And But Cause I love you


ココさんHappyBirthday!

わかりきった話



***



「そういえば」

この時の台詞を、小松は後々まで後悔したという。失言だったと。他の者からしてみれば、そこまで思い悩むような切実な問題では決してなかった。
幼い子供の駄々ならばともかく、良い歳をした経験を積んだ大人ならば、責める者は一人としていなかっただろう。
この時の彼のそれは、此処に至るまでの話題からして当然の話運びであったし、小松のその暖かい性格で、聞かずにいるということも無理だっただろう。
故にこれは、不慮の事故と、そういうべき物だった。悪いことなどは一つとして存在していなかったが、事故は事故であった。

「ココさんのお誕生日っていつなんですか?」

それは、ホテルグルメで然る大富豪の一人娘の誕生日パーティーを開いた日のことだった。開いた日の、夜。十時三十二分。ホテルからほど近いバーでのことだ。
その時刻を小松はしっかりと覚えている。自分が失態をしでかした時の事を、鮮明に記憶している。
どんなに前々から準備に追われていたか。誕生日にふさわしいメニューを考えたことか。食材の調達に駆け回ったことか。入荷が海難事故で遅れてしまい焦ったことか。
そこをいかにしてトリコが助けてくれたのか。その際にココの力を借りていたと後から聞いて驚いたことか。
そこからはトリコとココに対する感謝と尊敬の言葉の羅列だった。世辞などでは無い心からの本心でその言葉を口にすることが、いったいどれ程の人間に出来るだろう。
その謙虚さは、素直な優しさは彼の美徳だった。ただ、あまりに興奮するあまりか、彼はトリコの様子がどことなく落ち着かないことに気がつくのが遅かった。
あるいは、もっと早くに気がついていたら、それは取り返しのつく事態だったのかもしれない。それは言っても仕方のない仮定ではあったが、振り返って小松はそう思う。
そしてその時の小松は、何故トリコさんはあんなに落ち付いていないのだろうと不思議に思いながら、決定的な一言を吐いた。
「ココさんのお誕生日っていつなんですか?」
彼のその言葉を責める者はだれ一人としていないだろう。とは言えど、それはあくまでも普通の、通常の場合だ。第三者の目線の物だ。
小松の台詞を聞いた瞬間のトリコの顔を彼は確かに見てしまった。あちゃあ、しまった、そんな形容詞が見事に似合う、あまりトリコに似合わない苦笑。

「十月二十九日だね」

トリコの様子を知ってか知らずか、小松の話を楽しそうに聞いていたココは、なんてことの無いように、穏やかでにこやかな笑顔で答えた。
そんな、十月二十七日のこと。







「すみません本当にごめんなさい…」
「いや、そーいや小松のことすっかり忘れてた俺も悪ぃわ」
「僕の立場で言えることじゃないですけど、出来れば忘れないで下さいよ…」

わりーわりーと言うトリコの表情は軽い物だったが、その中に本物の謝意を見て取って、小松は溜め息をつく。自宅が遠いココが一人先に帰宅した、その後のバー。
自分が言えたものではない、ものではないが、出来れば、言って欲しかった。若干自棄気味に杯を傾けながら小松は苦笑した。
サプライズパーティーだと知っていれば、自分だってこんな野暮な事をする羽目にはならなかったのだ。

「悪かったって。いつも俺らの誕生日は俺らで祝ってたからさ。他の奴っていう発想が無かったんだよ」
「うーん、仕方ないような寂しいような…」
「まさかお前が知らないとも思わなかったし」
「皆さんのどなたの誕生日も知りませんよ僕」

マジで?!俺のも?!驚くトリコに、小松は、教えてくれたことも僕が聞いたことも無いでしょうと幾度目か判らない溜息をついた。
そういえばそうだと納得しているその姿からは、もう彼の失言を気にしている様子は無い。
良くも悪くも豪快な人だと、割合細やかな神経を持つ小松は、憧れとこうはなりたくないという二つの感情を半々に混ぜ合わせた目で見る。
ついでだから全員分教えとくよ。特にサニーは祝わないと拗ねるからな、と、トリコは、つらつらと残り3人の誕生日を口にする。
慌てて記憶にメモを取り、覚えきれないと迅速に判断した小松は迷うことなく手帳に書き込んだ。
その間にトリコは杯を重ねている。ジュースよりも軽いお冷のように一口でばくんと酒を飲む。

「お料理はもう準備なさっているんですよね?」
「応。予約済みだな」
「そこで僕に声がかからなかったのが…いえ、でしゃばりすぎだとは思いますけど…」
「あ?だってお前も来るだろ?」
「え?お邪魔していいんですか?!」
「そう思ってお前に頼まなかったんだぜ。どう考えたって、俺達全員が満腹になるまで料理作ってたらお前祝う前に力尽きるぞ」
「はあ…。それは、確かにそうかもしれませんが…」

