ああ、恋愛未満の僕ら
恋も愛もわからないまま、ただ僕は君が好きだ



***



「高尾」
「なーに真ちゃん」
「帰るぞ」
「用事は済んだの?」
「問題ない」

特に表情を崩さずにそう告げた真ちゃんに、オレは、そっか、と笑って立ち上がった。ギイ、と安い椅子の音。脚についてるゴムのカバーはとうの昔に取れて修復される予定もない。歴史と伝統とオンボロがウリの我らが学び舎。彫刻刀で彫られた落書きすらも古びている。
放課後。真ちゃんを待っていた教室には誰もいなくて、オレはぼんやりと頬杖ついて黒板を眺めていた。掃除当番が雑に消したせいで、今日の国語の授業の跡が残っている。『与平の心理描写を捉えよう』。チョークで白っぽい黒板は伸びた窓枠の影に染まる。秋の日差しはもう大分傾いて、電気がついていないこの教室を真っ赤に染め上げていた。机も、椅子も、カーテンも、窓の外も内も全部全部夕日色。オレの制服も同じ色をしているんだろう。開け放たれた窓から差し込む日差しは、先月までと違ってちっとも暑くない。ただゆるゆると熱を孕んで、それをかき消すように秋風が吹く。

「高尾」

オレの背中にある夕日が眩しいのか、少し目を細める真ちゃんの白い頬も赤く染まる。
赤、いや、オレンジ?橙?この夕日色の名前をオレは知らない。秋の午後、17時。

「寝ていたのか」
「んー、いや?なんで?」
「馬鹿みたいに呆けているからな」

真ちゃんの委員会を待って、四十五分。先に帰っていろと言われたけれど、結局オレは一人でぼんやりと真ちゃんを待っていた。どうしてだかはわからない。だけど、たとえ一時間待つことになったって、真ちゃんと一緒に帰る15分のためなら多分オレは待ててしまうのだ。なぜだかはわからないけれど。オレはできるだけこの柔らかな緑髪の傍にいたいと思う。
なぜだかは、わからないけれど。
厳しい台詞に隠された心配をなんとなく読み取ってオレは笑う。
大丈夫だよ。疲れてないよ。オレがお前を待ちたくて待ってただけなんだから、気にするなよ。
言おうと思った言葉をすべて飲み込んで伸びをした。代わりに、ひどくどうでもいい話をする。

「なんか待ってる間にさ、学校の前の道さ、石焼き芋が通ってんの」
「石焼き芋?」
「そ。多分三輪車に荷台くっつけたような、移動式のやつ」
「オレたちと大して変わらないな」
「ぶっは、確かに」
「それで?」
「ん?いや、それだけ。い〜しやぁ〜きいも、やぁきいも、やきたてっ、ってずっとスピーカーとラッパが鳴ってた」
「そうか」

鞄を肩にかけながら、真ちゃんにしては食いつきがいいな、と思ってそっと表情を伺えばいつもよりホンの少し硬い顔をしていた。こういう表情をしている時は、たいてい何か期待している時だ。でもそれをあからさまに出すのは恥ずかしいからって悟られないようにして、結果的に不自然になっちゃう、不器用な表情筋。
教室のドアに手をかけながらその顔を覗き込めば、嫌そうなしかめっつらが返ってくる。

「もしかして、食べたいの?」
「……別に」
「確かに真ちゃん委員会もあったし?オレも待ってる間におなか空いちゃったし、ちょっと遠回りして探してみよっか?」
「別にオレは食べたいわけではないのだよ」

何故石焼き芋を食べたいことをここまで恥ずかしがるのかオレにはさっぱりわからない。ここでそれを隠していったいなんの得があるのか、意地っ張りというよりも単純に不器用すぎるのだ。こいつは。目線をはずしてドアを開ければ廊下もやっぱり赤く伸びていて、どこにいってもこの感傷的な色からは逃れられないなあと思う。

「オレが食べたいんだって。な、真ちゃん時間大丈夫?」
「……問題無い」

ちょっとだけ柔らかく綻んだ声を背中で聞きながら、ああ、今真ちゃんどんな顔してるんだろう、って、見逃したことを少し後悔した。隣に並んだときには、もういつも通りの静かな顔だった。
どうせオレが漕ぐことになるんだろうな。どっちに向かえばあの呑気なラッパの音が聞こえてくるのか、結構真剣に考えないといけない。







