あいつのことが嫌いだった。だってあいつは怪獣で、俺たちみたいな凡人にはなんにも理解できないような高みで空を飛びながら、たまに気まぐれに姿を現して、何もかもを踏み潰していくのだ。ぐしゃり、俺の中学三年間。ぐしゃり、俺のバスケへの自信。ぐしゃり、俺のちっぽけなプライド。ぐしゃり、高尾和成という存在。

「よお、緑間真太郎クン!」

そうして生まれ変わった俺は怪獣をやっつける、正義のヒーローになるはずだったのに。



***



憎い緑髪が俺の視界の端でぱさりと揺れる。その瞬間に風を切るような音がして、頭上を見上げれば高く撃ち上げられたバスケットボール。そして見事にゴールイン。俺たちのスコアボードにプラス三点。怪獣はハイタッチを求めるでもなく、うっすらと汗をかいた顔は冷たいまま、踵を返して自ゴール下に帰る。
ああ、どうしてこいつは俺と同じチームにいるんだろう。
緑間がボールを持つたびに、こいつがそれを撃ち上げるたびに、予定調和のようにスコアボードはめくられていく。三枚。相手チームの顔色が悪い。同情するぜ。俺はお前たちの敵だけど、気持ちとしちゃあそっち側なんだ。なあ、信じられないよな、こんな怪獣が世の中には存在していて、誰もそれを止められないのだ。本当は俺が止めるはずだったのだけれど、残念、正義のヒーロー候補者だった俺は、このモンスターにパスを送る。撃ち上がる。はい、三点、ブザービーター。





「何やってんの?」
「別に」
「いやいや、明らかに挙動不審だったっしょ」
「お前には関係ないだろう」

そっすねほんとにね、と言いたくなるのをぐっと堪えて、「つれねえなあ」と俺は笑った。俺よりもはるか頭上から見下ろしてくる瞳に俺は本当に映っているんだろうか。せいぜいうるさいオブジェとしか認識されていないような気もする。ほんの少しだけ立ち止まったこいつはそれ以上何も言うこともなくどこかへ消えた。その後を追うかどうするか迷って、俺は上履きを鳴らしてその広い背中を追いかける。広くてボロい校舎。俺が走り出すだけで床がまた擦り切れていくような気がする。学ランの後ろ姿は全然校舎のサイズに合っていない。お前がいるだけで、まるでミニチュアのようだとそんなことを思う。デカ過ぎんだよ。斜め後ろにひっついてみれば意外そうな目で見下ろされた。

「何故付いてくる」
「真ちゃんが何しようとしてるのか気になって」
「その不愉快な呼び方をやめろ」
「それでそれで、高尾ちゃんに隠して何しようとしてるの」
「関係ないと言っただろう」

これ以上会話をしても無意味そうだったので俺は口笛を吹いて返事をしなかった。なんとなくむっとした気配がして、それ以上はこいつも何も言わない。視線が逸れたことを確認してちらりと様子を伺えば、綺麗にアイロンがかかった学ランの上着が目に飛び込んだ。丈もぴったり合っている。これ、多分特注だろうな、なんてことを思った。怪獣サイズ。
本当に、どこもかしこも俺と同い年の人間だとは思えない。こいつの歩幅はやけに広くて、俺は少し早歩きになっている。身長差、およそ二十センチ。足の長さの差が何センチなのかはあまり考えたくなかった。

「……って、自販機?」
「だから関係ないと言っただろう」
「いや飲み物買いに行くならそう言やいいじゃん」
「なんでいちいちお前に報告しないといけないのだよ」
「そりゃそうだけど」

あの押し問答するよりも一言「喉が渇いたから飲み物買いに行く」って言う方がずっと楽だと思うのだが、こいつの思考回路は本当にわからない。校舎の外側、渡り廊下手前に置いてある自販機の前で立ち止まったこいつはあっさりと財布を取り出す。自販機がこんなに小さく見えたのも初めてだ。しかし本当にこれが目的だったらしい。春の日差しに照らされて、古びた自販機のボロさが際立っている。差し込む柱の影がくっきりとしたコントラストをその顔の上に落とした。空気は透明な砂が混じったかのようにさらさらと流れている。信じられないくらい穏やかな時間。時間の無駄だろう、と言いながらこいつはためらうことなく一つのボタンを押した。ガタン、という聞きなれた音と、取り出された缶。取り出す時に酷く窮屈そうなのが目に付いた。俺でも腰痛くなるもんな、そりゃそうか。

