「真ちゃん、手出して」
「なんだいきなり」
「いいからいいから」

昼休み。弁当を食べ終わって、一つの机に向かい合った俺達は、ただ、だらだらしていた。何をすることもなく、狭い机の下でたまに足がぶつかる。開け放した窓から吹き込む風は適度に涼しい。外は晴天。ふと思い出した俺は鞄を漁る。目当ての物を探し出す。
訝しげに差し出された右手に、俺はからんと缶を振った。出てきたのは白く霞んだ緑色で、ああブドウ味かあ、と思いながら今度は自分の分を振る。赤。りんご。

「……懐かしいな」
「だっろー? なんか親がもらってきた」

小さい頃はちょいちょい舐めていた気もするのだが、いつの間にか姿を消していたサクマドロップス。安っちい金色の缶に詰め込まれた飴は結構な量で、俺一人じゃ消化しきれそうにない。口の中に放り込めば、これまたやけに懐かしい味がする。

「……甘いな」
「そりゃ、飴だから」

もごもごと口を動かしながら真ちゃんは呟いた。でも文句では無かったらしく、むしろ気に入ったらしい。ああ、確かにこの、昔ながらの砂糖だけでできました、みたいな甘さは真ちゃん好みかもしれない。俺には少し物足りないというか、甘ったるすぎるんだけど。

「いる?」
「まだ食べてる」
「そうじゃなくて、缶ごと。全部」
「いらん」

別に遠慮しなくていいのに、と言えば、欲しくなったらその時もらうと女王様の如き答えが返ってきた。いつでも持ち運べと。へいへい、と思いながら缶を揺らす。からころと、中で転がる音がする。からころ。
からから。ころ。
子守唄のようなそれに、段々と眠気が襲ってくる。自分で自分を寝かしつけてどうするんだと思ったけど、いやしかし本当に眠い。から、ころ、と缶を振るリズムがゆっくりになっていく。
真ちゃんは俺のことなどそっちのけで本を読み始めている。風が揺らす前髪。伏せられた睫毛。いつまでだって見ていたいのだけれど、俺の瞼はもう半分閉じていた。

「……高尾」
「んー?」
「……眠いのか」
「そーね。割とー」
「寝ればいいだろう」

本から視線をそらさないままもらった言葉に、俺はちょっと考えてお言葉に甘えることにした。机に伏せて、缶を置く。その瞬間にも僅かに、から、と鳴って、そうしてそれは沈黙した。
ゆっくりと眠りの淵に吸い込まれていく。頭上を秋風が通り過ぎていく。ああ、波のようにゆらゆらとした意識の中、俺の頭にそっと触れた感触。風じゃない温もりを持ったそれは密やかに俺の頭を撫でると、そっと離れていった。

ああ、なに、もしかして、真ちゃん。

反応しようにももう体は動かない。起きた時に覚えてるといいなと思う。口の中には甘い飴。耳に響く懐かしい音。頭を撫でる優しい手。俺はまるで幼い子供に戻ったかのような気持ちで優しい夢の中にいる。
教室の片隅で二人。十分後にベルがなるまで、そこは完璧な二人の世界。





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