痕に残る













肌が痛む。
隣の男が雷よりも早く俺の右手を掴んだ。その数瞬後に、ああ、やってしまったという鈍い後悔。じわじわとちりちりと指先から血管を通して伝わる痛み。

「真ちゃん、氷!」

俺の指先を確認した高尾は、自分で叫んで自分で冷凍庫のドアを開けた。透明な袋に詰め込んで渡される。その様子をぼんやりと見守っていた俺に、高尾は酷く荒れた声で、なんで水で冷やしてないの、と叫んだ。氷なのか水なのか忙しいやつだが、恐らく相当混乱しているのだろう。

「ただの火傷だ」
「ただの、じゃねえよ、指先だろ!」
「別に今はバスケをやっていないのだし、利き手じゃない」

渡された氷を押し当てながら答える。指先が一気に熱を失って冷たくなっていく。もう、火傷が痛むのか、それともかじかんでいるのかも判らない。

ホンの少し、ぼんやりしていた。そのことを今更ながらに自覚する。夕飯を作っていた高尾の手伝いをしようと、火にかけられた鍋を見ていた。どうしてそれの淵を触ろうと思ったのか、今の俺にも判らない。

「利き手じゃなくても、バスケしてなくても、お前の指は永遠に俺の宝物なの」
「骨になってもか」
「灰になっても」
「それはもう、火傷どころの騒ぎじゃあないな」

少し落ち着いたのか、高尾は夕飯の支度に戻りつつある。心配そうな目線をたまに寄越されるが、その手の動きはよどみなく滑らかで、危なげがない。

ああ、さっきの俺は何を考えていたのだったか。

「火傷どころじゃないよ」
「?だからそう言っている」
「燃えて燃えて死んじゃいそうだ」
「いきなり何の話だ」
「わかんない。でもなんか」

これ焼いてたら、そう思った。
そう指差されたのは音を立てて焼ける蒸し鳥。皮の表面は艶やかに光って、少しこぼれた肉汁が香ばしい。

「そうか」
「うん」

そうして俺は思い出した。そうだ、俺の目の前には豚肉。鍋の中、煮込まれた、豚肉。生姜と赤味噌と練カラシ。それから多めの黒砂糖。それが投入されていく瞬間を見て、俺はなんだか、羨ましくなったのだ。俺の血管を傷つけて流れるザラメのような感情が、溶けてしまえばいいのにと思って。ざらざらと、ざらざらと、流れて流れて俺の体を傷つけている。甘く固く。溶けてしまえば、楽になるかと思って、そうして俺は手を伸ばした。
お前の隣にいるだけで、俺はいつでも、そう。血管を流れる甘い痛みに喘ぐのだ。

指先の感覚はもう無い。ちりちりとした痛みは熱か氷か。そこからこの甘ったるい感情が溶け落ちてしまえばいいのに。

「今日は、随分と肉が多いな」
「安かったんだよね。それに」
「それに?」
「体力つけないと」

最後まで言わず俺を見て笑った高尾の目。その奥底に隠しきれない欲情を見てとって、俺も静かに笑った。

食ってくれ。火傷では済まない程に燃えているけれど、甘さだけは保証しよう。





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