「って、おしるこ?!」
「それがどうした」
「え、なんでおしるこなんて買ってんの?罰ゲーム?」

一体全体何の罰ゲームなのか、そもそもこいつが罰ゲームなんて起こるような遊びに参加するのかすら疑問だったが、この状況ではそうだとしか思えない。俺の思考回路の中にそれ以外におしるこなんて買う要素が見当たらない。それかパシリ?いや、こいつがパシリに使われるところなんて想像もできないし、そもそもパシらせた奴は何を目的としておしるこなんて飲もうとしてるんだわけわからん。

「……おしるこは俺の好物だが」
「その見た目で?!」
「なにか悪いか!」

こみ上げる笑いをこらえきれずに、腹を抱えて蹲る俺の頭上から怨嗟のような「高尾ぉぉ」という声が降り注いでくる。なんだよお前、俺の名前ちゃんと覚えてんじゃん。





星が降ってきた。
初めてあいつのシュートを見た時に俺はそう思った。彗星のようにオレンジの光が、空から降ってきたのだ。惑星を一つ、緑色の怪獣が、打ち上げたのだ。
落下してきた星の衝撃に、俺の地球は粉々になった。粉塵が舞い上がって空を覆い尽くして氷河期。生きてるものなんて何もいなくて、雑草一つ残っちゃいない。そんな所から立ち上がって、俺はもう一度俺の地球を作り上げる。見上げれば夜空。数え切れないほどの星。この星は全てあいつが打ち上げたものなんだろうか。いずれ全て、俺の地球に降り注いでくるんだろうか。そん時は全部打ち返してやる。そんなことを思う。

「なあ真ちゃん!」
「なんだ高尾」
「今日は星が綺麗だね!」
「そうだな。もう時間も遅いからな。早くこげ」
「容赦なさすぎだろおい!」

帰り道、星あかり、怪獣を乗せた自転車をこいで俺は温かい家に帰る。おかえり、という声とカレーの匂い。今日はどうだった?と聞かれて俺は笑った。高尾和成隊員、今日も怪獣討伐に失敗いたしました。その代わりに、百の星を撃ち上げる手伝いをしたのです。





「あれ、真ちゃんどこに行くの」
「別にどこだっていいだろう」
「えー、高尾くん気になる」
「付いてくるな」
「へいへい」

少しはこの怪物も俺に心を許してきたかと思ったけれどそうでもないらしい。昼休み。騒がしい教室から出て行く背中を見送る。最近わかったのだが、こいつはあまり嘘をつかない。ひねくれてはいるし、それを嘘だと呼んでしまえばそれまでなのだが、最低限のラインでこいつは極力嘘をつかない。だから「関係ないだろう」と言われた時は付いていっても大丈夫だし、「くる必要がない」も大丈夫。後ろからひょこひょこ出歯亀したって呆れたような視線をよこされるだけ。でも「付いてくるな」は怒られる。そんなことを段々と学び始めた。怪獣語を学んでどうするんだという話だが理解できてきたのだから仕方ない。人と怪獣のハートフルでウォーミングな交流の話だ。とはいえど人間のお友達が多い俺は、昼休みにあいつがいないからといって退屈になることもないのだけれども。久しぶりに触ったトレカの感触が肌になじむ。昔は休み時間のたんびにこれでゲームしてたんだけどな。



