幼いころ集めたものを切り取って、フィルムにしてしまいたい。
乱暴な、それでいて切実な衝動に駆られて、高尾和成が何をしたかと言えば、新しい煙草の封を切っただけだった。税金で少しずつ値上がりして、少しずつ自らの肺を黒くしていくそれを、何故そんなに好むのかと、かつて同居人は問うた。物事全てに理由を求めていたらお前は呼吸ができなくなるよと笑ったのも今は懐かしい光景だ。
その思い出も切り取って一つのシーンになればいい。滑らかな思い出の表面を撫ぜて、たまに映写機で部屋の壁に映そう。少し黄ばんでざらついた壁紙に、きっとよく映えるに違いない。そんな夢想を彼は煙混じりに思索する。
幼いころ集めたものを切り取って、閉じ込めて、一本の映画にしてしまいたい。
ワックスで磨かれた床と、ダンスと、音楽と照明と、突拍子もない小道具で溢れた舞台で、誰かメガホンを取ってくれないだろうか。150分の大作でもいいし、30分の小芝居でもいい。カラカラと回るフィルムを、あいつと一緒に、馴染んだソファで見よう。

2DKのこの部屋に、緑間と移り住んでから何年経ったのだろう。指折り数えてみれば人差し指で止まって高尾は少し驚きの表情を作る。まだたったの二年か。二年、という時間を短く感じるようになったのはいつからだろう。「長い」二年が、「もう」二年になり、「たった」二年と言えるようになるまで、幾度の二年を過ごしてきたのだろう。いずれこの二年が五年になり、十年になるのだと、そんな未来を想像して彼はくつくつと笑った。23時は感傷的になりやすい。
そろそろ帰ってくる筈だと、部屋の中で文字盤が光る時計を見やる。適度に散らかった部屋の明かりは点いていない。昔よりは衰えた視力でも部屋の中の物がなんとなくわかるのは、ひとえにベランダから差し込む月明かりのおかげだ。部屋の入り口の反対側は、大きく一面窓になって狭いベランダに繋がっている。
煙に月明かりが反射して部屋の中がぼんやりと白くけぶる。霞のように光る。息を吸い込めば煙草の先でちらりと赤く火が瞬いた。
二人で住み始めて、二年。
こうやって二人だけの場所を作るまでに三年かかってしまった。

がちゃり、と鍵の回る音がして彼は笑みを深める。23時27分。今夜も遅いお帰りだと彼は革張りの椅子から立ち上がる。







緑間が鍵を開けた時、出迎えたのは真っ暗なリビングだった。明かりは一つも付いておらず、ただ冷蔵庫が静かにヴゥン、という音を立てている。そのままリビングを通り抜けて、自室の部屋のドアを開けた。リビングのテーブルの上には恐らく自分宛であろう郵便物が無造作に放ってあったが、そんなものは明日起きてから見ればいい。今はこの面倒なスーツを脱ぎ捨ててしまいたかった。この2LDKは、リビングから同方向に二つの扉が付いており、左が緑間、右が高尾の部屋と入所の時に決めてある。部屋の中は出て行った時と寸分の代わりもなく、静かに緑間を出迎えた。明かりをつけるたったひとつの動作すら煩わしく、緑間はさっさとスーツの上着を脱いでハンガーにかける。いかに疲労困憊していようと、そこで床に放り投げることはない。ネクタイを緩めながら、緑間はふと疑問に思う。いくら今自分が眼鏡をかけているからといって、こんなにも部屋の中の様子がわかるものだろうか。
ゆっくりと眺め渡せば、原因はすぐに見つかった。ベランダから光が漏れている。部屋のドアの正面にある、一面の窓ガラス。吸い寄せられるように近づいて、閉じきられたそれを開ければ、夜風が脱ぎかけのシャツを嬲って部屋の中へと流れ込んだ。デスクの上に揃えて置いておいた書類が、ぱらりとめくられる音がする。いっそ終わりじみて秩序だった部屋を一瞬で塗り替えていく。