僕に誕生日のこと伝えるのは忘れていたのに人数にはカウントされてるのって、何かおかしくないですか?
小松の当然の疑問に、トリコはきょとんとした顔を向けた。そーか?そーでもねーだろ。別に変なことはなんもねぇーぜ?
いや、絶対におかしいと小松は思うが、彼の言葉に嘘は無いだろうと思えた。そういう人だ。こんな所で無為に誰かを陥れるような小さな人物では無い。
ココの誕生日だと思って準備をした際には失念していても、予約を取る段になって、はて人数は幾人だろうど考えた際に小松が加わったのだろう。
そのことを誇らしくも思うが、せめてその時に確認をとって欲しかったとも思う。彼の内心は複雑だった。

「そういえばお前、さっき知ったってことは空いてんのか?二十九日」
「だからそういう確認を早くして下さい…って、そうか、僕がココさんの誕生日知ってるなら当然休暇とってると思ったんですね?」
「いや?そこまで考えて無かった」
「はい?!」
「ココの誕生日に集まるっていうのは当然だったからなー。空いてるとか空いて無いとか考えたこと無かったわ」
「豪快すぎます…」

美食屋なんて自由業、そう嘯いたのはサニーさんだったかと小松は頭を抱えた。その通りかもしれない。自由すぎる。
で、取れんの?休み。気軽に聞いてくるトリコに小松は頭を抱えたまま答えた。はい、取って見せます。
ガバリと顔を上げた小松の眼に、先程までの諦念は浮かんでいなかった。どうせ今までだってハントのために店を長期間空けていたのだ。
今更一日くらい変わりはしないと、いっそ開き直りともいえる考えで彼は気持ちを切り替えていた。

「急いでプレゼントを考えます!」
「おお。頑張れー」
「トリコさんも協力して下さいよぉ!」
「あ?お前、そりゃ自力で頑張れよ」
「そこをなんとか、ヒントだけでも!」
「ヒントってなんだヒントって」

プレゼントにヒントも何もねぇだろ。気持ちの問題だそんなもん。そのトリコの正論は最もな物だったが、小松が今求めていたのは正論ではなくヒントであった。
ココのフルコースメニューは知っているし、今までの経験から好みの料理もおおよそは把握している。しかし今回料理を作るのは彼では無い。
料理以外に取り得など無いと自負している彼にとって、それはかなりの痛手だった。金銭で言えば四天王の方がよっぽど持っている。
料理を作ると言うのは、その点においても気持ちを込めるにふさわしい物だったのだ。それが奪われるとなると途端に彼は判らなくなる。
そういえば、と、暗中模索しているなかで一つひっかかることが出来た。誕生日。サプライズパーティー。サプライズ。

「ココさんにサプライズパーティーって出来るんですか?」
「あ?どういう意味だ?」
「だってココさんって占いで未来が判っちゃうでしょう?」
「応」
「だったらサプライズも何もばればれなんじゃないですか?」
「あー、そこは説明が難しいな」
「はあ…。それに、ココさん程頭のいい人が自分の誕生日忘れるとも思えないんですが」
「あいつネガティブだからなー」

自分の予想していた所とは違う方向からの返答に小松は一瞬言葉に詰まった。ネガティブ。それはトリコ達がポジティブすぎるだけとも思うが、どういう意味なのだろう。
頭上に疑問符を飛ばす小松に気がついたのか、頬の傷を掻きながらトリコは考えあぐねているようだった。いかに説明すれば良いのかを。
結局はなるようになれと思ったらしきそのハチャメチャな言動をまとめるとこうである。
曰く、ココはネガティブだから自分の誕生日を祝ってもらえるものだと思っていない。
曰く、祝ってもらえると経験上知っていても、次そうかは判ら無いと何故か勝手に自分を戒めている。
曰く、誕生日に思い入れが無いため(サニーとは違い)、あまりその日を重要視していないから気がつけば勝手に過ぎてしまうらしい。
これだけのことを聞きだし、小松が理解する頃には時計の針は結構な仕事をしていたわけだが、それはネガティブとは違うのではないかと彼は感じていた。
むしろ人としては当然の恐れではないかと、彼は思う。期待を裏切られるのを恐れるのは、人として正常な作用だ。
トリコの説明はこう〆られた。つまり、占いで判っても彼自身が信じていないのだからサプライズは成り立つのだと。

