何を見ている/(見つめ合う黄緑)








黄瀬涼太という男は、とても美しい男である。それは世間一般の評価からして間違いない。彼はその美しさを存分に生かし、中学生という身空で、モデルなどという自らを売り出す仕事をしている。そうして、それなりの評価を得ている。世間に認められている。黄瀬涼太は、美しい男である。

「緑間っちって、綺麗っすよね」
「嫌味か?」
「へ、なんで褒めてるのに厭味になるんスか」

きょとん、と首を傾げる動作は大の男がやるにはいささか不気味なもののはずだ。しかし彼の手にかかればそれも美しさを際立てるものにしかならない。それを自覚しているのかそうでないのか、傾げた首のまま彼はへらりと笑った。

「綺麗は褒め言葉っスよ?」

それをお前が言うから嫌味になるのだ、と、緑間は一言指摘した。

六限後。本来ならばもう放課後の部活開始時間だが、合唱祭が近い、曲や演奏を話し合わねばならない、と学年全体で長机のあるホールに集められている。教室でたむろする誰のことも待たず、緑間は一人でさっさと移動した。扉を開けてみれば、がらんとした広いホールで、一人退屈げに腰掛ける黄瀬を発見する。眼があった瞬間に緑間は顔をしかめた。面倒な奴に見つかったと思ったが、他に誰もいない以上気がつかなかったふりもできない。嬉しそうに手を振られて、一瞬無視しようか悩んだ緑間は黄瀬の後ろの席に座る。今日はどうしても外せない仕事とやらで朝から欠席していた筈だが、どうやら放課後の部活にだけでも顔を出そうとしたらしい。そこを教師に見つかって、一足先にホールへと誘導されたわけだ。
ちらほらとほかの生徒も集まり始めているが、本番一週間前まで誰もやる気にならない行事のこと。全員が集まるのはもう少し先だろうし、話し合いが始まるのはもっと遅くなるだろうと予想がついた。
そうして二人きり、白色蛍光灯の下で、意味があるのかもわからない会話をしている。

「なんで俺が言うと嫌味になるんスか」
「お前は馬鹿か」

話が通じないと、緑間は不愉快な顔を隠しもしなかった。それを説明するには、畢竟、黄瀬が美しい男なのだということを緑間の口から説明せねばならない。そこまでお人よしではないと、緑間はこの話題を無視することに決めた。しかし持ってきていた文庫本を開こうにも、黄瀬の視線が離れない。あまりにもまっすぐに緑間を捉えている。
緑間と離す際、黄瀬はいつもこうである。他の人物相手でもそうなのかは知らないが、俺緑間っちの目が好きっスよ、と以前言っていたことを鑑みるに、緑間限定の可能性が高かった。それがまた彼には理解できない。黄瀬自身の瞳が、既に他を圧倒するほど美しいというのに何を求めているのか。ガラス球のように滑らかで大きな瞳の虹彩は、光を集めたように明るい。不自然なほどに輝いている。
無言になった緑間に何を思ったのか、黄瀬はあっさりと話題を変えた。

「ってか、これ、合唱祭?の集まり?なんでこんなのあるんスかね」
「何も決まっていないからだろう。あと一月しかないのに」
「はー。何決めるんスか?曲と?指揮者と?あと伴奏者?」
「そうだな」
「緑間っちピアノ弾けるんだし、伴奏やればいいのに」
「伴奏と演奏は違う。人事を尽くさない奴等のために弾く気にはなれないのだよ」

黄瀬の無邪気な声と、緑間の淡々とした声は淀みなく交わされている。その会話の圧倒的な滑らかさとは裏腹に、お互いの視線は絡み合っていた。いや、絡んでいるというよりも、ただ直線的だった。黄瀬の瞳は緑間の瞳を映していたし、緑間は黄瀬の瞳を映していた。まっすぐに。余分な物をすべて排して。
黄瀬の瞳は美しい。光を集めたような明るい色。感情を存分に乗せた声とは違って、ただ無機質に無感動に、美しいだけの瞳。物言わぬ宝石のような瞳。それがひたすら緑間を映す。緑間を映す黄瀬の瞳を緑間は見ている。
滑らかな表面に、確かに自分の色を確認して、緑間はぼんやりと思った。まるで鏡のような男だと。誰よりも美しい男は、その輝きの上に他人を反射する。