「真ちゃんお帰りー」
「……寝てたんじゃなかったのか」
「んー?遅いとは言ってもまだ12時前だぜ?」

思わず目を細めた緑間を出迎えたのは緊張感の無い、けれど昔に比べれば低くなった高尾の間延びした声だった。裸足になってベランダに出てみれば、手すりにもたれかかるようにして煙草を吸う高尾の姿がある。その足も同様に素足で、柔らかい素材のシャツとゆったりしたパンツを履いているのを見るに、帰宅してからそれなりの時間が経っているのだろう。完全に休む体勢に入っている。指先で燃える赤い火に緑間は眉をひそめた。ベランダと高尾の部屋は喫煙を許されているスペースである。もう今更止めるつもりもないし昔抱いていた嫌悪感も今ではなりを潜めた。街でその香りを見つければ少しほだされた気持ちにもなる。嫌そうな顔をしたのはただの反射であって、高尾が突然喫煙を辞めたら、逆に緑間は落ち着かないだろう。
ベランダからの風景を眺めていたらしい彼は、ちらりと緑間に向かって微笑みかけるとまた視線を外へと向けた。
そう、緑間と高尾の部屋はベランダを介して繋がっている。リビングから二つに別れる部屋はベランダでまた一つになるのだ。

「お前が帰ってきているのは靴でわかったが、部屋の明かりが付いていなかったから、寝ているのかと」
「9時過ぎくらいには帰ってきてたんだけど、さ。ほら」

こんなに月が明るいから、電気必要ないなって。
そう、月は煌々と照っている。夜を照らし渡している。このあたりはベッドタウンで、大きなビルも無ければ騒がしい大通りも無い。どこからかチリチリと聞こえてくる虫の声と、ぽつりぽつりと寂しく灯る街灯と、まれに遠くで自転車の回転する音。世界に二人きりというわけでもなく、他の人間の声がするわけでもなく。無音というには生活が満ちていたし、喧騒と言うには街は眠りについていた。
眠っている時の、吐息のような柔らかさと微かな脈動で包まれた街。
ベランダから見える、ありきたりでどこにでもあるこの街の景色を二人は気に入っていた。月影はそんな二人をくっきりと夜のさなかに際立たせる。

「なんかさー、月には魔力があるとか言うじゃん」
「そうだな」
「なんか色々思い出してたわ。ねえ、真ちゃん」
「なんだ」
「何かをさ、映画のフィルムみたいに閉じ込めておけるとしたら何がいい?」

唐突な質問に緑間は僅かに首を傾けた。そのまま高尾の隣に並び、同じように手すりにもたれかかる。仕事で疲れた頭は厳しい言葉を飛ばすことも忘れて、ぼんやりと柔らかい過去を思い出す。それももしかしたら月のせいなのかもしれない。

「映画の、フィルム、か」
「うん。そう。全部さ、色鮮やかなまんま閉じ込めて、いつでも再生できるような感じ」
「いまいち要領を得ないな。お前は何を選ぶのだよ」
「そーだなー、まず、昔好きだった兵隊のおもちゃだろー、そっから集めてたトレーディングカード」
「……どれだけおもちゃに未練があるんだ」
「いや、別に今やりたいってわけじゃなくてさ、そのおもちゃで遊んでた時のワクワク感とか、袋開けて偶然レアカード入ってた時のあの飛び上がる感じっつーかさ、そういうのコミで」

随分と欲張りだな。そう緑間が笑えば高尾も笑った。そんなこと真ちゃんが一番よく知ってるっしょ。
顔をしかめるようにして目を閉じて笑う高尾の癖。照れ隠しで笑うときにその顔になることを、本人だけが未だに気がついていない。そんなところは、フィルムにしなくたって残っているのものだと、緑間はそこに在りし日の面影を見る。

「あとは、宿題、とか」
「毎回俺のを写していたやつが何を言う」
「だからそれもコミだって。家帰るまでにしわくちゃにしちゃったプリントとか、よだれのついたノートとか」

授業中にシャー芯折れた瞬間歪んだ字とか、教科書の隙間に入っちゃった消しゴムのカスとか、みんなが問題解いてる時のやけに静かな空気とか、監督が得意げに見せてきたデジカメとか、それで撮ったみんなの写真とか、木村さんとこから貰ったスイカの汁とか、宮地さんの罵声とか、大坪さんの背中の影とか、外周終わった後に吹いた強い風とか、お前載せてたリアカーの錆び付いた感触とか、お前に初めて誕生日プレゼント渡した時の赤くなった耳とか、お前がぐるぐるに巻いたマフラーが俺の肩掠めた時の感触とか、二人で同じ色の白い息吐いた瞬間とか、お前がちょっと驚いた時のゆっくりしたまばたきとか。