「まあ、前に俺も似たようなこと思って突っ込んだらさー、なんて言われたと思う?」
「え、お前とは違うんだよ、とかですか」
「あ、それも言われた」
「言われたんですか」
「それに加えてさ、『3%は外れるんだぞ』だぜ?3%%程度の事気にするか?普通?」
「って、ココさんやっぱり占ってるんじゃないですか」
「ん?どういうことだ?」
「だから!ココさんやっぱり気になって占ってるじゃないですか!楽しみにしてるんですよ!」
「おお、そっか。確かに」
「僕が言わなくてもサプライズ無理だったんじゃないですか?」
「いやあ、今回は成功してもおかしくなかったんだぜ」
「ええ?」
「なんてったって3年ぶりだからな!」
「ええええええ?!毎年祝ってるんじゃないんですか?!」
「そりゃお前、俺たちだって予定あるしな。ゼブラなんか刑務所入ってたし」
「いやいやいや!!さっき集まるの当然とか言ってたじゃないですか!しかも予定って!それなら僕の予定聞いてくれたってよかったでしょーよ!」
「あ?お前空いて無いのか?」
「空けますけど!そうじゃなくて!!空いてる空いて無いとか考えて無いって言ってたじゃないですか!めっちゃ考慮に入ってますよね?!」
「いやあ、だからさ、気がついたら勝手に過ぎちゃってるんだって」
「それはココさん側の話じゃなくてトリコさん達の話ですか!酷くないですかそれ?!」
「四天王みんなそんな感じだぞ。サニー以外」
「サニーさんどんだけ?!!」
「いちいちうっさいぞ小松。あー、あいつくらい騒いでくれりゃぁなあ…。うっかり忘れることも無いんだが」
「騒がなくても忘れないで下さい!」
「忘れちまって後々電報届けたら、そういえばこの前だったな、ありがとうみたいな返事だったし。俺もそんなだ」
「もうみなさん、ワイルドっていうか規格外っていうか…」

