And But Cause I love you


苦笑交じりの不変

ひたすら単純に簡単に安直に純粋に愚直に真っ直ぐに真っ直ぐ真っ直ぐ真っ直ぐ



***



友人というのは、こんなに気安い物だったかと、ココは一種の感動すら覚えながら紅茶を啜った。給仕のウェイターが静かに綺麗になったランチの皿を下げる。
目の前の青い髪はゆらゆらと揺れて彼の視界を彩っていた。照明で柔らかく光る青。身振り手振りを交えて話すその子供らしい仕草が彼は好きだった。
大人になるにつれ、身体を使った表現が薄れていくのは、言葉を知るからだという説を彼は聞いたことがある。だから身振りは必要なくなるのだと。
だとしたら、目の前の友人は子供の頃から変わっていないのだ。それは彼を暖かい気持ちにさせた。
足りない言葉で懸命に意思を伝えようとする幼い子供。それと同じ純真さで、友人が目の前に存在しているということ。
その友人、トリコの話がオチを迎えた所で、ココは自然と笑みを浮かべた。意図したわけでもなく、穏やかなだけで他に何の意味も持たない笑み。
そのココの様子を見てトリコもまた笑顔を大きくする。相手が笑えば自分も笑う。結果、空気は自然と明るい色を放つ。
友人というのは、こんなに気安い物だったか。もう一度彼は思った。一種の感動と、大きな驚きと共に。
ココがそのような思いを抱いていることなどトリコは勿論知る由も無い。
トリコの知る限りでココはいつだってココでしかなく、それが彼の知るココとしての全てだった。
この場に、彼の占いの客がいたら、おそらく目を丸くしただろう。叫びだす者もいるかもしれない。
彼の客は、彼目当ての女性が多いが、女性と言う物はただひたすら人の感情の機微に敏感な物だ。
特に、好悪に関しては、言葉などよりも早くそのまとう雰囲気だけで察知するだろう。
本来、そのようなオーラを読み取ることこそがココの能力であることを思えば、完全にお株を奪われてしまっている訳だが。
おそらく彼女たちは口をあんぐりと開けて、こういうに違いない。
「あんなに何も考えていないココ様なんて初めて見た」
そしてココ自身も気づいていた。気づいていたというと、前々からずっと知っていたような印象を与えてしまうかもしれない。
ココも気がついた。そういうべきなのだろう。遅いか早いかはこの際問題では無い。その発見は若干真相からずれてはいたが、おおむね間違いではなかった。
そしてそれは彼にとってそれなりに大きな衝撃だった。
友人というのは、こんなに気安いものだったか。

「あー、マジであれうまかったんだって。今度捕りに行ってみろよ」
「新鮮な生肉である必要があるんだろう?僕が捕獲するには向いていないよ」
「んなことねぇと思うけど。なら一緒に行くか?」
「気が向いたらね」

ココの言葉は特に何の気づかいも無い物だったが、今更気にするような人間はここにはいない。
それはごく自然な空間だった。二人がそこに座って、お茶を飲みながら窓の外を眺め、気が向くままに話すことが。
空気が飛びまわって日が沈んで夜が広がって明日になることと同じだけの質量で存在していた。
ココの目に映る景色は昨日と一昨日と一月前と三年前と十年前と変わらない美しい世界で、何一つ変わっていないのに何故こんなにも穏やかなのだろう、と彼は首を捻る。
流石のトリコといえどもその様子には気がついた。特に何の感慨も無くあっさりとココに向き合う。

「なんか変なこと言ったか?俺」
「うん?いや、特に何も?お前の言葉の意味が通らないのなんていつものことだし」
「なんで特に何も言ってねぇのにけなされてんだよ」
「褒めてるのさ」
「どこが」
「どこもかしこも」

