And But Cause I love you


世界を味方に回す

何も失わずに手に入れるなんてできるものか



***



「おおーい、竹谷!」
「七松先輩?どうしたんですか?」
「蝶を探しているんだが、持ってないか?いたら譲ってくれ」
「蝶?忍術にですか?鱗粉が必要にでも?」
「そういうんじゃないんだ。ただ、蝶が必要なだけで、蝶が欲しいだけだ」
「そういうことでしたら」

授業も終わって長屋への帰り道。一人歩く傍道で声をかけられた。
空は曇天。雪は降っていないが、それはただ、今、降っていないというだけで、きっともうすぐ、あと五回瞬きをしたら降り始めるだろう。それくらいに重く低く立ち込めた赤い雲。
一体全体、どうしたというんだろう。行け行けどんどん。この先輩が自分の欲しい物を自分で捕りに行かないとは驚きだが、まあ、季節が季節だ。仕方ない。
如月晦日。普通の虫は土の中で息をひそめる。この寒さは、蝶の薄い羽に耐えられるものじゃあない。
だけど。

「いますよ。一応。流石に元気はないですけど」
「本当か?」
「ええ。季節を問わずに必要な生物を使えるよう、準備はしてあります」

限界はありますけどね。
そう言えば、流石だな!と笑顔を返された。うん。簡易的な温室を作って生育しておいた甲斐があるというものだ。
どういう種類がいい、とかあります?ご期待に添えるかは判りませんが。
そう尋ねれば何でもいい、とのこと。ただ、出来れば黒くて優雅な奴を。
ふうむ。優雅か。優雅ねえ。あんありこの先輩に似合わない言葉だとは思うけれど。ま、そんなこと言っちゃ失礼だろう。

「ベニモンアゲハなんか良いかもしれませんね」
「ベニモンアゲハ?」
「ええ。名前の通り、黒い羽の尾の方に、楕円上の赤い文様があるんです。綺麗っすよ」

長屋の方へ向けていた足を飼育小屋へと移す。先輩も隣に並ぶ。『また後で』、が通じるような人じゃないことは流石に俺でも判っていた。
二人分の足音。が、しない。こんなに乱暴な動きをしているのに物音を立てないってのは流石六年生ってことなのかな。
あーあ。俺、あんまり六年生得意じゃ無いんだよな。勿論、尊敬してるし、良い人達だってのは判ってるんだけど。
先輩と関わるはずの委員会で、俺のところは六年生がいないから、どうしたって、他の奴らよりも六年との接し方が判らない。
糞、どれくらいの距離感なら良いんだ?別に距離感を測るのは苦手じゃないが、それを縮めるのがうまくいかない。

「おお、そうだ、ついでにお前にも聞いときたいんだが」
「は、はい?」
「蝶ってのはなんで乱世なんだ?」
「はあ?」
「蝶は乱世らしいんだが、いやあ、私にはさっぱり判らなくてな」
「すんません、俺も言ってる意味がさっぱりですよ」
「ううーむ。仙蔵、お前、判るか?」
「お前らしくも無い詩的な表現だとは思うけどね」
「は、えええ?!」

振り返る。振り返った先には、白い面の立花先輩がいた。嘘だろ、おい、いつからいたんだよ。
全く気がつかなかった。なんだよ、これ、忍びって言うか幽霊のほうが的確なんじゃねぇの?
驚いている俺に一つの関心も払わずに、当り前のように隣に並んで歩く。二人が歩くもんだから、俺も歩みを止めるわけにいかない。
立花先輩の顔は、この天気のせいか、白磁と言うよりは青ざめて見えた。うう、ほんまもんの幽霊みたいじゃねぇか。
何故こんなことになっているんだろう。俺、不運体質じゃあない筈なんだけどな。
いやいや、別に俺が何をしたわけでもない。七松先輩に蝶を渡したら終わりだ。焦ることなんて無い。