「そういうの、全部、フィルムになればいいのに」

思い出を一つ一つ、色と匂いと形と熱を孕んだまま閉じ込めてコレクションしてしまいたいのだと高尾は笑った。

「欲張りというより、我が儘だな」
「真ちゃんはねーの?そういうの」
「……そうだな」

緑間も目を伏せて想いを巡らせてみる。初めて触ったピアノの白鍵。寝る間を惜しんで読んだ絵本の挿絵。100点の解答用紙と頭を撫でた母親の細い手。バスケットボールがネットをくぐる瞬間の空気。交わしたハイタッチと汗で滑る床。家の前に自転車が止まった瞬間の音。玄関を開けた瞬間に見える笑顔。授業中、春風に誘われて目の前で揺れる首と背中、脱ぎ捨てたユニフォームと太陽に焼け付く肌、図星をつかれた時に見せるあどけない顔、得意げにかざされた手袋、ポケットの中で繋いだ手。

「……何をにやついている」
「ん?真ちゃん今俺のこと考えてたっしょ」
「自惚れるな」
「俺も真ちゃんのこと考えてたよ」

夜の帳の中で、空気は冷たいはずなのに緑間の頬は少し熱い。青白く照らす月を今だけは恨めしく思った。どうせ丸見えなのだろう。その証拠に高尾の顔は笑みを深めている。目を閉じて、深くため息をつく。遠い夜空に目を逸らせば、視界の端に煙のかけらが映った。

「やっぱ俺の映画は真ちゃんいなきゃ駄目だよ。っていうか主演真ちゃん。助演俺」
「お前の映画なのにお前が主役じゃないのか」
「俺のスターは真ちゃんだもんよ」

恥ずかしげもなく恥ずかしいことをさらりと告げて、彼はだらりと手すりに腕をつく。立てかけた右腕に持たれるようにして傾けられた頭の角度は、退屈な授業中に取るポーズと同じで、やはり緑間はそこに昔の面影を見る。違うのは、今が授業中ではないということと、その右手の先でたゆたう白い二酸化炭素。

「あー、誰か作ってくれねえかな。毎日だって上映会すんのに」
「まあ、見たくないとは言わないが」

「それを見ている間の俺達はどこへ行くのだよ」

緑間は単純に疑問に思っただけだったが、その言葉を迎えた高尾の顔が随分と間抜けなものだったので、彼はかえって面食らう。そんなに変なことを言ったかと振り返ってみるが思い当たらない。ぽかん、と、予想外のことを言われました、という様子を隠しもしないで高尾はまじまじと緑間を見つめる。

「……なんなのだよ」
「真ちゃんって結構小っ恥ずかしいことあっさり言うよね」
「お前がそれを言うか!」
「いや、うん、あー、はあ、真ちゃん、大好きだよ」
「そんなどさくさで投げやりな告白なんぞいらん」
「いやいやいやマジで」

今の言葉のどこが高尾の琴線に触れたのか、緑間はさっぱり理解できない。高尾は先ほどまで自分が驚いていたことも無かったかのように、また軽い笑みを浮かべている。

「そうだよな。昔ばっか見てちゃ真ちゃん寂しいよなあ」
「意味がわからん。唐突に何を言ってる」
「勿論俺は今の大人になって色気ダダ漏れの真ちゃんが最高に好きだぜ?」
「下らない」

緑間は本格的に呆れた顔をする。どうすればそこまで自分に都合良く解釈できるのだよ、と告げるが、高尾は、自分の理解で間違っていないだろうと信じている。そういう意味としか、思えない。
緑間だって強く否定しないあたり、ぼんやりと自覚しているのだろう。昔ばかり見ていないで、今の自分を見ろと。無論高尾は今をないがしろにしたつもりなど一つもない。ただ、ホンの少し思い出して、そのあまりの眩しさに目をすがめただけだ。あの頃の自分たちは間違いなく朝日と共に生きていて、こんな夜の居心地の良さを知らなかった。暗がりには自分の知らない何かが潜んでいる気がしたし、夜中に目が覚めれば、入ってはいけない世界に生まれた気がして落ち着かなかったあの頃。