「おーい、次の教室いきなり変更だってよ。実験やるからって!」
「はー、マジかよ、どこ!」
「5-102!」
「へーい」

学級委員の叫びが響き渡ったのは五限開始十二分前。五号館はこの教室から結構離れている。支度してから向かって、およそ五分ってとこだろうか。ガタガタと立ち上がって移動の準備を始める奴らを尻目に俺は日差しだけが椅子の上で揺れる後ろの机をじいっと眺めた。まだ帰ってきてない、あいつ。本来は移動の予定じゃなかったから、きっと開始五分だか三分だか前に戻ってくるつもりなんだろう。別にこれで遅刻したっていきなり教室変える教師の方に問題があるわけだから別に問題は無いし、黒板に大きくきったない字で書かれた書かれた「教室変更5-102!」の文字と誰もいないクラスを見れば誰だって状況は理解するだろう。頭の中をリフレインする「付いてくるな」の声。耳には「高尾行こうぜ」と現実の声がする。「おう、今行く」そんな返事をしようとしてふと窓の外を眺めれば、中庭の奥に見慣れた緑髪が見えた気がして、俺は「先行ってて!」と言い残して駆け出した。付いていくんじゃなくて探しに行くんだから許してくれよな。
廊下を駆ける。また上履きが鳴る。床が擦り切れていく。三年間のうちに、俺の駆け足で廊下がなくなってしまうかもしれない。白いカーテンが風に舞い上がる。廊下を走るなと教師の声、スピードは緩めないまま、サーセンと叫んだ。俺のその勢いだけの謝罪が廊下に取り残されている。



「しーんちゃん」
「!」
「こんなとこで何してんの、って」
「何故来たのだよ」
「……猫?」

中庭の奥、ツツジの植え込みの突き当たり。ようやく見つけた真ちゃんの足元に一匹の子猫。毛皮はまだらだけど汚れているせいだろうか。まだ小さい。親猫はいないんだろうか。ぐるぐると疑問が噴水のように湧き上がる。猫。お前、こんなところで何やってんの。猫。お前、猫好きだったっけ。猫。猫がいる。
俺を見て嫌そうに顔をしかめた真ちゃんの足元で丸くなっている、子猫。左手には自販機で買ったんだろうおしるこ。足元には、子猫。子猫と、紙パックの牛乳と、小さな白い米の塊と、弁当箱の蓋。弁当箱の蓋の上に牛乳の跡を見つけて、ああ、なるほど、皿替わりにしたのか、なんて思う。米も弁当からだろう。でも米の方は口をつけた痕が無い。っていうか猫って米食べなくないか?食べるのか?俺も飼ったことが無いから判らない。判らないが、なんとなく状況は理解した。というよりも、ここまで見て把握できないやつの方がおかしい。これはどう見ても、腹を空かせた野良猫に餌をやる高校生の図、だ。
あの緑間真太郎がそんな甲斐性を持ち合わせていることに驚いて、俺はわかりきった質問を投げかける。

「真ちゃん、猫好きなんだ?」
「大嫌いだ」
「へ?」
「大嫌いだ」

嫌そうな顔で繰り返す、お前の足元にいるのは何なんだと聞きたい。俺はてっきり、好きだからこんなことをしているのだと思ったのだ。いや、こいつの口から素直に「好き」という言葉が出てきてもそれはそれで驚きなのだが、それなら「嫌いじゃない」とかそういう表現があるだろう。嘘をつかないこいつが「大嫌いだ」というのなら、それはもうとんでもなく「大嫌い」なのだ。それ以外の何でもないのだ。でも、だったらどうしてわざわざ。
俺の訝しげな目に気がついたのか、こいつは「今日のおは朝で小動物によくすると吉と言っていたのだよ」と言い訳をし始める。いや、俺も見てたけどお前今日は「誰かにいい事をすると吉」であって、小動物じゃなかっただろ。なんでそんなとこで普段つかない嘘つくんだよ素直に猫に餌あげてましたって言えばいいじゃねえか。なんでお前はそうなんだよ。
そんな俺はすべての台詞を飲み込んで、ぶっさいくな笑い方でそっか、と言った。それだけ言った。周囲を見渡せば深い緑。日差しは葉っぱに遮られてほとんど届かない。風が吹いた瞬間に、僅かに顔の上を踊るだけ。こんな狭いところで、そのデカイ体で、こんなちびっこい猫に、大嫌いだと公言して憚らない猫に、餌を与えようとする、怪獣。緑間真太郎。

「米は食べないのだな」
「あー、パンとかなら食べるのかね」
「ふん、選り好みをするとはいい身分なのだよ」

太陽の光が届かない場所で、日差しが目に染みて俺は目を押さえた。なんだか酷く疲れていた。怪獣。俺の世界をぶち壊したモンスター。人の人生に挫折と絶望を降り注がせておいて、一人で悠々と立っている男。何人の奴がこいつに踏み潰され、人生を投げ出したのか判ったもんじゃない。そんじょそこらの奴よりもタフな俺は決死の思いで立ち上がって、こうしてお前の隣で弱点を探している。いいや、隣になんていないのだろう。俺は一つもこいつに追いついてなんていないのだ。ただ、隣に立っているように見えるだけ。付いてくるなと言われるのを、必死に振り払って、無理やり追いかけているだけ。いつかこの怪獣の弱点を見つけて、その心臓を一突きにしてやるために。そうだ、こいつに潰されて生まれ変わった俺は正義の
ヒーロー。