「うおお、いつの間にこんなんなってたんだ」
「……もうそんな季節か」

人がいるほうに行けば出会えるんじゃないかと思って、だけど駅前は混雑してるから行くかどうかわからないし、だけどほかに人が集まりそうな場所なんてこの近くにあっただろうか。悩みながらオレが車輪を向けたのは、学校から少し離れているひらけた公園。そこそこ遊具もあるし、この時間帯、結構小学生やベンチで憩うお母さんなんかで賑わっている。店を出すには丁度いいんじゃないだろうか。
なかなか良い読みだと個人的には思ったのだけれど、どうやらハズレだったらしい。その代わりに見つけたのは、公園を染め上げるイチョウの樹。何本も何本も、天に向かって高く伸びる。ああ、ここの樹はすべてイチョウだったのかなんて、オレは紅葉して初めて知ったのだった。

「スゲー、綺麗だな」
「ああ」
「駅とはちょっと違う方向だからなー。ぜんぜん気がつかなかった」

公園全体が金色に染まる。そうして地面に降り積もる。踏み出せば足元でかさり、と和紙が擦れるような音がした。入り口でこれなら、奥のほうに進んだらもしかするともっと積もっているかもしれない。見渡す限り落ち葉の海。ひらひらと花びらのように舞い落ちるそれは、太陽よりもやさしい色をしていた。

「すげーな、こんなに沢山ははじめて見たかも」
「オレもここまでのものは見たことが無いな」

かさかさと、二人して足元を見ながら進んでいく。靴の半ばまで落ち葉に埋まって、なんだか楽しくなって蹴り上げた。ばさりと舞い上がったそれと、呆れたような真ちゃんの顔。いやあ、これは童心に返らざるを得ないだろ。素直にすごい。楽しい。

「もしかして、これ集めて焼き芋したほうが早かったかもな」
「それでは石焼きにならないだろう」
「ただの焼き芋じゃだめなのかよ」
「石焼きのほうがうまい」
「まさか真ちゃんにそこまでのこだわりがあるとは知らなかった」

意外な一面。結構いろんなことを知ったつもりで、結構近づいた気がしてて、それでも知らないことはまだまだ沢山ある。そういうものに触れるたびに、昨日よりも、一秒前よりもその髪に近づいたような気持ちになってオレは少しスパイスをかけたみたいに嬉しくなるのだ。いまさらだけど、芋と真ちゃんの組み合わせが凄いちぐはぐで面白いものに思えてきて、オレは一人で笑い出してしまった。なんで笑われてるのかわからない真ちゃんは仏頂面。鼻を鳴らして、入口の広場から一人で奥へと進んでしまう。

「っふ、くくっ。待ってよ真ちゃん!」
「うるさい」

そこまで広い公園でもないけれど、奥へと伸びる並木道は全てイチョウ。みんな手前にある広場で遊んでいるのか、この近くにはあまり人影が無かった。だけど落ち葉は量を増していて、もう足首まで埋まりそうになっている。
がさごそと、二人で黄金の海を掻き分ける。一歩踏み出すたびに足元で乾いた秋が鳴る。目当てのものがこの奥にないことなんてわかっているのに、一体全体どうしてここまで進んできたのか、オレたちにだってわからない。だけど何か無心になって、二人でがさごそと進んでいく。傾く落陽と、真ちゃんの髪の色と、足元のイチョウ。いつもはぴんと張った背中が、ほんの少しだけ丸まって地面を見ている。
終わりなんてないように見えて、だけどそんなことがあるはずも無くて、オレたちは結局公園の突きあたりにまで来てしまった。たぶんこっち側にも出口はあるのだろうけれど、リヤカーは反対側の入り口においてきてある。

「んー、やっぱ奥にもいなかったな」
「そんなのは、はじめからわかっていたのだよ」

わかってたのにここまで来るなんて、やっぱりお前も楽しんでたんじゃねぇか。そう笑えば、否定はしない、と珍しく素直な答えが返ってきた。
それじゃあ戻ろうか、駅に行くまでに出会えればいいんだけど。
右斜め前の背中に、そう声をかけようとした瞬間だった。

