俺はいつだってコールしている。
心の中でずっとだ。例えば、チャリアカーを漕いでいて、後ろからお前がおしるこのプルタブを開ける音がした時。教室で、窓ガラスに映るお前を見た時。昼休み、弁当箱に目を落とすお前を見た時。放課後、お前がさっさと部室に行こうとする時。部活中、お前がシュートを決めた時。
俺はいつだってコールしている。

《もしもし!》
《緑間真太郎くん!》
《元気?》
《こっち向いてよ!》
《今どんな顔してますか!》

この電話が取られた事はない。いつだってこいつは俺からの着信を無視して黙々と自分のことだけをこなしている。
多分、着信拒否はされてない筈なんだ。だってほら、コール音がする。俺の電話はお前に繋がってるだろ?だからほら、俺からの電話に出てよ!



***



「ねー真ちゃん、次の数学の課題やった?」
「当たり前だろう」
「見せて!」
「断わる」

そもそもお前、何度目だ。そう言われて俺は取り敢えず笑ってごまかす。何度目だろうね。わっかんないな。そんな俺の様子を見て真ちゃんはため息をついた。
窓際いちばんうしろに座る真ちゃんを振り返って見せた笑顔は自然なものだ。体は正面向いたまま、上体だけひねった背中が地味に痛い。何年も前から使われて、日に焼けた椅子の背もたれが突き刺さる。衣替えをした制服の、白い長袖が、引き攣れるように俺の動きを阻害している。成長するのを見越して一つ大きめのサイズで買った親に感謝だ。いや、まだ成長を止めない俺の体に、かもしれない。もっともっとでかくなってくれよ。頼むから。
急に秋めいてきた風は少し肌寒い。三日前までは腕まくりしていても暑いくらいだったのが、今じゃあシャツの隙間を撫でる風に鳥肌が立つことさえある。とは言っても、上着着ちゃうと暑いし堅苦しいし動きにくいしでやってらんねえんだけど。
緑間はまるで当たり前のような顔をして、一番上まできっちりとめた制服を着ている。体大きいくせにそんな着方をして、息苦しくないのかと聞きたい。いや、聞いてもどうせ、制服はしっかりと着るものなのだよとかそういう真面目な回答が返ってくるだけなので、俺は別にこいつにそんなことを聞きたいわけじゃない。じゃあ何かって、俺はこいつとお喋りがしたいだけなのだ。どんな些細なことだって構わないから。
数学の課題だって、別に、本当は、見せてもらえなくたって構わない。俺だって普通の課題を解く程度の頭くらいは持っている。ただ、そんな理由をつけてこいつと短い休み時間を共有したいだけなのだ。我ながら健気というか女々しいというか。

「家でやってこい」
「いや、やろうとしたんだぜ?俺だって努力はしたんだぜ?でもわかんなかった」
「人事を尽くせ」
「真ちゃんに電話で聞こうと思ったけど出てくんねーし」
「お前からの着信などなかったぞ」
「ありましたー」

わざわざ携帯を取り出して確認する真ちゃん。そうして、勿論残っていない俺の着信を確認して、顔をしかめた。そこでわざわざ一度確認するところが、その律儀さが好きだと思う。胡乱気な目を向けられて、夢の中で電話したよ、と俺は笑った。告げた瞬間、べちりと叩かれる頭。少しばかり痛くて、だけどそれは無理やりな体勢でひねった腰よりは痛くなくて、そんな曖昧な優しさが俺は好きだ。
好きなんだよ。

「……で、どこが判らないんだ」
「え、なになに教えてくれる系?」
「お前が答えられずに授業が中断されたら困るのだよ」

繰り返しになるが、俺は宿題の箇所が判らなかったわけでもないし問題が解けない難易度だったわけでもない。眠かったのは確かだけどだったらさっき暇だった現国の授業中にでも内職と嘯いて解いちゃえば良かっただけの話。更に言ってしまえば、別に数学の授業中にその場で解いてしまえばいいだけの話なのだ。こんな、わざわざ、真ちゃんに、馬鹿でだらしのない奴と思われる危険性を侵す必要は無い。実際馬鹿だろこんなん。だけど俺はもしかしたら、真ちゃんがこうやって俺に優しいところを見せてくれるのが嬉しくてこんな馬鹿みたいなことをしてるのかもしれない。どっちにしろ馬鹿ってことか。わからない。
真ちゃんの机に向き直るように椅子に座り直した。悲鳴をあげていた腰が落ち着くのを実感する。相変わらず長袖のシャツは少し引き連れて動きにくい。示された問題を見る。演習問題三番括弧二。俺たちの視線はつまらない文章題に集まっている。
だけど俺の心はずっと緑間に電話をかけているのだ。