「そりゃ、私が考えたわけじゃあないからな!」
「蝶は乱世、ね。蝶の一生を乱世に例えたのか、乱世を蝶に例えたのかもよく判らんな」
「続きがあるぞ。なんか、もし羽が生えたら、鷲を恨むとかいう感じだ」
「おいおい小平太、あやふやすぎる」
「すまんな、私もちゃんと覚えていないんだ」

俺を置いて進む会話。何かの暗号文か?蝶に羽が生えているのなんて当り前だし、蝶がなんで鷲を恨むのかも判らない。
詩的な表現と言ってしまえばそれでおしまいなんだろうけれど。
まあ、やっぱり、俺には関係ない話なんだ。気にするな。自分。
長屋からは遠い飼育小屋も少しずつ近づく。足音はやっぱり増えずに、俺が一人砂利を踏みしめる音だけ。
遠くで高く鳥の鳴き声がした。ああ、最近寒いからってあまり出ていなかった。今度裏裏山にでも友達に会いに行こう。

「すまないな」

そんなわけで、迂闊にもぼんやりとしていた俺は、立花先輩のその言葉が俺宛のものだとは気がつかなかった。
一拍遅れる。さらに一拍遅れて慌てて先輩の顔を見たら、白い顔は困ったように笑っていた。

「こいつの意味の判らん行動に振り回されて、さ」
「い、いえいえ!全然問題ないですよ!どうせもう暇でしたし!」
「意味が判らないってのは私に失礼じゃないか仙蔵」
「実際判らないからこんな羽目になっているんだろう」
「まあその通りだな」

あんまりにもあっさりと七松先輩が頷くもんだから、俺は逆に拍子抜けしてしまった。なんというか、割り切りすぎている、この人。
何か言おうと思ったけれど、本人が判らないと認めているものにかける言葉も無い。開けた口をそのまま閉じるだけだった。
吐いた息が白く濁る。溶ける。
仕方なく、仙蔵先輩に、どうして此処にいるんですかと尋ねれば、聞くのが遅いと怒られた。えええ。

「かわいい後輩に頼まれてね」
「はぁ。何を?」
「そこを聞くなよ。無粋だな」

聞けと言われたり聞くなと言われたり難しい。
お前もかわいい後輩だぞ、と続けられて、どうも、としか返せなかった。
駄目だ、どうも油断できない。あと雑談一つでもしているうちに到着しそうだが、全く気楽な気持ちになれないのはどういう訳だ。
単調な、ざり、ざり、という音。一つ分。

「まぁ、お前よりも無粋な、この男を手伝ってやろうということさ」
「私の事か?」
「自覚があれば良いというモンじゃないが、自覚しているのは良い事だ、小平太」

喧嘩腰にも聞こえたが、これがどうやら通常運転らしい。七松先輩もそうか!と言っただけで表情を変えなかった。
この二人が喧嘩を始めたら、俺ごときが止められるはずも無いので一安心。思わず、「仲、良いんですね」とこぼした。

「そうか?」
「まぁ、私は面白がっているだけ、だけどもね。長次は普通に面倒見が良いからな。図書室帰りか?長次」
「へ?え?はぁ?!」

もう嫌だ。なんという既視感。振り返れば中在家先輩が、やっぱり当り前のような顔をして立っていた。誰も立ち止まらないので俺も立ちすくむことすらできない。
ほら、だから油断できないって思ったのに。
油断してなくてこれなんだから、いやはや全く恐れ入る。何にって、自分の不幸に。
というか、左右に後ろを固められてしまった。もう逃げられない。絶体絶命とはこのような状況を言うのだろうか。いや、だから、俺は何もしていないんだって。
ちら、と後ろを見やる。変わらない仏頂面に気分はさらに下降。だけどこの人は、こういう顔の時の方が機嫌がよいのだっけ。