全てを攫うような強い風が吹いた。

信じられないほどのイチョウが枝から離れて宙を踊る。数え切れないほどの、秋の形をした光が舞う。思わず目を細めたオレの瞳に写るのは、一本の大木の下、静かに空を見上げる緑間の横顔。世界に一つきりの輪郭。木漏れ日がちらちらとその上を踊る。光と影。このまま、この風に奪われてしまうんじゃないかって、怯えるほど美しい暮秋。舞い上がる金色の木の葉がそれを彩った。

ああ、なんて。

赤。金。緑。天から降り注ぐ光の中で、確かにあいつはこちらを向いて微笑んだ。それを見てオレは、オレは、すごくみっともない笑顔を返したように思う。

ああ、なんて。







緑間の家の前で別れた後、自分の部屋で寝転ぶオレの手の中にはクシャクシャになった新聞紙と一枚のイチョウ。気まぐれのように選んだ帰り道、丁度道端で休憩している石焼き芋の移動屋台を見つけたのだった。それは緑間が指定した道で、一体全体こいつは何に選ばれているのだろう。運命という運命を引き寄せているのだろうか。150円と引き換えに手に入れた、白くけぶる湯気。新聞紙にくるまれても、取り落としそうになるほど熱い芋を抱えながら首を傾げた。
夕飯も近いからと、二人で半分に割って食べたそれは期待通りに甘く、赤い皮と金色の中身に、さっきの夕日とイチョウを思い出したりして、秋は赤と金なのだとオレはひとり納得する。指先から伝わる熱が、冷えきった手をオレに自覚させた。季節はもう、夏では無い。隣で緑間は黙って半分の芋を食べていた。なんだかその光景がやけに幸福じみていて穏やかだったのでオレは何も言えなくなる。ただ見つめることしかできなかった。ただ目に焼き付けることしかできなかった。見つめながら飲み込んだ秋は暖かくて、これが幸福の温度かと、そう、思った。そう、笑った。きっと不格好な笑顔だった。真ちゃんよりも、ずっと不器用なオレの表情。

新聞紙をゴミ箱に捨てて、オレは手のひらに残ったイチョウを弄ぶ。金色の、イチョウ。切り取られた今日の欠片。


あの突風が過ぎ去った後、何事もなかったかのように緑間はオレの隣へと歩いてきた。そのままがさごそと音をたてて元来た道を帰り始めるので慌てて後ろを追う。隣に並ぶ。さっきまでと違ったのは、その手に収まった一枚の葉っぱ。それ、どうしたの、と聞けば、目の前に降ってきたから、手を伸ばしてみたら、掬えたと、そんな答えをもらった。答えのようで、その実ひとつも答えになっていなかった。
オレは、どうして手を伸ばしたのかが聞きたかったのだ。
けれど重ねて聞くほどのことでもなくて、口を閉ざしたオレは幾度か瞬きをしてそれを見つめる。一つの虫食いもない、一つのまだらもない完璧な木の葉。自分で掴んだくせに、眼鏡の奥の瞳はそれをやけに不思議そうに眺めていた。

「どーしたの真ちゃん」
「いや」

立ち止まった緑間は、何気なく、手にとったイチョウを夕日にすかした。大分地平線に近づいて、夜を招いている真っ赤な落日。それを緑間の肩ごしに覗き込んで見た光のゆらめきを、オレは目を閉じて思い出す。
波のように広がる金と、血潮のようにしたたる赤と、せせらぎのように透ける葉脈と、それから隣で揺れる緑。微笑む空気。静かに静かに漏れた、ため息のようなあの息づき。


ごろりとベッドに寝転んで、再現するように電球にそれを透かしてみた。人工的な光はあの時のような輝きをオレの前に見せてはくれなくて、ただ白けた黄色が物悲しい。
あの瞬間は、そうではなかった。あの瞬間は、もっともっと美しくて、そうして、隣に、あいつがいた。

「綺麗だな」

そう言って微笑んだ緑間の顔。
きっと、世の中の優しい幸せを全て抱いたら、あの瞬間が生まれるのだ。
思い出すたび、心臓に棘が刺さる。息ができない。あんまりにも幸せで、こんなにも苦しい。だけどあんまりにも幸福だから、オレは繰り返し続けるのだ。瞼を閉じれば蛍光灯の向こうに残照が見える。舞い上がる木の葉。揺れる光。赤。金。緑。かざした手のゆるい肌の色。隣で聞こえた息をつく音。頬を撫でる冷たい風と、制服越しにじわりと伝わった熱。微笑む緑間。輝く。
ああ、なんて。