緑間真太郎くんへ、お呼び出しです。

《ねえ真ちゃん、このやりとり何回目だっけ。》

《いつから教えてくれるようになったっけ。》

《なんで教えてくれるようになったのさ。》

真ちゃんは俺の電話を取ってくれない。気づいているのかいないのか、まあ間違いなく気づいていないだけなんだろう。俺はずっと、呼び出しのコール音を聞いている。留守番電話にでも繋がってくれれば、いっそ着信拒否でもされてたら諦められるのに、こいつはまるで何もないみたいにそれをほうっておくから俺はずっと待っているのだ。ガチャリ、という受話器を取る音と、そこから聞こえるこいつの答えを。待っている。ずっと。
机の下で膝と膝がぶつかった。それだけで少しドキリとした。カリカリと、シャーペンの滑る音。羅列される文字式と真ちゃんの落ち着いた声。みるみるうちに問題はほどかれていく。それをぼんやりと俺は眺めている。ホンの少し視界に映る、青空が高くて落ち着かない。秋の空と恋心は移ろいやすいなんて言うけれど、この気持ちもいずれ薄れて消えていくのだろうか。いつか受話器を置いて、俺は見知らぬ番号へ電話をかけるのだろうか。その前に、お前はこの電話をとってくれるのだろうか。

《もしもし、緑間真太郎くん。聞こえますか》

いつまでたっても答えは返ってこない。

「あー!なるほど判った!」
「これくらい自力で解けるようになれ、馬鹿め」
「やっぱ真ちゃんわかり易い!いやーありがとな。助かったぜ」

答えは出ない。







「はー、もう真っ暗じゃねぇか。なんていうんだっけこういうの」
「秋の日は釣瓶落とし」
「なんか秋ってそういうの多くね?芸術の秋、とか読書の秋、とか、天高く馬肥ゆる秋、とか」
「夏の暑さから解放されて過ごしやすくなるからじゃないか」
「そんなもんかねー」

驚くほど中身の無い会話をしながら俺は今日もサドルに跨って重いペダルを踏む。いつだってこの位置は変わらないが、関係は変わってきた筈なのだ。少なくとも出会ってすぐの真ちゃんは、こんな下らない話なんて平気で無視してきただろう。この自転車に乗り始めた頃だったら、多分、適当に一言二言返事を嫌々よこすだけで、こんなふうに穏やかな会話なんてできなかった筈なのだ。
秋の昼が肌寒いなら夜になればもっと冷える。部活帰りで汗が引いたとなれば余計に。とはいっても俺はこれを漕ぐことに結構な熱エネルギーを使っているので体の内側は熱い。むしろ、荷台でじいっと動かないこいつの方が寒さは染みるだろう。

「真ちゃん、寒くねえの?」
「問題無い。おしるこはあったか〜いを買った」
「なんで真ちゃんそういうとこ律儀に発音すんのかね…」
「む。お前はあったか〜いは嫌いか」
「あったか〜いもつめた〜いも好きだけどおしるこに関しちゃどっちでもいいってかどうでもいい!」
「全く。この味を解しないとは可哀想な奴なのだよ」
「可哀想で結構…。ったく、マジ天高くとやらでぶっくぶくに太っても知らねえからな!」

ふは、と後ろから漏れた吐息のような笑い声に、俺の足は一瞬固まる。自転車がちょっと変な音をたてて、バランスを崩しそうになった俺は慌てて強く踏み込んだ。一瞬ふらついた前輪はまたまっすぐ走り始める。
どうやらこの一連の流れは気づかれなかったらしい。そしてどうやら、先ほどの笑い声も気のせいじゃなかったらしい。一体全体何がツボに入ったんだか分からないが、俺の頬はあからさまに火照っている。だって、こんな、風が心地よく感じるのだ。さっきまで寒かった筈の風がこんなにも。