「中在家先輩、いつからここに?」
「…………」
「長次は、『自覚しているのはよいことだ』、あたりからずっといたぞ!」
「…………」
「えーっと……」
「やれやれ長次、判り易く竹谷が困っている。もう少しはっきり話してやれ」

成程、確かに俺は困っているが、困っているのは中在家先輩の声が聞き取れない事じゃなく、この状況にだ。
頼む、誰か助けてくれ。どうして俺はこんな囚人のような気分を味わっているんだ?
だからやっと分厚い空気の前に飼育小屋が見えてきた時、俺はかなりほっとしたし、そこに人影が見えて絶望感に襲われた。
嘘だろ、おい。

「あ?なんだお前ら、ぞろぞろ揃って。ま、丁度いい、竹谷、小屋の屋根直しといたぞ」
「全く、こんな所をうろついている暇があるなら鍛錬でもせんか。竹谷、臨時予算願い、返却だ」

俺は多分、七松先輩に会ったところで、どんなに無理だと思っても、『また後で』、そう言って、帰るべきだったんだ。間違いない。
何が悲しくて六年生が勢ぞろいしているんだろう。意味が判らない。
手の中には赤い文字で大きく『不可』と書かれた嘆願書。
雪が。雪が降ってくれれば、それを理由にして帰れたのに。恨めしく空を見上げたら、空はやっぱり、降りだしそうで、降らなかった。
雲が山に落ちてきそうなくらいなのに。

「予想はつくが留三郎、伊作は?」
「ん?あー、あいつか。屋根の修理手伝ってくれてたんだが、足滑らせて自分で自分に木槌打ちつけて保健室」
「はっはー、流石伊作だな!」
「注意力が無さ過ぎる。おい、仙蔵、笑いすぎだ」
「す、すまん、予想通り過ぎてな」

こうなったらとっとと用事をすませるしかない。蝶だ、蝶。
藁を敷き詰めて、無理やり温度と湿度を上げた小屋の中に入る。何故か六先生もぞろぞろと入ってきた。
動物を刺激しないように薄暗い。すえた匂い。動物の生きている匂い。お世辞にも良い香りではないけれど。
そんなに広くない小屋がぎゅうぎゅうだ。とりあえず一羽、蝶を呼んで虫籠に入れる。

「そういや、俺と文次郎はともかく、なんでお前ら揃ってここまで?」
「蝶が欲しいんだ!」
「蝶だぁ?」
「ああ!実際に蝶を見れば判るかと思ってな」
「……おい、竹谷、何の話だ」

俺も聞きたいです潮江先輩。この人達はやけに楽しそうだが、俺は全然楽しくないんだ。疎外感。
虫籠を手渡してさっさと帰りたいが、先輩たちはがやがやと話している。うう、割り込めない。仕方ないからここおいとこう。
はあ。冬にしてはかなり暖かく、むっとした空気がこもる部屋の中で、一匹の蛇と目が合った。
そういや、お前も冬眠しないよう実験中だったな。ごめんな。本当は眠いだろうにこっちの都合に巻き込まれて。
今なら俺、お前の気持ち判るよ。心から。

「蝶が乱世で、羽がでたら鷲を恨むんだ。それに答えねばいけなくてな!」
「おいおい小平太、ぜんっぜん意味わかんねぇぞ」
「んー。さっきも仙蔵に言ったが、私もうろ覚えなんだ。長次なら判るんじゃないか?」
「…………」
「いーや、判る!ほら、あれだ。私達の組の、諜報授業の宿題!」

先輩達が一斉に顔を見合わせる。見合わせた顔を、そのまま中在家先輩に向けた。完全に待ちだ。
そしてどうやら、完全に俺の役割は終わったらしい。
それだけは確実に判ったので、俺は小屋の隅、余った藁を積んである所に座る。明かりの届かない屋根を見つめる。
ああ、綺麗に修理されてる。どこが雨漏りしてたかも判らないくらいだ。