「なんかなー、年食ったっつーか、なんつーか」
「出会って10年以上経っているんだ。それはそうだろう」
「げ、そうか、10年か。そりゃ、すげえや。『まだ10年』とは言えないなあ」
「?何の話なのだよ」
「こっちの話」

まさか先ほど自室で一人考えていたのだなどと言えるはずもなく、高尾は煙草を灰皿に落とすことでごまかした。そのまま、流れるような動作で次の煙草に火をつける。深々と吸い込んで息をはけば、冬でもないのに白く濁った。
それもすぐに風に散らされていく。

「あの頃は自由が欲しくて仕方なかったなー」
「自由、か」
「早く真ちゃんと一緒になりたかったし、真ちゃんのこと守りたかったし、自分のこと縛ってる何もかも、しがらみとか、血とか、性別とか、そういうのから全部自由になって、ただ真ちゃんと一緒にいたいなーって思ってた」
「守られるような存在になったつもりはない」
「でも傷ついてほしくなかったよ。大学卒業してから三年間さ、ぜってーもう周りに口出しさせねえ文句言わせねえって必死だったけど」
「……それは、俺もだ」
「それが無駄だったとは思わないけどさ、でもやっぱ、その三年間も一緒にいたかったなと思うわけ」

綺麗な思い出ばかりではない。美しい記憶だけではない。二人は確かに覚えている。焦燥に駆られた、閉塞感に満ちた日々。陽の光の下を歩いてはいけないのだと怯えた時間。周囲をはねのけて、ただ認められようともがいていた頃。何もかもを断ち切って、自立しようと、何物にも文句をつけられないような場所へ、二人でゆこうと、折れそうだった、三年間。
夜に慣れたのはあの頃だと緑間は思う。夜の柔らかさを知ったのはあの頃だ。家々から漏れてくる明るい子供の笑い声や、少し焦げた魚の臭いや、取り込み忘れた四人分の洗濯物に胸を締め付けられることがあっても、夜が更ければみな眠る。そうしてやっと、深く呼吸が出来た一日の終わり。
苦しくなかったと言えば嘘になる。辛くなかったと言えば嘘になる。もう一度繰り返したいかと問われれば、断じて否と言うだろう。けれど、では、その三年間を捨てるかと言えば、やはり首を横に振るのだろう。そのシーンを、カットしないでくれと頼むだろう。限られたフィルムを消費するとしても。

「自由とは、難しいな」
「そだな。ま、俺真ちゃんにならいくらでも縛られていいけど」
「その代わり、俺にも縛られろと言うのだろう」

緑間が苦笑混じりに言えば、今更だったねと高尾も返す。その通り、実に今更だった。二人は全ての自由を放棄して、お互いに縛られることを選んだような物である。ただ、それを選ぶ自由すら昔はなかったと、それだけのことだった。

「……何も知らないものに『自由にやれ』と言うのはどういうことかわかるか?」
「へ?いきなりだな」

唐突な質問に高尾は首を傾げる。内容もだが、その意図が読み取れずに高尾はうまく答えを返せない。

「簡単な話だ。考えるようなことでもない」
「いやいや。わっかんねえよ。何も知らない奴に自由にやれって、いきなり言うの?」
「そうだ」
「そもそも何も知らないやつってなんだよ」
「そうだな、わかりやすく言おう。赤ん坊に『自由にやれ』と言い捨てて、何が起こる?」
「赤ちゃんに?」