「《俺のカロリーは落ちん!》」
「やめ、ろ」

いつもなら真似をするな、馬鹿なことを言うなと怒鳴られるのに、声はまだ笑い混じりで、一つも迫力が無かった。心臓がうるさい。頬が火照る。風は冷たい。俺の体は熱を帯びて、内臓から何から燃え上がるように、空を目掛けて白い煙が口から飛んでいく。それも風が吹き飛ばしていく。秋の日は釣瓶落とし。変わりやすい空。恋心。嘘だろ。だってこんなに好きなのに。俺は世界で一番滑稽な蒸気機関だ。白い息は隠しきれない熱を帯びている。原動力はお前の笑い声一つ。見えた一番星に叫び出したい。

電話電話電話。後ろを振り向く勇気が無い俺は、ずっと電話を鳴らしている。聞きたいことがたくさんあるのだ。

《ねぇ真ちゃん、今どんな顔してんの。》

《なんでこんなくだらないことで笑ったの。》

俺は今にも勘違いしそうだ!!







さて、俺は一体全体どうすればよいのやら。この状況が正直全然つかめない。

「た、かお…ッ」

ここで質問です。何故俺の目の前で真ちゃんは顔を赤くして潤んだ瞳で俺のことを見つめているのでしょうか。
律儀に衣替えした真ちゃんの、普段はきっちり止まったシャツのボタンが開いている。誘っているんですねザッツライ。光よりも早く結論を出した俺は迷うことなくその頬に手を伸ばした。触れた途端に擦り寄ってきて、うっとりと目を閉じる姿は普段の様子からは考えられない。普段の様子からは考えられない?いいや嘘だ。俺はちょいちょいこんな妄想をしていたじゃないか。いいか認めろ高尾和成。お前はちょいちょい結構割と頻繁に、緑間真太郎をそういう目で見ていただろう。お前は、緑間真太郎を、好きだと思って、そんで。

「はやく、たかお、」

両腕を伸ばされて俺は馬鹿みたいな勢いでその腕を掴む。目の前の真ちゃんは嫌がる素振りも見せ無い。むしろ嬉しそうに微笑んで、俺の首に腕を絡めた。ああ、俺今なら死んでもいいかもしれない、なんて殊勝なことは考えない。先へ。先へ。膝どころじゃない、どこもかしこも密着して、俺に触れて、滑らかなその肌の熱が、熱が。
熱が無い。



「ま、夢ですよねー…」

目覚ましが鳴るよりも大分早くに、頭を抱えて起きる俺。ついた寝癖が手に痛い。違う。痛いのは、俺の頭と俺のアソコ。朝っぱらから元気なそれに、のろのろとトイレに向かった、相棒で愛棒をヌく俺、なんつって。そんな底辺ギャグを考えないとやってられないくらいに、今俺は虚しい。お前の好きは肉欲まみれの好きですか。そりゃ好きな奴相手におったてんのは自由かもしれねーけど、相手は男で高校生で俺の友達で部活の相棒でエース様。それは間違いなく普通じゃねえだろ。

全て済ませて、変な悟りを開きながらまた俺はのろのろとベッドに戻る。寝直そう。楽しい夢をみよう。虚しくならない、なんか、いっぱい肉食えるとか、そういうなんの益にも害にもならない夢を見よう。真ちゃんを抱くなんてそんなんじゃなくて。

真ちゃんを抱く?

「え、は、うん?」

今まで寝てたせいで、凹んで全然柔らかくない枕に頭を落とした俺はそのままバウンドさせて起き上がった。ただの腹筋だ。何やってんだって感じだけど、それじゃない。それどころじゃない。寝ぼけていた頭は今ようやく動き始めた。早朝というにも早すぎる時間に、俺は一人で混乱している。おかしいだろう。

「いやいやいや。落ち着けよ和成」

ベッドの上であぐらをかいた。俺に独り言を言う趣味なんて無いが、こればっかりは声に出さないと多分俺は破裂して死ぬ。そんくらいに今、感情の渦が俺の中で荒れ狂っている。おかしい。おかしいだろう。おかしい。