「…………」
「そう、それだ!『蝶とは乱世 もし羽出たら 鷲を恨む脊 よし答へ』!」
「ほう、成程な」

俺はもう先輩達から意識を逸らす。逸らす、が、ここまで付き合わされたのが何なのかは気になる。
別に声を抑えて話している訳でもなかったので、聞き耳を立てなくても普通に届いた。
寄ってくる鶏。お前も一緒に聞くか?あったかいなお前。

「それって、やっぱアレじゃねぇ?蝶って言うのは乱世を象徴してるっていう」
「ふん、そんな単純なものじゃないだろう。違うな。これは蝶が乱世を生き残れない悲しみをだな」
「いや。留三郎も文次郎も浅い。これはサナギのことだ」
「サナギだぁ?」
「そうさ。自分は今サナギで、何になるかは判らないが、蝶に生まれたら羽が生える。だがそのままじゃあ乱世を生き残れないから、立派な羽を持つ鷲を恨むという」
「いやいや、サナギならもう蝶になるの判ってんだろ。少なくとも鷲じゃないことくらいは」
「そうだ。そんなに深く考える必要も無いのかもしれんな。つまりこれは、蝶が強い鷲に憧れる唄か」

怒涛の勢いで食満先輩と潮江先輩、立花先輩が議論していく。随分と楽しそうだ。
自分の意見を否定されても、特に誰も怒らない。そんな様子を、中在家先輩は黙って見つめる。
当の七松先輩はといえば、何か考え込んでいるようだった。俺が手渡しそびれた虫籠を、いつの間にかその手に持っている。

「小平太、どうだ?」
「ああ。判った。じゃあ私は委員会の奴らに会いに行く」
「は?!」
「ああ、竹谷、じゃあな!」

思わず驚きの声を上げた俺を一瞥すると、風のように消えた。明け放たれた扉の向こう、小さく後ろ姿が見える。
速い。速すぎる。虫籠の中の蝶は無事だろうか。無事であってほしい。
吹き込む風に、食満先輩が扉を閉じた。ああ、そうだ、ここにいる奴らは寒さに弱いから閉めないといけない。ありがとうございます。
なんて、言おうと思っても声にならない。さっぱりだ。
意味が判らないままぽかんとする俺の耳に届く、くつくつという笑い声。

「おい、仙蔵、笑いすぎだ」
「いやあ。そういうお前だって顔が引きつっているじゃないか」
「わり、俺も我慢できねぇ。つうかよく今まで我慢できたわ。まさか長次が騙すとは思わなかったしな」
「………、これで、授業を、真面目に聞くようになればいい」
「「「それは無理だ」」」

最後、三人の声が重なったところで、笑いがはじけた。俺はただただ見つめるしかない。どういうことだ?
すり寄ってくる犬を反射的になでる。今この場で俺の味方はお前だけかもしれない。
壁の向こうから遠く響く鳥の声は、俺を馬鹿にしているようにしか聞こえなかった。

「いや、竹谷、本当に悪かったな。感謝しているよ」
「はあ。いや、一体全体なんだったんです?」

まだ爆笑している潮江先輩と食満先輩をおいて、ひきつりながらも立花先輩が声をかけてきた。
とは言ってもまだおさまらないらしく、まともな答えが返ってこない。帰っていいかな。

「………違うんだ」
「はい?」

唯一、特に笑っていなかった中在家先輩がかすかに話す。少し慣れて聞き取れるようになってきた。
その眼に浮かんでいるのはあからさまな同情。やっぱり、俺、同情されるような立場にいるんだなあと人ごとのように実感する。
ちらりと、腹を抱えている先輩達を眺めた。完全に巻き込まれた。それだけは確かだ。

「本当は、あんな唄じゃない、小平太が聞き間違えているだけだ」
「聞き間違い?聞き間違いって、『蝶とは乱世 もし羽出たら 鷲を恨む脊 よし答へ』ってやつですか?」
「『丁と張らんせもし半 出たら わしを売らんせ吉原へ』」
「ええ?」
「……本当の、唄だ」