ああ、なんて、愛しいと。

そう思ったのだ。オレは。きっとずっと思っていた。あいつを作る世界の一つ一つが好きだった。あいつがいる世界のひと粒ひと粒が好きだった。ただ、ただただ好きだった。言葉にしないまま胸の内でゆらゆらと降り積もる想いが、あの魔法のように柔らかい一瞬に、溢れてしまったのだ。
放課後あの教室であいつを待っていた時から、あいつを迎えに行った朝から、その前から、ずっと、オレはあいつが好きだった。この気持ちの名前すらわからないまま。空気のように、目に見えない感情を。だけど。

「……行くぞ、高尾」

ああ、なんて、愛しいと。
そう思った。そう思うのと同時に胸に一つ棘が刺さった。イチョウに棘は、ないはずなのに。
その痛みがオレに答えを教える。この感情は、もう名前を持っている。その言葉があんまりにも簡単すぎて、オレは文句すら言いたくなるのだ。きっと世の中の全ての人が同じようなことを思って、だけど言葉にできないから仕方なくそう呼んだのだろう。そうやって無限の落葉よりも多く世界中に降り注いだ言葉。

あの瞬間を作り出したのがオレであれば良いと思った。あの微笑みがオレだけのものになればいいと思った。

くるくると、手のひらでもて遊んだ黄色い葉を、そのままベッドサイドのテーブルにおく。これは、あいつが偶然のようにすくい上げたあの葉である。


「真ちゃん、それもって帰るの?」
「いや」

ほんの少しだけ名残惜しげな顔をした緑間はそれでもきっぱりとこう言った。

「枯らしてしまうだけだから」

それならオレに頂戴と、そう言ったのは半ば無意識だった。ただ、それを捨てさせたくなかった。かといって、真ちゃんにずっと持っていてほしかったわけでもなかった。
テーブルの上で、風もないのにわずかに揺れた。たった一枚の、変哲のない、秋の海から拾い上げられたひとしずく。
無数の金色から選ばれたそれにオレはなりたいのだ。きっと。偶然とキセキみたいな確率で選ばれたそれになりたいのだ。

冷たい部屋の中、幾度も幾度も、あの瞬間を繰り返す。オレの幸福な思い出。擦り切れてしまうんじゃないかって心配になるくらいに思いかえして、そうしてその度に棘がささる。どうしてだ。だってあんなにも美しくて、あんなにも幸福だったのに、どうしてオレは今こんなに息が苦しいんだろう。







「緑間くん」

違うクラスで、でも同じ委員会の女子が真ちゃんに話しかけるのをオレは弁当をぱくつきながら眺めていた。いくつか軽く話して、気軽に離れていく。大丈夫なの、と聞けば問題無い、と返された。この会話、前にもしたなあと思えばつい数日前で、オレの目の前にあの日の景色があざやかに浮かんできてまた一つ棘が刺さるのを感じた。そんなオレの様子に気がつかないまま、真ちゃんは食事の続きに戻る。
昼を少しすぎた時間、西向きの窓からはもう日が差し込んでいた。丁度オレ達の机にかかるような角度になっていてひどく眩しい。真っ白で目を焼く光。それに照らされて、ゆっくりと散る埃が、プリズムのようにちらちらと粒子の虹を作った。世界が瞬く。伏せた緑間の睫毛から落ちる影のコントラスト。ああ、美しい。愛おしい。

「……高尾」
「へ、あ、どうしたの真ちゃん」
「眠いのか」
「いや、そんなことないけど、なんで?」
「馬鹿みたいに、呆けた顔をしているから」

そこまで言って、緑間は小さく首を傾げた。

「この会話、前にもしたな」
「え、あ、そうだっけ」
「最近。そうだ、お前と、公園に寄った日だった」

また、行く?
そう訪ねたのは無意識で、多分オレの性格が為す反射的なものだったんだと思う。付き合いがいいなんてのは、ある種ただ機械的な反応だ。だからオレは、

「ああ」

「それもいいかもしれないな」

そんな答えが帰ってくるだなんて思っていなかったんだ。
どうせ、適当な断りの返事が来るだろうと思った。興味がないだろうと思った。そうでなくても、こいつは全く素直じゃないのだから。欲しいものを欲しいと言わない人間なのだから。
だけどその時の表情は、不自然に固くもなくて、ただ柔らかい微笑みに、オレは、ああ、愛しいと、呆れるほど同じように、そんなことを思って、心臓にささる棘が痛くて、また、どうしようもなくみっともない笑顔を返すことしかできなかった。