「真ちゃんを、抱こうとしてたの?俺」

目を閉じればさっきの夢がぶわりと広がって慌てて壁に貼ってあるNBAのポスターを眺めた。俺のデロン・ウィリアムス。その髭面と刈り上げ頭と両腕の刺青となんかちょっとつぶらな瞳が俺を落ち着かせる。俺の愛するデロン。汗臭そうな顔と、憧れるけどちょっと引くくらいのガタイの良さを見せつけてくるデロン。ありがとうデロン。萎えた。

「夢の中の俺正直すぎるだろ…」

古代の人間は夢に相手が出てきたら、その人が自分を想っている証拠、なんて言っていたらしいが、それはまあロマンチックでいいとは思うが、しかし現代に生きる我々は実際の現実を知っちゃってるわけで、それはつまりそういうことで、俺の欲望が見せたあれはただ俺だけの、俺の、俺の、俺の、

「俺の、なんだよ…」

認めろよ高尾和成。
そうだ、夢の中で俺は俺に死刑宣告をしていた。

《いいか認めろ高尾和成。お前はちょいちょい結構割と頻繁に、緑間真太郎をそういう目で見ていただろう。お前は、緑間真太郎を、好きだと思って、そんで。》

「抱きたいと、思ってましたね……」

口に出してしまえばもう取り消しはきかなかった。取り消すもなにも、言った端から溢れてきそうなのだ。口を開けば真ちゃんが好きだいてみてえ、と一息に言ってしまいそうなのだ。

「嘘だろ……」

寝起きの俺はなんでアソコおったててんの。なんで普通にそれを受け入れてんの。なんであっさりヌきに行ったの。なんで夢の続きでヌいたの。意味わかんねぇ。ほんと。
俺は、今の今まで俺は、真ちゃんのこと好きだと思ってた俺は、その好きは、なんか、憧れとか、ちょっとした嫉妬とか、そんなのどうでもよくなるくらいの楽しさだとか、そういうキラキラしたもんを詰め込んだもんだと思ってたんだ。小学生の夢みたいな。お菓子の空き缶に詰め込まれた、桜の花びらとセミの抜け殻と、ドングリと節ばった枯れ枝と、リボンの切れ端とおはじきとBB弾と、そういうごちゃごちゃした物の塊だと信じ込んでいたんだ。宝物みたいに大切にしたい、宝物みたいにみせびらかしたい、宝物みたいな、好き。そういうものだと信じ込んでいたんだ。
信じ込もうとしていたんだ。

「嘘じゃないですね……」

真実はこのザマ。アブノーマルにもほどがあるし正直言って信じたくない。頭の中では言い訳が渦巻いてる。でも腹の底で、それが真実だって叫んでる奴がいて、ぐちゃぐちゃ考える脳みそよりも、生きるための胃の方が正しいってことを俺は知ってる。俺の本音は胃の中にいる。
ヨレヨレの寝巻きは情けない今の俺のようだ。ジャージから飛び出した足はすっかり冷たくなってかじかんできてる。だけどベッドの上で、俺は、あぐらかいて、頭抱えたまま動けない。朝まできっとこのままだろう。デロン、俺を笑ってくれ。俺は、真ちゃんに対する好きは、お前に対する好きと同じようなもんだと思ってたんだよ。







寝不足の頭を抱えて、いつもどおり真ちゃんの家まで迎えに行った。秋の空は今日も晴天。空気は涼しく肌を冷やす。全然、変わらないじゃないか。全然、移ろわないじゃないか。俺は今日もあいつが好きなままだし、むしろより悪化している。
やれやれ。ため息をつきながら玄関が開くのを待つ。そうして、120色色鉛筆を鞄に入れたのであろう真ちゃんが出てきたのを見て、見て、俺は、目をそらした。

やばい、顔見れない。

夢がフラッシュバックする。ぞっとした。俺は、この男相手にあんなこと考えて、そんで、しかも、気持ち悪いとも思わないで、むしろ、好きになっていく一方で、だけど、真ちゃん自体は昨日となにも変わってなくて、変わってるのは俺だけで、それだけでこんなに、顔をみるだけで、俺はなんだか秋が目に染みるのだ。
なんだよ、そういうことかよ。お前を好きだって気持ちは変わらないで、ただ、俺の目が変わっていくだけなのかよ。
ジャンケンしてる最中も、当たり前のように負けた時も、まともに顔が見れなかった。漕いでる間だけは顔見なくても不自然じゃないから、俺は初めて、負けたことに感謝する。
後ろでおしるこのプルタブを開ける音。ほんと、太るぞ、なんて。