「しっかし真ちゃん、そんなに嫌いならなんでわざわざ餌なんてあげてんの。お前なら猫にも『人事を尽くせば生き抜けるだろう』とか言ってのけそうなのに」
「こいつが」
「うん?」
「こいつが、ないていたから」
「鳴いてた?」
「うるさかったのだよ」

正義のヒーローに、なる筈だったのに!
なんでこんなに眩しいんだろう。太陽の影になった植え込みの影で、俺は目を開けることができない。開けたら、何かがあふれてしまいそうなのだ。なあ、高尾和成、お前は負けたんだ。この怪獣に。お前は、もうこいつを殺せないだろう。お前は、もうこいつに突き立てるナイフを持っていないだろう。認めてしまえ、お前はこの緑髪の怪獣にほだされたのだ。
突然黙りこくった俺を訝しく思ったのか、真ちゃんの顔が近づく気配がする。やめてくれ、今の俺を見ないでくれ。情けない顔をしているに違いないんだ。
俺のすぐ隣で呼吸音、やめてくれ、何も言わないでくれ、泣きそうな俺の耳に届くブザービーター。いいや、違う、これは。

「……もしかして五時間目始まった系?」
「な、予鈴は聞こえなかったぞ?!」
「ここ奥まってるから聞こえにくいのかもな。喋ってたし」
「クソ、おい、何をぼさっとしている、走るぞ!」

弁当箱の蓋をひっつかんで、真ちゃんは日の光の下に飛び出した。真っ白い光を弾いて一直線に駆け抜けていく。青空に、あいつの撃ち上げた星は見つからない。ただただ、眩しいだけの空が広がっている。「何してる!」という声が聞こえて、さっきまでの感傷はどこへやら、慌てて後を追う俺。差は全然縮まらないどころか、段々と引き離されていくような気がして、上靴に力を込める。俺とあいつの二人分のエネルギーで、廊下は倍の速さで擦り切れていく。
ああ、判った!
巨大な怪獣の歩幅はあんまりにも大きくて、一般人の俺は全力疾走したって隣に並ぶどころか、追いつくことだって難しいんだ。だけど。
先を行く背中に届くように、俺は声を張り上げる。

「なあ、真ちゃん!」
「なんだ!」
「お前に何言われても、俺勝手についていくから!」
「はあ?!」

でも、もう決めたから、決めたから、良いだろう。お前を、ひとりぼっちの怪獣のままになんてしておくものか。良いだろう。俺の全てを持っていけよ。俺の全部、お前のものにしちまっていいよ。全国の地球防衛軍隊員の方々、申し訳ない。高尾和成は今ここに、この一匹のモンスターに、身も心も捧げることを誓います。いつか地球に隕石が降り注ぐとき、俺のことも一緒に恨んでくれ、なんて。

「……何故誰もいないんだ」
「だって教室移動だもんよ」
「聞いてないぞ」
「それを教えに行ったんだってば」
「聞いてないぞ!」

殺意のこもった視線が頭上約二十センチから降り注ぐ。やっぱ無し、恨まれるのは嫌なもんだ。





「なんでこうも勝てないかねえ……!」
「人事を尽くせ」
「仮に俺が人事を尽くしてラッキーアイテムとか持つようになったら真ちゃんに勝てるわけ」
「ふむ。付け焼刃で俺に勝てるとは思えんな」
「結局ダメなんじゃねえか!」


怪獣の下僕は今日もあくせくとペダルを踏み込む。本日快晴。夜空も澄み渡っております。見上げれば視界の端でちかりと細い光が流れた。

「え」
「どうした、前をみろ」
「真ちゃん、流れ星!流れ星!」
「本当か」

道の端に自転車を寄せて二人で首が痛くなるんじゃないかってくらいに思い切り、夜空を見上げる。ちかり。ちかり。星が流れていく。流星群だ。今日、そうなのか。知らなかった。
蒸し暑い夜のど真ん中で、俺たちは二人、馬鹿みたいに空だけ見上げている。どこからもそこからも星が流れていく。夜空を区切る電線がそれを切り刻む。街明かりに消されそうになる。それでもちかちかと星は落ちていく。俺が投げて、真ちゃんが撃ち上げた星が降り注ぐ。無数に降り注ぐ。きっとこの瞬間に、誰かの地球が壊れて、誰かの星が砕けて、理想は壊されていっているんだろう。

