小説2巻発売前妄想








***キセキの夏祭り***



「そういえば今度の日曜、神社で夏祭りあるじゃないッスか!!みんなで行きたいッス!!」

黄瀬がそう声をあげたのは部活も後半、疲労の蓄積と共に全員のテンションもハイになっていた時だった。普段ならばその声は無視されていたかもしれないが、その時全員が勢いに乗っていた。桃井はすぐさま賛同し、黒子もいいですね、と薄く微笑んむ。青峰は金魚すくいに思いを馳せたし、紫原もわたあめりんご飴カステラ焼きなど、祭りならではの屋台を思っていいね〜と頷いた。興味がないと一蹴しそうな緑間でさえ、射的で負ける気はしないと乗り気だった。思わぬ好反響に黄瀬は喜び、その様子をにこやかに眺めていた赤司は、「それじゃあみんなで行こうか」の言葉とともに、喜瀬に外周を言い渡したのであった。曰く、部活に集中しろ。

そして迎えた夏祭りは、地域活性化、と気合が入っているのかなかなかの規模のものだった。赤い提灯がずらりと並び、どこからか太鼓や笛のお調子が聞こえてくる。この街にこれだけの人がいただろうかと訝しく思うほど、祭りは大盛況だった。祭りの入口でたむろしながら彼らは思い思いに雑談をする。

「緑間っち、もしかして今日のラッキーアイテムって」
「ああ。お面だったのだよ」

恐らく日曜の朝にでもやっているヒーローのお面を付けて現れた緑間に、名状しがたい顔で黄瀬は言及した。横向きにひっつけたそれを、紫原は面白そうにつついている。ちなみに黄瀬の提案により、今日は全員浴衣着用である。浴衣にお面というのは単語だけ並べれば夏の風物詩、といった様相だったが、実際に190オーバーの男がつけているのを見れば異様でしかなかった。やはりこれは、小さい子供がつけるからこそ可愛らしいのだ、とその場にいた全員がいらぬ確認をする羽目になる。ガチャピンやプリキュアを選ばなかっただけマシだと言って良いのだろうか。

「しかし、紫原サイズの浴衣なんてあるんだな」
「青峰ちん失礼〜ジャイアント馬場に謝って〜」
「えっちょっとなんでこの流れで俺ジャイアント馬場さんにあやまんの」

紫原のよく分からない理論に呆れ顔の青峰だが、浴衣に言及した彼自身は浴衣ではなく甚兵衛姿である。浴衣は歩きにくくて面倒、というのが彼の言い分だった。持ってないなら俺の貸すッスよ?と黄瀬は提案したが、どうやら持っていないわけではないらしく、ただ言葉の通り面倒だっただけの青峰は「や、お前の浴衣とかぜってー色派手だし嫌だわ」とバッサリと断った。案の定黄瀬が着てきた浴衣は黄色が基調の流水紋だったので青峰は自らの判断の正しさをここで確信することとなる。

「ところでお前たち、大事なことを忘れている」
「あ?大事なことってなんだよ」

今までの会話に加わっていなかった赤司は、話が途切れたところを見計らって入ってきた。その目に浮かぶ悪戯げな光に、これはろくなことにはならないと赤司を除く全員が唾を飲んだ。

「テツヤがいない」
「は?」
「テツヤが、いない、とそう言ったんだよ」
「え?だって今さっき一緒に集合して……って、ええ?!あれ?!黒子っち?!」

慌てて周囲を見回すが、見慣れた色素の薄い髪は見つからなかった。ミスディレクションで隠れているのかと一瞬考えるが、これだけ探してもいないのだから、事実、この場にいないのだろう。

「いつの間にはぐれていたのだよ」
「黒ちんちっさすぎて気がつかなかった」
「そう、それだよ」

鷹揚に頷く赤司のその瞳に、悪戯げなその光の奥に、僅かに本物の焦燥を見てとって、全員が一つの事実に気がついた。
彼らの目の前には、この街にはこんなにも人がいただろうかといぶかるほどの人の群れ。人の山。人の渦。ごったがえし、混雑し、歩くのにも苦労しそうなこの人ごみの中。

「黒子っちを、探すってことっすか……」
「その通り」
「……ちっさい黒ちんを?」
「その通り」
「全く存在感が無くただでさえ見つけられない黒子を?」
「その通り」
「……ケータイ通じねえの?」
「人が多すぎて電波障害。とっくに確かめてある」

無理だ、と全員が思った。他のメンバーならばいくらでもどうにかなっただろう。しかし、である。相手が黒子となるとそうはいかない。この人ごみのなか、すれ違う人たちの中から探し人をみつけることはそもそも難しい。そして黒子相手にそれができるかと問われれば、全員が首を横に振る。絶対に、無理だ。彼の影の薄さは説明できるものではない。二人きりの部室ですら見失うというのに。