《もしもし真ちゃん》

《どうやら俺は君のことが好きななようです》

《今どんな顔してますか》

《多分俺は酷い顔してると思います》



「……高尾」
「ん?どったの真ちゃん」
「何故俺の顔を見ない」
「ええーなになに、そんなに見つめられたいの、真ちゃんってばだいたーん」
「ふざけるな」

休み時間、椅子に横向きに腰掛けながら俺は笑う。真ちゃんは怒っている。だって仕方ないんだ。俺はこいつの顔が見れない。俺の視界は教室の風景で埋まっていて、そしてそこに真ちゃんはいない。見えない角度で話をしている。
無理のない姿勢。無理のない体勢。制服のシャツはやっぱり少し窮屈で、俺の膝は通路に伸びている。
ごめん真ちゃん。だけど俺はお前の顔が見れないんだよ。情けないだろ?ほんと、でも昨日の夢が俺をこんなにも苦しめる。なあ真ちゃん、俺、お前のことそういう意味で好きだったみたいなんだ。

「何か、悩みでもあるのか」

その声だけで俺は十分幸せで、そんで心配されてることがちょっと嬉しくて凄く罪悪感で、そーだな、いつになったらレアカード出るかな、とか信じられないくらい下手くそな答えを返す。
一緒にいたい。真ちゃんが好きだ。お喋りしたい。遊びたい。話したい。だけど視界に映したら俺は今までのお前を失ってしまいそうで、必死に俺の大好きな緑から目線を逸らしている。
その代わり、俺はずっと電話をかけている。ずっと電話をしている。真ちゃんに。鳴り止まない永遠のコール音。だけど俺を心配する真ちゃんはそれに気づかない。







結局一日中真ちゃんの顔を見れないまま、俺は自室の椅子にだらしなく座る。パスミス3回。さいってー。これは早急に解決しないといけない問題だ。だけど俺には正解がわからない。馬鹿だから。馬鹿なんだよな。結局。だって俺はずっと前から真ちゃんが好きで、なんかその好きがあんまりピュアじゃないって変な感じに気がついちゃったけど、でも、俺の恋心は変わらないまま。このままじゃいけないとは分かっているのだ。
携帯を開く。真ちゃんにメール、何か送ろう。くだらないことでいい。明日のラッキーアイテムなんだっけ、とか、歴史の課題の範囲教えて、とか、なんでもいい。俺は明日の真ちゃんのラッキーアイテムが肉まんだと知っているし、課題の範囲は教科書にしっかりメモってあるけど、そんなことはどうだっていい。返信がくればそれでいい。
どうしようかと迷って、書いては消して書いては消してしている間に、信じられないが空の状態で送信してしまった。慌てて中止ボタンを押しても時すでに遅し。高性能なこいつは一瞬で送信完了してしまう。マジかよ。
ああ、今日はもう連絡取るの諦めよう。きっとそういうことなんだ。携帯を放り投げて、俺に絶望を与えたベッドの上に横になった。ああ、でも、空メールごめんとだけは送っておいたほうがいいのか。億劫ながらに起き上がれば、床に転がった携帯。手を伸ばした瞬間にランプが光って一瞬遅れて着メロ。デヴィットボウイ。これは、真ちゃんから、専用の。

『どうした』

慌てて開けば本当に真ちゃんからのそっけないメールで正直ビビる。どんな長文メール送ったって、真ちゃんは面倒だったら返信しないし、する必要が無いと判断したらやっぱり無視する。だからあんな空メールに返事がくるなんて思わなくて、そういえば今日寝不足と変な態度で結構心配かけちゃったなあとか思って、もしかして、さっきのただミスっただけのメールに心配してくれたの、とか思って、俺はなんか嬉しいんだか悲しいんだかわからないまま白い画面を見つめる。
電話を、電話をしているんだ俺は。ずっと。ねえ、真ちゃん。ずっと呼び出し音だけが聞こえている。