全然違う。
違うと思うけれど、成程、音だけ見たら、少しは似ているかもしれない。少しは。
薄々と事実に勘づき始めた俺はため息をつかざるを得ない。暖かいこの場所で、息は濁らなかった。
胸の内の疑問符は、着実に形を変えつつある。つまりそれは、諦めというやつだ。
先輩じゃなかったら怒鳴っていたかもしれないが、やれやれ。ここは飲み込んでおくべきなんだろう。
ようやく元に戻った残りの先輩達が近づいてくる。申し訳なさそうな表情を浮かべてはいるが、悪びれてはいなかった。良い性格してやがる。

「私も小平太の説明を聞いた時点ではさっぱり判らなかったんだがな。長次の言葉を聞いて、勘違いしていることに気づいたんだ」
「そんで、俺と文次郎がのっかったんだよ。くく、いやあ、よくもまあ、あんだけでっちあげたな」
「一番のでっちあげは仙蔵だろう。サナギとはなんだサナギとは。笑いが堪えられなくなる所だったぞ」
「つうか小平太、諜報の授業は全員同じ先生なんだから、同じ課題が出てることくらい気づけよなあ」

成程。全員が同じ唄の情報を共有していたなら、打合せも無く騙すことも可能だということだろうか。
ここで、流石六年生という言葉を使いたくはないのだけれども。
ただ、ただ、それにしたって俺は判らない。さっぱりだ。騙す意味とか、そんなんじゃなくて。

「それじゃあ、どうして七松先輩は委員会に行ったんです?」
「さあ。あいつの思考回路は俺達にだってよく判らないからなあ」
「ふん、大方、蝶と鷲で、自分と自分の後輩達を思い出しでもしたんだろう」
「それも合っているかは判らないさ。まあ、せっつく必要がなくなったのはよかったな。後輩達、随分寂しがっていたみたいだから」
「寂しがる?」
「小平太が会いに行かなくて、ね」
「僕等、昨日までばらばらに実践演習だったからねぇ」
「って、伊作先輩!」

包帯を巻くでもなく、割合元気そうに現れた。足音は相変わらずしなかったけれど、4度目ともなれば流石にもう驚かない。
話に聞いているよりは随分と軽傷のようだった。保健室に行くほどだと聞いていたから、少し心配していたのだけれど。
狭い小屋がまたさらに狭くなる。動物達は新しい侵入者にも警戒することなく、常よりも遅い動きをのったりと続けていた。
今日の当番が来る前に、先輩達がここを去ってくれないと、結構な大混乱になるとは思うが。

「おお、伊作、大丈夫なのか?」
「おかげさまで。でもなんか、楽しいこと逃しちゃったみたいだね」
「あ、それで先輩、実践演習って?」
「ああ、僕等忍務で、今日皆帰ってきた所なんだ。それで、僕等がいない間、委員会は全部他の後輩に任せてたんだけど、その間の話聞いたり滞ってた仕事したりしてね」

ようやく繋がった。
ああ。だから。だから潮江先輩は会計の仕事を持って俺の所へ来たし、食満先輩は下級生じゃ危険な屋根の仕事やったのか。
伊作先輩も、保健室に行って話を聞いてたからこんなに遅くなったんだろう。中在家先輩も図書室帰りらしい。
立花先輩が言っていた、かわいい後輩ってのは、なるほど、委員会の後輩たちか。
そこらへん、俺にはよく判らない。判らないというか、情報が入ってこないんだ。単純に。

「奴は変に淡白だからな。すっかりそういう事を忘れていたらしい。私は体育委員会の後輩達が不安そうにしていると聞いて、せっつきに来たのさ」
「なるほど。その情報を後輩から聞いたってことだったんですね」
「俺も似たようなものだ。まあ、よく判らない所であいつは勝手に正解に行くからな。これで安心だろう」
「本当、小平太って何か、神様がついてるよねえ」
「神様?って?」
「どちらに賭けても負けない、ということさ」
「そうそう、俺ら、騙した側の筈だけど、負けた気分に近いぜ」