「桃井は支度に手間取って三十分遅刻すると連絡があった」

全員が諦めモードに入りつつある中、赤司の声で全員が我に返った。そうだ、桃井はまだ来ていない。律儀な彼女が遅刻することは珍しいが、それはおそらく乙女心によるものだろうとほぼ全員が悟っていた。好きな人の前で少しでもかわいくありたいというのはとても純粋な願望である。おそらく鏡の前で時間を忘れるほど迷ってしまったのだろう。その彼女がこの場に来て、思い人がいなければどれほど落胆するかは目に見えていた。

「僕までこの人ごみに入ったら桃井と連絡が取れなくなる。だからお前たち」

三十分以内に、テツヤを探し出せ。

試合で四十点入れるほうがよっぽど楽だ。
その言葉を飲み込んで、顔を見合わせた彼らは人ごみのまっただなかへと入っていった。頼むから、黒子の方から自分たちを見つけてくれないかと祈りながら。






***カントクへの贈り物***



「あれ、そろそろあれの日じゃねぇの」
「あ、そっか、もうあれの日か」

木吉と日向の台詞に、黒子と火神は顔を見合わせた。あれの日、とはなんのことであろう。しかし、どうやら二年生は全員その言葉で思い当たったらしく、ああー、と声をあげている。

「おい火神!黒子!」
「なんだ、…です」
「ちょっとお前らカントクにプレゼント買ってこい」
「カントクに、ですか?」

二人の頭上に浮かぶ疑問符は増えるばかりであった。以前聞いたことがあるが、カントクの誕生日は冬、年が明けてからの筈だった。今の季節は秋。どう考えても早すぎる。

「いーからいーから、俺らは俺らで準備するから」

一週間後までな。その言葉に二人は首をかしげたまま頷いた。



「……って言っても、なんでカントクに?」
「さあ。でも目的がわからないとどんなものを買えばいいのかもわかりませんね」

商店街を二人はそぞろ歩く。いまいち身が入らない火神と、相変わらず何を考えているのか読みにくい二人は、それでも何かないだろうかと街を歩いていた。

「一週間後だろ?なんかあったっけ?」
「さあ……」

適当な会話を交わしながら、立ち止まったのは二人同時だった。ショーウインドーの中、派手に飾られた男物のハンカチやスーツ、財布などを見つめる。そしてその上に踊る文字も。

「もしかして」

マジかよ、と火神は呟いた。でもこれしか考えられません、と黒子は肯定した。でもやっぱり、何買えばいいかわかりませんね、と続けられた言葉に、そういう問題じゃねぇと思う、と返事が来る。二人の前には【来週の日曜は  父の日  !!】の文字。ウコンでも買うか?との台詞は、それ料理に使われて終わりですよ、という冷静なツッコミの前に消えた。あの先輩たちはいったい何を考えているのだか。






***火神、少年時代編(アメリカ編)***



「おいスミス!お前なんか落としたぜ!」
「ん?ああわりい。ありがとよ」
「なんだなんだ?彼女の写真か?見せろよ!」
「やめろよステフ!」
「あ?なんだこれ。もしかしてガキの頃のお前?ハハッ、ちっせー!」
「テメェだってちっせえころはそんなもんだろーが!」
「これ一緒に写ってんのだれだ?ジャパニーズ?」
「俺の友達だよ」

奪い返した写真には、まだまだ青臭いガキの俺と、肩を組んで楽しそうに笑ってる黒髪の少年。二人とも泥だらけなのは、冒険のあとだからだ。

「あー、タイガ、なにしてっかな」

なにしてるか、なんて決まってる。あのうるせぇ奴は、今日も馬鹿みたいにバスケをやってるに決まってるのだ。



「ん?お前見ない顔だな。誰だ?」
「タイガ。てめーこそ誰だよ」

俺よりもだいぶちいせえ、けど目つきの悪いガキが俺たちが普段使ってる公園で一人バスケをやっていた。話しかけてみたら滅茶苦茶喧嘩腰で、なんだよこいつ、と思う。バスケのボールを抱えて、俺らがいつも使ってる錆び付いたゴールの前で一人立っていた。アジアの奴っぽいなとは思うけど、詳しいことはわかんねぇ。ただ、こいつもバスケやるんだなって、そんだけ。学校からの帰り、いつも寄り道する公園に、いつもとちがってそいつはいた。