「緑間っちの目は綺麗っすよ」
「またそれか」
「俺が言うんだから間違いないっス。そんじょそこらの女よりもずっと美人っスよ」

あまりにも傲慢な台詞は、黄瀬の口から飛び出すとまるで挨拶のような響きを帯びる。黄瀬は褒めているのだろう。彼は良くも悪くも、残酷なまでに素直だ。褒めるものは褒めるし捨てるものは捨てる。そしてそこに一貫性などない。いつかあっさり捨てたものを、ある時は後生大事に抱え込むかもしれない。命に代えて守ったものを翌日ゴミ箱に投げ入れるかもしれない。黄瀬は自らの感覚に素直だ。そんな彼が愛称付きで他人を呼ぶのは、最低限の保障のようなものだ、と緑間は認識している。認めたから、そう簡単に気分だけで捨てはしない、という自らへの表明。

「馬鹿め」
「ええーひどくないっスか」
「だから、お前に言われても嫌味にしかならんと言っているだろう」
「ええー、だって、緑間っちの目、俺とかなり似てるっスよ?」
「は」
「なんつーんスか?おっきくて、すっげー表面透明で、でも奥はきらきらしてて、」

固まる緑間をよそに黄瀬は緑間の目をつたない言葉で褒め称える。その瞬間も、黄瀬の目は緑間から逸らされることはない。緑間の目も、同様に。

「綺麗っス」

緑間はようやく勘違いに気がついた。黄瀬は理解している。自らの美しさを。理解したうえで、緑間を褒めている。美しい自分が認めているのだからと。そして緑間は理解した。黄瀬が見ているのは、ただ緑間の瞳に映る自身である。鏡のように磨き上げられた男は、自分の姿を確認するために緑間を見ている。
嫌そうに顔をしかめた緑間を見て黄瀬は楽しそうに笑った。黄瀬は鏡だ。映ったものを全て飲み込んで自らのものにする鏡。故に黄瀬自身を直視するものは、実はそうはいない。黄瀬の表面だけを撫でて、そこに映った自らを、まるで黄瀬であるかのように納得しては去っていく。珍しいのだ。黒子や、青峰や、紫原や、赤司は違った。黄瀬にまったく自らを投影しなかった。緑間もそうだった。ただ彼が他のキセキとも違うのは、それを補う言葉でのコミュニケーションが取れないことだった。無論会話は成り立つ。むしろその頭の回転の良さから、レスポンスは早いと言えた。けれどその内面には全く届かない。同じ言葉を話すだけの、動物園の動物みたいなものだろうか。別の檻の中でただ相手を見つめている。周囲の目線をはねのけて、二人はじいとお互いを見据えていた。主義も思想も異なる彼らは、互いの瞳のみを共有する。勝手な喧騒が彼らを取り巻いていく。

「あ?黄瀬、てめぇ来てたのかよ」
「あ、青峰っち!」

首をひねりながら歩いてきた青峰の声に、黄瀬はすぐさま立ち上がって手を振った。頑なに外されなかった視線はいとも簡単に解ける。先ほどまでの無機質な瞳はどこへやら、それは子供のような輝きを帯びていた。
その様子を眺めて、緑間はふと考える。ただ無機質に無感動に、美しいだけの瞳。物言わぬ宝石のような瞳。あれはもしや、自らの目ではなかったろうか。彼の鏡に映った自らの目。だとしたら、黄瀬は緑間の瞳に何を見たのだろう。緑間を鏡にして、何を見出したろう。

「緑間っちの目『は』綺麗っスよ」そう告げた黄瀬の声だけが頭の中で反響する。



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