なあ、好きになるってこんなに苦しいのか。こんなに息がつまるのか。あの日、あのイチョウの海におぼれたまま、オレはずっと喘いでいる。お前の、お前の特別になりたい。お前に選ばれたい。だけど、それよりも何よりも、オレはお前のそばにいたくて、だから今こんなにも苦しくてこんなにも幸せだ。お前がいるから。思い出の一つ一つが柔らかい棘みたいにオレに刺さる。息ができない。お前に触れたい。

好きだ。好きだよ緑間。きっとこの好きに名前をつけるとしたら、それはもう恋なのだ。
恋をしている。あの瞬間に。お前がいる一瞬一瞬に。まばたきのように恋をしている。
お前が好きだ。お前の特別になりたい。お前に選ばれたい。好きなだけじゃもう足りなくて、オレはお前に好かれたい。







あの日から、ベッドサイドに放ったままのイチョウの葉。段々と水気を失って、その表面は静かに乾いていった。もう撫でてもあの日は蘇らない。なんだか軽くなったような気がして持ち上げれば、風の流れでその端がぺきりと折れた。仕方ないから、笑って捨てた。

選ばれたって、いつかは終わる。選ばれたって、いつかは壊れる。オレはそれを知っている。



「し…緑間、オレ…」



それでもオレは、お前のことが好きだ。いつか枯れてしまう日が来ることを、オレは勿論知っている。そうして捨てられる未来のことを。
だけどオレの目の前で微笑むお前の顔が、やっぱりオレを幸福にさせる。



「お前のこと好きなんだわ」



お前の特別になりたい。傍にいるだけじゃ足りなくて、どうしてもオレだけの特別が欲しくて。ためらいながら、一歩、踏み出した。がさごそと、見えないイチョウの鳴る音がする。この感情の海で、オレはこの愛しさを、どう伝えればいいのかわからない。



「恋愛対象と…して」



言葉にしてしまえば、なんて簡単なんだろう。なんて稚拙なんだろう。だけどこれ以外の言葉を知らなくて、オレはそれ以上何も言えない。言葉にすることはこんなにも難しい。気持ちだけが世界に溢れる。
思わず逸らした瞳。だけど空気がほんの少し和らいだのを感じて顔をあげた。
視線の先の、あの日の夕日みたいに真っ赤にそまった頬がきっと答えで、オレの願いは多分叶ったのだ。お前に選ばれた一枚の落葉。今きっと、オレはお前の手のひらの中。
ああ、幸福とはこのことを言うのだ。その顔を、その色を、しっかりと焼き付ける。自分を構成するものの一つにそれを入れる。きっと幾度も幾度もこの光景を繰り返すだろう。胸の内で。オレの幸福の象徴として。焼き切れるまで何度だって。そうして生涯、忘れることはないだろう。

おずおずと伸ばした指先は、同じように伸ばされたその左手に触れた。触れた指先から伝わる熱が、冷えた肌を柔らかく焦がす。季節は秋。夏の熱を失って、今寄り添うように温もりを分け合う。
これが、幸福の温度なのだ。きっと。



幸福に満ちた世界で、オレはお前の隣で息をする。溺れることはもう無いけれど、刺さった棘は、まだ抜けない。
いつか枯れて捨てられるとしても、この一瞬の幸福を、手放すことなどできないだろう。この温もりを、忘れる日など来ないだろう。

どうして手を伸ばしたのか、やっぱりオレは聞けなかった。



なあ、オレは今こんなにも幸せで、そうして何故だか泣きそうだ。




恋愛未満の僕たちは/We haven't known love.










しおこちゃんの美しい美しい高緑をイメージしてたのに全く書けなくて私は本当に申し訳ないっていうかホント超好き勝手やっちゃった!!!もう何度土下座しても足りません!!!ごめんなさい!!でも私本当にしおこちゃんのお話が大好きなのだということは!!ここに強く言いたい!!こんなん書いといて信じがたいかもしれませんが!!ほんとごめんね!!でもしおこちゃんの高緑イマージしながら書くのすっごい楽しかったーヽ(;▽;)ノらぶらぶ!!そして最後もう一度土下座!!

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