内容は分かれどもその意図が汲めなければあまり意味が無かった。
問いかけの形式をとってはいたものの、特に答えを期待していなかったのか、緑間は淡々と言葉を継ぐ。

「泣き喚くことしかできないだろう」
「あ」
「何も知らない者に『自由にやれ』というのは『泣け』というのと同じことなのだよ」

ようやく緑間の伝えたかった内容を理解して、何か真面目な返事でもしようかと考えて、高尾はただ肺に煙を吸い込んだ。
あの時、目の前に自由があっても、きっと自分たちは泣くばかりで、何も選べなかっただろう。
縛られて、押し込められて、もがき苦しんで、今、ようやく。
愛してるとでも囁こうかと高尾の頭に過ぎったが、どうもくさすぎる。月が綺麗ですねなんてもってのほかだった。
高尾の目に映る緑間の横顔は青白く照らされて、緑髪が細かい光を食んで揺れている。睫毛の先に月が宿る。ああ、この瞬間を、誰かフィルムに残してくれと高尾は叫びたくなるのだ。時間が経過することに怯えるわけではない。昔は恐れていたかもしれないが、今高尾はそのことを穏やかに受け入れている。どれだけの歳月を経ても、隣に緑間がいるのだと、その確信を手に入れた。

ただ、大人になった彼らは求めていたものを手に入れたけれど、それが決して完璧なものではないことにも気がついてしまった。いつかは忘れるしいつかは褪せる。大人になる代わりに、宝物のように並べていた思い出を少しずつ手放した。このような、何気ない夜に、きらきらと輝く思い出を置き去りにしてまた朝日を迎える。決してその輝きは失われた訳ではない。ただ彼の目をもってしても見えないほど遠くの星になってしまったのだ。月明かりに飲まれてしまうような小さな星に。
だから、今この瞬間を誰か切り取ってくれ。頭上高い月と照らされる町並みと街頭の光と眠る夜と、吹き抜ける風と揺れる前髪を、完璧に美しいまま覚えさせてくれと高尾は祈る。
そうしてその祈りを煙と一緒に吐き出して、高尾はおどけた声を出した。

「そういえば真ちゃんの泣き顔しばらく見てないなあ」
「しばらくなどと言うな。俺はそうそう泣いた記憶など無い」
「えー、いつもベッドの中じゃぼろぼろ泣いてるじゃん」
「気のせいじゃないか」
「あれが気のせいだってんならもうお前ごと幻だよ。はー、最近お互い忙しくてやってねえし」
「明日も仕事だ。断わる」
「まだ何も言ってねえけど」
「言うつもりだったろう」
「はいはい」

高尾の軽口と、そこに潜んだ劣情を緑間は流す。昔ならば慌てていたかもしれないが、こんな軽いやりとりにも慣れてしまった。ここで少しでも応じる素振りを見せればあっという間にシーツの海だと理解しているので、彼は容赦をしない。
こんな言葉の応酬が、何かを誤魔化す時の二人の台本だ。悪いことではない。全てを突き詰めていく必要なんて無いのだ。いずれ夜が答えを出すだろう。物事全てに理由を求めていたって、呼吸ができなくなるだけなのだから。

「大人しく待ちますよ、エース様」
「いやに聞き分けがいいな」
「どうせ明日金曜だし。お楽しみはとっとくわ」
「その一日が待てなかったくせに」
「俺も大人になったってこと」

そう言って笑った高尾の表情は、十年前とは重ならない。けれどその顔が好きだと緑間は思う。そしてそれだけで十分なのだ。隣で生きていくには。
高尾の映画の主役が緑間ならば、緑間の映画の主役は高尾だ。互いが互いの主役で、どちらかがいなければ始まりもしなかった。夜空を背景に緑間を眺める姿は、見慣れていても目がくらむ。スターは俺じゃあないだろうと緑間は思う。いつだって主役はシニカルに微笑んで、甘い言葉で舞台を落とす。

「二年だってあっという間なんだぜ?明日なんて一瞬だ」
「よく、言う」
「ほら、もうなった」

その瞬間、高尾が緑間の腕時計をちらりと見たことに気がついて、緑間は声をあげようとした。日付が、変わったのか。無粋な台詞を零させないように、高尾の唇が緑間の声を塞ぐ。僅かに硬直した緑間は、開いたままだった目をそっと閉じて、柔らかい熱に集中した。
二人のまぶたの裏、暗闇に浮かぶ月と、無数の星。
銀幕のスター。集めてきた思い出を散らした夜空に、煙草の煙はよく映える。






スーパースター、君のために





親愛なるねこたへ!!お誕生日おめでとう!!ねこたの言葉の一つ一つが私は!!大好きなのだよ!!!!愛だよ!!!!これからもよろしくね!!!!!

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