真っ暗な空間というものを作ることは逆に難しい。必ずどこからか光は漏れてくるものだ。宮地の部屋とてそれは例外ではない。廊下の明かりがドアの下から染みてくる。カーテンの隙間から、沈みかけの夕日が差し込んでくる。彼は、普段はそれを煩わしいと思う。眠る時に、部屋の中を光の粒子がちらちらと舞うのは見ていて実に腹立たしい。けれど、今は、良かったと、そんなことを熱で浮いた頭で思うのだ。
自分の体の下で荒い息を吐く、気に食わない後輩の、歪んだ表情を見ることができるので。
見ることが、できる、筈なので

「っ、ふ」
「おい、」
「…………」
「腕、どかせ」

両腕を交差させるようにして、緑間は顔を隠している。初めてでもあるまいし、今更何を恥かしがることがあるというのか。それとも、顔を見られたら萎えるとでも思っているのだろうか。自分よりも大きい体躯を晒しておいて、今更そんなことを気に病むものだろうか。宮地も緑間も、既に服は身にまとっていない。筋肉質な肌を、無造作に、夕刻の蒸された空気に晒している。顔を隠すことの意味を、宮地は全く見いだせない。
無理矢理こじ開けようかとも思ったが、そんなことをしなくても、どうせ外れるだろうとそれ以上彼は何も言わなかった。代わりに、今まで肌の上を滑らせていた手を下に伸ばして握り込む。びくり、と自分の下の体が震えるのが判った。そのままいじれば、珠のような肌に汗が浮かんでくる。珠のような肌。そんな形容が似合ってしまう男というのも滑稽かもしれないと思うが、それを組み敷いている自分の滑稽さを思えば苦笑も浮かばなかった。

「おい」
「…………」
「勃ってっけど」
「……ッ」

ひときわ強く握りこめば息を詰められる。段々と部屋の中に響き始める水音が実に下品だった。そのまま垂らしたローションでおざなりに指を突っ込めば、「あ、」と堪えきれなかったらしい声が漏れる。ゆっくりと指をうずめていく。快感を引き出すというよりは、ほぐすと言ったほうがいいような行為だが、その動きにためらいは見られない。髪がぱさり、と鳴る。どちらの髪が鳴ったのか、それとも双方のものだったのか、二人にも判らなかった。汗がするりと流れ落ちる。シーツの海で、二人の男が不格好に溺れている。
初めての時は、これだけのことにも酷く時間がかかったものだった。今となっては決まりきった手順の一つだ。緑間が感じていない訳ではないということは判る。息は無意味に熱を帯びている。それでも頑なに腕を外そうとしない姿に、あまり気の長くない宮地は深い溜息をついた。そこにはあからさまな苛立ちが含まれていた。部屋の温度は上がっていく。二人の間の空気は、ちりちりと張り詰めていく。

「いいぜ、じゃあ」
「……」
「そのままならヤらねーよ」

顔も見たくねーんだろ。
その言葉は決して本意ではなかった。仮にここでどんな態度を示したとしても、ここで宮地はやめるつもりなど無かった。「俺はそもそもしたくありません」「あなたがやりたいんでしょう」そんな言葉が返ってくるだろうと、想像していた。そうだろうと、タカを括っていた。
視界が回る。
一瞬何が起こったのか判らなかったが、自分の上に緑間が乗っているのを見て、その向こうに見慣れた天井を見て、宮地は悟った。こいつは、腹筋の要領で、勢いをつけて起き上がったのだ。

「……ッ、先輩」
「……なんだ、お前」

宮地は唖然とした顔を一瞬で消して笑った。おいおい、なんだよその顔は。
緑間は眉を潜めて宮地を見下ろす。その瞳には涙の膜が張っているが、そこに情緒や色気といったものは微塵もなく、射殺すような視線だけがぎらついている。情欲と言えば、まだ聞こえは良いだろうか。なあ、ここは誘うところだろう。頬を蒸気させて、瞳を潤ませて、甘えるような声で、名前を呼ぶべきところだろう。そんな、親の敵を見るような目で、見るものだろうか。仮にも、付き合っている人間を。

「本当に、可愛くねえな」
「う、るさいです」

可愛くない。全く、可愛くない。その可愛げの無さを目の当たりにして宮地は笑う。なんだよ、お前、そんなにヤりたかったわけ。

「こっちが遠慮してやっていたのだよ」

強気な言葉と、表情と、荒い息。窓の外の陽は落ち切った。部屋の中は、残り火でほのかに照らされている。まだ見える。まだ、その瞳が見える。自分だけを刺し殺す瞳。この顔が、見たかったのだ。そうしてそれから、この色が、最後自分にすがりつく瞬間が。













腹の上でんでくれ

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