《真ちゃん。どうして返事くれたの。》
《俺は、俺は、勘違いしてしまいそうなんだ。》
《ずっと。》

なんでもないよ、ごめんただのミス。そう打とうとして、明日からどうすんだって思った。このまま?何も変わらないままでいられるか?本当に?季節は秋。ずっと前の恋心は変わらないまま、俺の目だけは一秒ごとに変わっていく。お前のいる世界の季節に揺れていく。
悩みに悩んで、いつも40秒くらいで返すメールを、俺はたっぷり五分かけて、八回くらい読んで、これ以上どうしようもねえなって思って送信ボタンを押した。


『好きな奴がいるんだよ』
『……それは、知らなかったな。それが悩みなのか』
『で、ずっと無視されてんの』
『嫌われている』
『いや、普通に話してくれる』
『無視されていないじゃないか』

そりゃそうだよな、と思う。なんだか当たり前のことすぎて笑ってしまった。さて、これにどう返信しようかと悩んでいれば、もう一度携帯が震える。二通連続?何か書き忘れたことでもあったのだろうかと開けば、今までとは少し違った文章。

『お前のことだからどうせメールか何かで軽々しく好きだ好きだと言っているのだろう。電話でもしたらどうだ』

泣きそうになった。


『電話?』
『電話番号、知らないのか』
『知ってる』


知ってる。知ってるよ。ずっと俺は、電話をかけ続けてきたんだ。ずっとずっとずっと、多分、お前に出会った時からずっと。最初はきっと、文句が言いたかったんだ。なんでそんな、楽しくなさそうなんだって。まだお前のこと何も知らない時に、電話番号もメアドもお前がおしるこ好きなことも占い馬鹿だってこともめちゃくちゃ努力家だってこともその瞳が反射する紅葉の美しさも知らない時に、俺は、きっと、一番最初の電話をかけた。繋がらないコール音の向こうのお前に、きっと俺は文句を言いたかった。だけど、俺は、今の俺は、全然別のことをお前に言いたくて、言っちゃいけない気がしてて、どうしようもなくて、こんなみっともない真似をしている。
だけど今、お前は電話をかけろと言う。自分に電話をかけろと言う。
何も知らないお前が言ったその言葉を、俺は好き勝手都合良く受け止めて、もうさっきから部屋中に溢れ出してる想いと一緒にぶつけようとしてるんだ。お前の気が変わらないうちに、俺は。

『じゃあ、今から、電話かける。このメール返信いらないから』

あいつの平均返信時間30分。返信いらないって言って返ってきた回数、ゼロ回。通話画面にしようと操作して、緑のランプがともったのは1分後。着メロはデヴイットボウイのスターマン。

『行ってこい』



今から俺は電話をかけます。好きな人に電話をかけます。履歴に残ったその番号を、もうすっかり覚えてしまったその番号を一つずつ押して電話をかけます。震える手で通話ボタンを押します。耳に響くのは無機質なコール音。俺がずっと、心の中でかけ続けてきた電話。頼むから出てくれよって念じながら、でも絶対に出ないでくれって、心でかけ続けた電話。届け届けと思いながら、届くなとかけ続けた電話。その電話の向こうに、お前は最初からいなかった。俺は、誰もいない場所へずっと電話をかけていた。誰も取らないと知ってる電話を。
心臓が痛い。この電話の向こうにお前がいる。



《もしもし、緑間真太郎くん》
《元気》
《今何してた》
《俺から電話がかかってきてどう思った》



届いてくれよ



永遠の18コール目、ガチャリ、途切れたそれと、耳に届いた電波の雑音と、

《……もしもし…》

携帯の向こうから真っ赤な声。それをバカにできないくらいに、俺の喉はカラカラだ。



《もしもし、緑間真太郎くん》
《元気》
《今何してた》
《俺から電話がかかってきてどう思った》

届いてくれよ

《どうしてとってくれたの》
《ねえ、俺は、勘違いしてしまいそうだ》

届いてくれよ

《直接じゃなくてごめん》
《だけど俺はきっと今お前の顔を見たら泣いちゃうだろう》
《お前の声だけで、俺はこんなに、震えてる》
《なあ、緑間》



「好きだ」



届け!!!






電波1秒18コール臆病者の恋の距離







有川くっそ遅れたけど誕生日おめでとう!!もう誕生日とか関係ないくらい遅れたけどおめでとう!!!君の高緑はいつもきらきらはしゃいでてかわいくてすっげー好き・・・ほんとSUKI・・・。これからもよろしくじゃん?そういう愛じゃん!!

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