宮地清志が常常思うことには、木村信介という男はどうも要領が悪い。要領が悪いという言葉では少しニュアンスが違うかもしれない。木村信介という男は、どうも損をしやすい。いや、損をしやすいという言葉ではやはり違うかもしれない。そこで宮地はいつも言葉にするのが面倒になって諦めるのだけれど、つまり木村信介という男はそういう不憫さを持っていた。例えば試験でヤマを張ってそこを見事に外したり、何故か赤信号に全て引っかかったり。小学校の初恋で、意味もなく手酷く振られたり(顔が気持ち悪いしそもそも生理的に受け付けないし、木村っていう苗字ダサい、とか彼自身の努力ではどうにもならない感じのことで)。

「まあ実際お前ブサイクだよな」
「はあ?なんだ突然」
「ドンマイ」
「すっげームカツクんだけど」
「まあ俺イケメンだし」
「殴らせろ」
「ブサイクには殴らせねえ」

ふっざけんな、と言いながら、それでもマフラーに顔を埋めるだけで一つも手を出してこない木村は損をしている。マフラーに埋めて首が見えなくなって、本当にダルマのようになっているその姿が実に滑稽だと思う。
部活帰り、冬の夜空の下、白い息を吐き出しながら宮地清志は考えた。こいつはだから、損をしている。
隣を歩く紺色のダッフルコートは、宮地と対して変わらないデザインの筈なのにどうもパッとしない。毛玉も目立つ。一体全体こいつはどうしてこうなのだろうと思う。肩を並べて歩きながら、鞄の重さに意識を取られながら、頭の片隅でそんなことを考える。頭の大半は、ちょっと腹が減ったなあということを考えている。なんか肉まんでも食いてえなあと想っている。
宮地のとなりから聞こえた盛大なため息に、彼は僅かに首を傾けた。

「ったく、ほんと、お前なんだよいきなり」
「あ?お前かわいそうだなって思ったんだよ」
「だからふざけんなっつってんだろちょっと顔がいいからって」
「ちょっとじゃねぇよだいぶだよ」
「はー、なんか怒ったら腹減ってきたわ。コンビニ寄ろうぜ。肉まん食いてえ」

その瞬間に宮地は立ち止まった。数歩遅れて木村もとまる。いきなりどーしたよ、という言葉に少し笑う。だからこいつは損をしている。こいつはヤマを張り違えても平均点を取れるくらいの勉強をしている。赤信号にひっかかっても大丈夫なように少し早めに家を出る。木村青果店という看板を笑いながら見上げるそのブサイクな笑顔を宮地は知っている。こいつは、損をしている。こいつを知らない奴は、もっと損をしている。面倒だから、宮地はそのことを誰にも言わないけれど。







そうしても知らないまま

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