馬鹿みたいに好きだった







スウィートセブンティーン





「真ちゃん」

俺の呼びかけに、真ちゃんは何の意図もなく振り向いた。その瞬間の表情があんまりにもあどけなかったもので、俺はなんだか少し心臓がドキっとして、だけどなんか、真ちゃんがそんな表情をしてくれることが嬉しくて、おもわず笑ってしまった。何間抜けな顔晒してるのだよ、って呆れたように言う真ちゃんも、その顔が少し緩んでいることに気がついているんだろうか。気がついてないんだろうな。

季節は夏、衣替えした白いカッターシャツが眩しい。半袖の隙間をじりじりと夏がはい登ってくる。校庭の桜はもうすっかり葉っぱだけになって、太陽を敷き詰めたような校庭も、その下だけは日陰になっている。真ちゃんはそこで俺のことを待っていた。葉っぱの隙間を通り抜けた日差しがちらちらと頭の上で踊っている。なんだか真ちゃんの周りだけ風がさやかに吹いているような気がして、思わず抱きついた。

「おい、暑い! 離れろ!」
「真ちゃん全然涼しくない」
「当たり前だろう!」

抱きついてみれば、汗ばんだシャツ越しに燃えるような体温。頭の上に落ちてきた割と強めの拳骨もなんだか酷く愛しくて笑えば、この暑さにやられたのかと、怪訝そうな顔を向けられる。べりべりと、おもちゃのように引き剥がされて、この暑いのになんでそんな自殺行為をするのだよ、と呆れた感じだった。でも、そんな顔を向けられるのが俺だっていうのがやっぱりなんだか嬉しくて、俺は一層笑顔を深める。楽しい。世界の全てが楽しい。地面は燃える、光は踊る、草木は騒ぐ、空はソーダで、俺とお前は今何もかもから解き放たれて自由だ。

「ねえ真ちゃん!」
「なんだ」
「プール行こう!」

あんまりにも突然な提案に、真ちゃんは珍しくぽかんとした顔をこちらに向けた。その顔も好き。なんだかどんどん嬉しくなって、俺はどんどんまくしたてる。プールに行こう、遊園地にも行こう。映画館も行こう、プラネタリウムも良いし、勿論近所の公園でバスケしたって構わない、他になんだろ、買い物とかもいいかな、あとは俺んちに来てゲームでもしようか、クーラーは十八度で、お汁粉は氷を入れてみよう。お祭りにも行きたいな、射的とヨーヨー、他に何かしたいことある? そうだ、鎌倉とかちょっと行ってみるのもいいかもな。それくらいだったら別に全然日帰りでいけるだろ。真ちゃん、なんか行きたい抹茶の店あるとか言ってなかったっけ。それから、それから、そうだな。

「落ち着け」
「ふぁい」

思い切り顔を両方から抑えられて間抜けな声が出た。蛸のように口を突き出して俺は真ちゃんに挟まれている。じいっと俺のことを見下ろす。緑色の瞳は夏の桜葉。やっぱりほかより少し涼しそう。俺の右側の頬だけ、真ちゃんのテーピングの感触。それ越しに伝わる真ちゃんの、熱。肌。暑い。とても冷たそうに見える真ちゃんの手も、ちゃんとしっかり、熱い。

「学生の本分は、勉強だ」
「ふぁい」
「お前は期末に俺に散々世話をかけたことを忘れたか」
「ふぁい」

「俺たちは今年こそ優勝する」
「ふぁい!」

いい返事だ、と真ちゃんは手を離した。その瞳が完全にいたずらげに光っているのを見てとって、俺はなんだか体の中から爆発するような衝動が溢れてくるのを止められない。俺が太陽になって、思い切り大爆発をして、この夏を始めるのだ。

「ねえ、真ちゃん」
「なんだ」
「帰り、アイス買って帰ろ」

お前にしては、良いアイデアじゃないか。

そう言って、真ちゃんは楽しそうに笑った。笑った。笑った! 俺の一番好きな顔!俺に向けられた、俺の一番好きな人の、一番好きな顔!

「夏だ!」

限りある青春、立ち止まらずに進め、俺と恋心!


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