「綺麗だね」
「ああ」

そしてきっと、誰かの願いが、あの星に託されている。
誰かの地球を砕く隕石に、誰かが祈りを捧げている。きっとそんなもんなのだ。そして俺は、明日のジャンケンに勝てますようにと祈った。勝利は、この手でもぎ取って見せるから。

「真ちゃん、何か願い事した?」
「明後日の遠征先でもラッキーアイテムがすぐに入手できるようにと」
「占いのお願いするっておかしくね?」


***



中庭、立ち尽くす緑髪。足元に子猫。真ちゃんの姿を見かけては擦り寄ってきていた子猫。その度に、真ちゃんが、やめろ近寄るなお前なんて好きじゃないのだよと叫んでいた、子猫。汚れた体が模様のようで、小さい体で必死に鳴いていた、子猫。今は全て過去形になってしまった、その体。

「たかお」

それだけ言って、真ちゃんの綺麗な瞳からは一粒だけ涙がこぼれ落ちた。俺はそれを星の欠片だと思った。この真昼の青空に、隠れた星星は真ちゃんの瞳の中に隠れていたのだ。それが今、一粒だけ、流れ星のようにこぼれ落ちてきてしまったのだ。そんなことを思った。緑色の夜空は、小さな光をちかちかと溜めてとても美しかった。その夜空の奥に揺らめいていた悲しみまでやけに美しくて、俺は結局抱きしめることしかできなかったのだ。俺の腕の中で、大きな怪獣は小さく小さく呟いた。

今日は、朝食がパンだったのだよ。

俺たちの怪獣。星の上から俺たちを見下ろしている筈の、俺たちの、俺の、愛しい怪獣。きっと今こいつの中は沢山の後悔だとか無力感だとか責任感だとか、悲しみや痛みやらがごっちゃごちゃになっているんだろう。人事を尽くせなかったのだと、自分を責めているのだろう。自分が餌さえ与えなければ、こいつは野生で生きていく力を身につけたかもしれないだとか、誰か飼い主を探すべきだったとか、色んなこと。星を降らせる怪獣は、たった一つの小さな命を前にして泣いている。俺は、なんて言えばいいのかも何が正解なのかも判らないまま、そっか、って、そんなことしか言えない。

こいつは小さく、墓を作るぞ、と言った。立ち上がった瞳からもう星はこぼれ落ちることなく、あんまりにも強い怪獣は、そうやってまた一人だけで立ち上がっていく。
俺はやっぱり頷くことしかできなくて、眩しい日差しの中にスコップを探しに行く。体育倉庫にあるだろうか。振り返れば植え込みの影に紛れるようにして大きな背中。

ああ、いつか誰かヒーローがこいつのことを倒しに来るんだとしたら、俺は、きっと、馬鹿みたいに笑いながらこいつに向けられた刃に刺さるだろう。あんまりにもこの怪獣は優しいから、きっとそんな俺にもほろほろと星をこぼしてくれるに違いないのだ。そうして、また、立ち上がるんだろう。こいつは、立ち上がらない自分を許さないだろう。それはなんて悲しい運命だろう。

『ないていたから』
『鳴いてた?』
『うるさかったのだよ』

『ひとりで、ないているから』


そうだよな、寂しいよな。ほかの星から来たなんて、お前のこと誰も理解しなくて、強いからって立ち上がらなくちゃいけなくて、立ち上がれば攻撃されて、傷ついて、傷つくことも許されなくて、そんなの、寂しいよなあ。愛されたいよなあ。愛したいよなあ。だって、だってさ、



お前俺とおんなじ、ただの高校生なんだよなあ。



スコップを探し出して戻ってみれば、緑髪をしたただの人間はぼろぼろと泣いていた。星なんて零さずに、みっともなく泣いていた。だから俺は、友人として正しく、それを見なかったふりをしたのだ。正しいかどうかなんて知らないが、それが16歳の友情だった。



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