった。六人の命は。
どのへんで気がつくかなー、とこいつがつぶやいた瞬間に、俺の目の前の皿が床に落ちて割れた。まだ残っていた付け合わせの野菜が飛び散って醜い。床に散らばる色鮮やかな緑。どうやら、気がついたらしい。慌てふためいているのか鏡の中のものがガラガラと位置を変えて落ちていく。誰か片っ端から物をぶん投げている奴もいるらしい。思いのほか気がつくのははやかったようだ。まあ、気がつくのが早かったからってどうなるってもんでもないんだけど。
どうせあと数分の命だ。
ああ、これが終わったらどうしようかな。アジトに戻っていつもどおりにリーダーに報告して、そこから先どうしようか。特に今日はやることもない。
もう鏡の中の世界は動かない。きっと何一つとして動かせないほど、あいつらは小さくなってしまった。ホルマジオと同時に立ち上がって、俺達は近所に洗剤でも買いに行くような気軽さで鏡の世界を出る。たかが六匹のゴキブリを踏みつけるのに時間なんてかからなかった。

「なぁホルマジオ」
「んー?」
「俺たち、何やってるんだろうなぁ」
「何ってそりゃ、人殺しだなぁ」
「考えてたんだけどよぉ」
「おお」
「もしかしたらこんなかに俺の親父がいるかもしれないわけだ」
「はぁん。まぁ、可能性はゼロじゃあねぇなあ」
「だろ?」
「で、だったらどうしたってんだ?」
「こんな部屋の趣味悪い親は嫌だなぁーと思った」
「あぁー、そりゃ、その通りだ」

帰ったら昼寝しよう。少しばかり遅いシエスタを取ろう。あのアジトの、スプリングのぶっ壊れたソファーの寝心地は最低だが、センスだけは最高に良い。



***



「あ、おい、ホルマジオお前どこ行くんだよ」
「どこって、お前が昼寝するなら俺は部屋に戻るぜ」
「仕事ならここでもできるだろ?お前の隣なら永遠に寝れそうなんだよ」
「おいおい。死ぬ気かよ」
「人殺しめ」
「そりゃあまぁ、その通りだなぁ」

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