やっぱり判らないので、俺はただ首をかしげるだけだった。まあいいだろう。
そんな俺の様子を、立花先輩はにやにやしながら見つめる。何かしたかと思って胸がざわつくが、思い当たる節が無い。
先輩はいきなり目を逸らすと、周りで勝手にやっている同級に疑問を投げた。さて、で、実際の宿題の解釈だが、お前たちはどうした?

「僕は、女性が自らの身を売らなくちゃいけない、この世の中の有様とかを」
「俺は普通に、気丈な女の生きざま云々書いたぞ」
「俺は、忍びとしては、このように半々の勝率になるものに挑むべきではないというようなことを」
「この女が忍びだなんて判らねえだろうが!」
「俺たちが忍びなんだから、忍びとしての目線で書いたっていいだろうが」

喧嘩を始める六年生二人を、止めに入る善法寺先輩。すぐに弾かれていた。
六年ですら止められないものを、俺が止められる筈が無いので、無理やり目線を逸らす。
大丈夫、あの辺りは入口に近いから何の生物も飼育していない。この中にいる動物が被害を受けるなら、負け戦でも挑まなくてはいけないけれど。

「私は、このような勝負に持ち込むことで、自らの勝率を半分まで上げる事に成功しているという趣旨で書いたな」
「………勝率は10割だ」
「ほお?」
「…この言葉を言い放った時点で、例え出た目が半だったとしても、誇りは、残る」
「誇り、か。成程。しかし忍びには似合わんな」
「相手には、敗北感しか、残らない」
「ああ、それはとても、忍びらしい」

俺はまた部屋の隅の藁の上に避難する。
どうも、入口近くで喧嘩している二人の騒ぎは収まりそうにないし、残りの人たちは止めるつもりがなさそうなので。
なんつーか、この人たちも、なんだかんだ、下らないこと好きだよなあ。
お前もそう思うだろ?
さっきの蛇にそう話しかけたら、俺の隣で眠り始めた。そうだよなあ。眠いよなあ。
ごめんな、俺、実はちょっと楽しい。







「でも七松先輩って、最終的には全部くぐりぬけちゃう感じしますけどね」
「ああ、でも、確かに小平太ってそんな感じだよね。間違っても間違いじゃない。結局、僕等がせっつかなくったって、後輩に会いに行ってるわけだし。」
「野生の勘ってヤツか?あいつと半々の勝負して勝てた試しねぇよ」
「あんまりにもあっけらけんとしているのも問題だろう」
「仮に小平太が吉原に行ったとしても、自力で帰って来るだろうしな」
「違いない」
「まあ、あいつ、課題は最低…だろうけどな」
「って、うわ、外見てよ。いつの間に、雪降ってる。僕が来た時にはまだ降って無かったのに」
「誰も傘持ってねぇなら、長屋まで濡れて帰るしかねえか」
「でも多分、今頃小平太はもう長屋について、委員会の皆に会ってる頃だと思うよ」
「ち、やっぱりあいつはどこかの神様に愛されてやがるんだな」
「しかしまあ先輩達、本当に後輩の事、気にかけてるんすね」
「勿論。だからこうしてお前にも会いに来ただろう?」

「………え、えええ?!」



***



「おおーい!お前ら元気してたかー?」
「先輩!!遅いですよ!他の委員会は皆、帰ってきてすぐに来てくれてるのに!!」
「次屋先輩が、先輩を探しに行って迷子ですー」
「いやー、スマンスマン。土産に蝶があるから許してくれ。綺麗だぞー」
「ふむ。これは優雅で美しい私に似合いそうですね」

inserted by FC2 system