「スミス。こいつらは俺の友達でミックとサム。なあわりーけどよぉタイガ、そのゴールいつも俺らが使ってんだよ。どいてくんねぇ」
「あ?俺が先に来て使ってんのになんだそれ」

ただでさえ悪い目つきがさらに悪くなる。1on1で白黒つけよーじゃねーか、と言われて俺達は全員笑った。こんなチビに負ける筈ねえって。実際、俺たちの勝ちだった。だけど、なんつーか、それが滅茶苦茶面白くて、実際タイガは全然弱くなんてなくて、終わる頃には結局なんか全員でバスケやってて、あれ、なんで俺らこんなんなってんの、おかしくね、なんて言いながら全員でマジバにまで行ってバーガーまで食ってしまったのだ。その日のうちに。チビだったタイガは一個のセット食っただけで滅茶苦茶満腹になったらしく苦しそうにしていた。だからチビなんだよとからかったら何故だかあいつはもう一個バーガー頼んで無理やり食って腹壊してた。馬鹿だよな。次の日から俺たちの公園にはタイガも加わった。あいつはチビだったけどやけにジャンプだけは高かったからジャパニーズニンジャ!とか言ってからかいまくった。同い年だって知った時は普通にビビったな。おいおい、ジャパニーズってこんなちっせえのかよ。
滅茶苦茶楽しかった。日が暮れるのが本当に恨めしかった。俺たちの間にバスケットボールさえあれば、それだけでそこは完璧に完成された空間だった。汗だくになりながら振りに振ったペプシの缶を投げ渡してびしょ濡れになったりした。そのうちにあいつはバーガー二つくっても余裕になって、んで、相変わらずバスケばっかやってた。
あの日が来るまで、俺は、この楽しい時間が永遠に続くと信じて疑わなかった。






***つっちーの彼女を探せ!***



「……手紙読んだよ。ありがとう。だけど、バスケ部の誰かと間違えてるんじゃないかな。俺は、君が思うような凄い奴じゃない」

体育館の裏。あまりにもありきたりな、まるでその場所ですることは一つしかないと言わんばかりのその場所で、土田と一人の少女は向かい合う。細い目で困ったように笑いながら土田は告げた。

「多分君が思ってるのは、日向とか、伊月とかじゃないかな。俺は何も特技なんてないよ」



「大変大変大変大変だ!!」
「おいなんだよ小金井。お前の大変なんてアテになんねぇだろ」
「つっちーに彼女ができた!!!」

その瞬間、誠凛バスケットボール部に走った衝撃たるや凄まじいものであった。伊月ですらダジャレを言う余裕もなく、全員が手に持っていた荷物を、アクエリのペットボトルやテープやバッシュなんかを取り落とした。ちなみにここはバスケ部のロッカールームであり、都合良く全員が勢ぞろいしている。その全員というのは、とうの土田をも含み、であった。
世界が止まったかのような沈黙のあと、ギギギ、という音が聞こえてきそうなぎこちなさで誰もが土田のほうを振り向いた。冷や汗を浮かべた土田の表情と、決して否定はしないというその「事実」に全員が叫ぼうとした瞬間、土田は走った。ありていに言えば、逃げた。小金井の横をすり抜け、華麗な逃亡を決めた土田に一瞬反応が遅れた面々は、次の瞬間土田ぁぁぁぁぁ!!と地獄からの叫びのような、呪いのこもった声をあげて後を追う。てめぇらその瞬発力バスケで活かせやぁ!と日向だけは一喝したが、その彼も他の面々と同じように土田を追いかけていた。誠凛高校バスケットボール部男子、初の彼女持ちが誕生した、いや、発覚した瞬間である。

土田は逃げながら、何故逃げてしまったのだろうと考えた。やましいことがあるわけでもない。むしろ、自慢していいことだ。逃げなくたっていい。だったら、何故。勿論、みなの目が本物の殺意に満ちていて恐ろしかったというのが主な理由ではあるけれど、それだけではないと彼は思う。

(俺は、多分、話したくないんだな)

とっつかまれば、根掘り葉掘り聞かれることは必定である。出会いから名前見た目印象性格エピソード告白云々。全て暴かれるだろう。何もかも。

(いや、別に、名前とか、そんなんは、良いんだけど)

あの時、告白の時にもらったその言葉だけは、絶対に自分だけのものにしておきたい。それが彼の決意だった。先回りしたのか、廊下の向こうからこちらに向けて走ってくる水戸部の姿を目に入れて彼は顔を引きつらせる。後ろからの足音は消えていない。捕まるのは時間の問題だった。俺、喋らないでいられるかな。引きつった笑顔のまま、悪あがきのように彼は階段を駆け上がった。俺、特技とか無いしなぁ。絶対に逃げ切れないよなぁ。だけど。