即手帳に書き写した自分は、やはりどうあがいてもトリコさんのようにはなれないのだろうと、ならないなと、少しの安堵を感じた小松であった。







子供のようだ、とこの日が近づくたびにココは思う。子供のようだ。いや、子供そのものとさえ言える。
招待状に記された場所へキッスと共に向かいながら、彼は苦笑をこぼした。もっとも、それを苦笑と思っていたのは彼だけで、傍から見ればそれは喜びが零れた様だった。
この歳になって誕生日パーティーだとは。そしてそれに浮かれているとは。それを大人げないと思う自分は確かに存在していたが、それを否定するほど子供では無かった。
自分の誕生日にそれほどの思い入れは無い。彼のその考えは決して独りよがりの虚勢などでは無く本心だった。
トリコ達が祝わなければ、彼は自分の誕生日と言う物をほとんど意識せずに過ごしていた。
それは誕生日に気がつかない、ということではない。それはいっそ不自然だ。意識しすぎているのと同様である。
真に意識していないと言うのは、それによって感情が動かされないと言う事だ。
十月二十一日になる。十月二十一日を過ごす。十月二十八日になる。そういえば明日は自分の誕生日だと気づく。十月二十八日を過ごす。
十月二十九日になる。今日は自分の誕生日だと思う。そして、十月二十九日をいつも通り何一つ変わることなく過ごす。
誕生日が近いから嬉しい、だとか、不安だとか、そういう起伏は一切無いのだ。彼にとって彼の誕生日は、自分の誕生日だと朝思う日。それだけの意味しかない。
それが、トリコ達が祝うとなると、途端に話が変わってくる。まず、十月近くになると、自分の電磁波に微妙な変化が見える。
何か自分の身に起きると判る。さて、それはなんだろうと思ってもう少し見てみるとどうやらトリコ達が誕生日パーティーを企画しているらしいと判明する。
彼は、そこで何も感じないような人間では無かった。むしろ人一倍、その喜びを知っていた。
迫害された過去があるからこそ、迎え入れてくれる人間のありがたみを彼は誰よりも知っていると、思っていた。自覚していた。
しかし、これ以上詳しく調べるのはどうも具合がよくない。自分に秘密で行おうとしていることを、占いで盗み見ると言うのは品の無い行動だと思っていた。
それが、自分への善意から出た物ならなおさらである。
しかし、一度気がついてしまえば、どうしても知りたくなってしまうのも人の性である。もともとココは知識欲も強い。
ふと気がつけばより鮮明に占ってしまおうとする自分を諌め、浮足立つ自分を恥じ、しかしその無意識の感覚を止められる筈も無く。
外れる可能性だってあるのだと、期待するだけ悲しい思いをするだけだと言い聞かせては、なお期待している自分に気がついて失敗し。
そんなことを幾度も繰り返してきた。彼の幼馴染たちが関わる時、彼の誕生日は、もっとも彼の心揺さぶる行事へと姿を変える。
そうして誕生日当日に、全員に祝われるのだ。素直に、尊大に、ぶっきらぼうに。
それは、その日まで繰り返し続けた幼い葛藤がどうでもよく思える程の幸福だった。その時の喜びだけで生きていけると彼は半ば本気で信じている。
無論、毎年と言う訳ではない。そういう年には、彼は常と同じように誕生日を意識しないで過ごすだけだった。
今回は3年ぶりである。3年。たいして長い訳でも無い、それでもゼロとは言い難い年月である。
十月の初めには件のパーティーがあるとの兆しが出ていたが、彼はきっぱりと否定した。今度こそ占いが外れたかと考えた。
それでも、あの日、バーで三人で飲んでいた時の、小松からのあの質問を自分が受けた時のトリコの電波。
それは確かに動揺していた。それも、忘れていたのでは無くて、覚えていたから、動揺した。
そして何よりも電波と言うような不確かな物よりも確かに、ココはその時のトリコの表情を捉えていた。
まぎれもない、あれは。
そこまで考えたところでキッスが高く鳴いた。目を地平に向ければ、僅かながら明かりが、町外れの民家の明かりが見えてくる。
もう少しだ、と彼は目を細めた。遅刻はしないで済みそうだ。時間丁度。夜に色を変えていく空の風は少し肌寒い。秋が冬へと姿を変えていく途中の匂い。
この二日ほどの間の、穏やかな喜びをなんと呼ぼう。彼はそれにつける名前を知らなかった。
サプライズパーティーというその言葉が持つ響きが好きなのか、どうも友人達は直前まで直接情報を教えてはくれない。
サプライズも何も、当日に届くように招待状を送ってしまったら本来のサプライズ云々では無いと彼は思うのだが、細かいことは気にしないらしい。
しかも当日前までは送らないのだ。やきもきさせられる期間のなんと長いことか。
もしも自分が電磁波に気がつかないでその他の予定をいれてしまっていたらどうするのだろうと、彼は常々思う。しかし彼らはそこまで考えていないのだ。
彼の愛する友人達は。絶対に。
ゆっくりと旋回して、一つの店の前にキッスは降り立つ。頭を撫でれば嬉しそうにすりつけてきた。
ありがとう、遅くなるだろうから先に帰って眠っていてくれ。
そのココの言葉を正確に理解したのか。もう一度頭を擦り付けるとキッスは空高く、夜空へ溶け込んでいった。美しい後ろ姿。
店のドアには、本日貸し切りの文字。こじゃれた外観だが、店の裏手に巨大なトラックが何台か止まってその外観をぶち壊しにしていた。
あれらは全て食料なのだろう。四人の中で最も食べないのは彼なので、主賓の胃袋に収まる訳ではないのがまた滑稽な所なのだが。
厨房では必死の地獄のような戦争が既に始まっているに違いない。全員がそろってろくなことになどならないのだから。
友人のシェフのことを思い出して彼はまた愉快な気持ちになる。今日は彼の料理では無い。それでも彼は今日ここにきている。
それは本当に、昔からの腐れ縁で無くとも自分を認めてくれる人物がいると言う事実は本当に、彼にとっては新しい喜びだった。
疑う余地も無く、店から出る電磁波はそのことを示している。彼の登場を待ち構えている。
この二日ほどの間の、穏やかな喜びを彼は思い出す。煩悶とすることも無く、ただ、友人達が彼のために彼のための会を開こうとしているという事実。
占いなどでは無い確かな確信。期待が裏切られるのではと恐れることも無い純粋な喜び。
幸福だったと、そのことばかりが彼の頭に残っている。この店のドアを開ければ、幸福な、誰に邪魔されることもなかった夢想は現実になる。
それを思えば、何もせずこのドアを開けてしまうのは非常に勿体無いことのように思えた。もう少しこの幸福を味わっていたかった。
しかし、何かやることがあるかと言えば何も無い。ただ待ち合わせの時間だけが近づいていた。
遅刻をするのは品が悪い。彼の本意ではない。
そうして彼は躊躇いに躊躇い、迷いに迷った末、何も奇をてらわずに普通に、いたってシンプルに扉を開けた。
その瞬間に鳴り響いたクラッカーの音を彼は生涯忘れないだろう。それは誇張などではなく、ただの事実として。
鳴り響く幸福。生まれて来てくれてありがとうと、その言葉を手にとって、彼は幸せに笑った。



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判り切った幸せな物語

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