(話したくないなぁ)

決意を固めた彼は、それでも勢いだけで屋上まで逃げて、立ち止まった。とっつかまるしかないのなら、あとは自分の心持ち次第である。悪魔のような形相のチームメイトに囲まれて、彼はほんの少し震える声で、けれどはっきりと言った。

「……いや、特に話すこと、ねぇよ?」






***紫原、災難編***



その日の紫原は機嫌が良かった。なにせ、練習は監督の都合とやらで早めに終わったし(説明があった筈だが彼は覚えていない)、街頭でもらった塾の案内には飴がついていたし(勿論案内は捨てた)、何よりも、帰り道に寄ったコンビニで、自分が好きだったまいう棒が復刻しているのを見つけた(これが一番であることは間違いない)。その場で買い占めて、満足げな表情のまま紫原は帰路につく。コンビニの袋の中はまいう棒と、今月出た新作のお菓子でパンパンだった。表情にはあまり出ないが、浮かれていた。そのせいもあるのだろう。彼の足にあまりにも軽い衝撃が走り、何の気なく下を向けば、幼い少女が尻餅をついていた。小学校の低学年くらいだろうか。これはまずい、と紫原は直感する。彼は小さい子供があまり得意ではない。嫌いではないが、得意ではない。なにせ、彼のニメートルを越す身長からすると小さい子供は本当に視界に入ってこないし、ひねりつぶしたいわけでもないのに潰してしまいそうで恐ろしい。何よりも。

「ふ、う、あ、うわあああああああああん」
「あー……」

泣き出してしまった少女に、紫原はため息をつく。何よりも、子供の方が自分に怯えるのだ。この子だって、尻餅をついて痛かったから、というよりも彼が恐ろしくて泣き出したのだろう。面倒くさいというのも勿論だが、彼とて高校一年生の少年である。小さい子に泣かれて良い気がする筈もない。どうすれば良いのかわからないまま、紫原はしゃがんだ。しゃがんでもなお、彼の大きさは健在だった。

「……これ、食べる?」

差し出した一本のまいう棒。彼が捧げられるものといえばそれくらいだった。



あまりにも人目につきすぎるので近くの公園まで連れて行きベンチに座らせると、少女は次第に落ち着いたようだった。泣き止んだ少女に事情を聞いてみれば、なんと彼女は迷子らしい。道に迷って心細いところに紫原に出会ったものだから、疲れているのと恐ろしいのと悲しいのとびっくりしたのとで思わず泣いてしまったようだった。どこへ行きたいのか尋ねてみても返事は曖昧で要領を得ない。交番行く?と聞けば首を横に振った。

「おはなが、いっぱい、あるところ」
「んー、お花やさん?」
「おみせじゃないの」

こうである。子守などしたこともない紫薔薇は途方に暮れた。かといって、わざとではないとはいえ、ぶつかって転ばせてしまった罪悪感もある。迷子だと分かっている子供を放っておくのも気が引ける。少女は渡されたまいう棒を食べないまま、じっと手元のそれを見つめていた。仕方がないなあ、と彼は思う。面倒くさいしどうだっていいけれど、このまま帰ってもお菓子は美味しくなさそうだった。ベンチから立ち上がると眠たげな顔のまま、間延びした声で紫原はつげる。

「それじゃーお花でいっぱいのところ探そうかー」

顔をあげた少女の瞳には僅かな期待と疑心が込められていた。一緒に探してあげるよ、というと少し迷ったすえこくんと頷く。ベンチから立ち上がった少女はやはり紫原の視界には殆ど入らず、また先ほどのようにぶつかってしまうのではとの不安を彼に起こした。

「ほい」

そうならないためにも、はぐれないためにも、手をつなごうと差し出した手に、小さな小さな手が触れた。しかしその手は震えており、よくよく見てみれば少女は精一杯背伸びをしている。背伸びをして、ようやく紫原の手を掴んでいる。これほどの差があるものかと驚くと同時に、これでは歩けないなあと彼は首を傾けた。少女もそんなことは百も承知のようで、紫原の動きを真似するように首を傾ける。数秒後、何か思いついたのかそっと手を離して、また伸ばしてきた。なんだなんだと思ってみれば、少女の手には先ほど渡したまいう棒が握られている。端の方をつまむように持って、もう片方の端を紫原に差し出していた。

「おお」

紫原も同様に、伸ばされたまいう棒を掴む。それは、彼女が背伸びをしていたぶんと丁度同じだけ二人の手の間を埋めた。
かくして、おはなを探す旅が始まった。まいう棒の端と端とでつながった、とても大きな男ととても小さな少女の二人旅である。









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