明らかな含み笑いでココは笑う。そこに侮蔑の色こそないが、幼い子供を見る大人特有の優越感を見てとってトリコは顔をしかめた。
それは全くもって的を得た推論で、年上の友人はまさに彼を幼少期の彼と重ねていた。
その事に気がついた時点で、自分が成長して大人になった証拠だと彼は思っているが、どっこいこのお兄さんはそうではないらしい。三つ子の魂百まで、かあ。トリコは胸中溜息をついた。
そういえばこの言葉を彼に教えたのもココだった。別に子供に見られているからと言って憤慨するような歳でも無い。自分のことなんて勝手に周りが判断すればいい。昔から彼はそう思っていた。
そもそも言わせてもらえば、ココだってたいして変わっていないのだ。それを言えば面倒そうなことになるとは理解していたし、言うようなことでもないと思ったので口には出さなかったが。

「褒めてくれてどうも」
「拗ねるなよ」
「なんで俺が拗ねてるんだよ」

拗ねてるのはお前だろ。何の気なしにトリコが口にした台詞とそれがもたらした結果に最も驚いたのはトリコ自身だった。
何がしかの皮肉が返って来るだろうと予測していた彼にとって、想定外の空白。
目の前で、カップを片手に固まるココを見て彼は慌てる。そんなに変なことを言っただろうか?
少し不自然な沈黙が二人の間を流れていた。こういう瞬間を何と言うのだっけ、とトリコはあまりにもこの空気に似つかわしくないことを考える。
ココもココで、自らが固まっていることなどは完全に意識の外だった。
何かを考えている訳でもなく、トリコの台詞が反響するでもなく、彼の頭の中はひたすら空だった。
彼の血液循環が止まる。彼の眼に映る世界は全て無意味な記号で、色さえも認識されない。
ただ、何か一つ決定的な言葉を言われたのだと、とうやらこのワードが何か自分にとって重要であろうという確信だけが彼の中にあった。
その確信は自らの無意識によるもので、故に真実に近いのだということもかれは理解していた。理解していたから、呼吸を忘れた。
実際には大したことの無い時間だったが、それなりに世界を止めて彼は目を開けていた。
ようやく一つ息を吐いてトリコを見つめなおした時、彼は悠々とデザートを頼んでいるところだった。

「お前は相変わらずだな」
「おおココお帰り」
「ただいま。本当に変わらないよお前は」
「それ、褒め言葉か?」
「ああ、最上級の」

目の前に次々と運ばれてくるデザートの数々を眺めながら、先程まで時間が止まっていたことなど微塵も感じさせない自然さでココは溜息をついた。
それは沈鬱と言うよりは、親愛の情に近い物だったが。変わらないよ本当に、と比喩表現では無いお菓子の山に向かって呟いた。
拗ねている。拗ねている。彼は口の中でその言葉を咀嚼して飲み込む。身体の中のあるべき位置にその言葉が収まったことを感じて、彼は細い息を漏らした。
これはいつか一人の時にでも考えよう。ココはそう決めると、今度こそ意識を完全に目の前のテーブルへと戻す。
テーブルが埋まっていく端から綺麗になっていく。視覚で楽しむべきデコレーションは野性児の眼では材料しか映らないらしい。

「僕は何回お前に食いしん坊ちゃんって言えばいいのかな」
「こんくらい普通だろ。正直ゼブラのほうが酷くねぇか?」
「あいつも量は喰うけどお前みたいな貪欲さは無いよ」
「同じだと思うけどな」

四天王の中で最も食欲が薄いと自覚しているココはそれ以上何も言わなかった。確かに自分からしてみれば二人とも似たようなものかもしれない。量に関しては。
世間一般的に見れば、ココも相当量食べている筈なのだが、トリコの前では霞む。彼の前では誰だって霞むだろう。
自分の分のデザートを別に注文して彼は目の前の光景を見守ることにした。その所作に優雅さは欠片も無く、実に汚く食べ散らかしているが、残る皿に食べカスなどは一つも無い。
品は無いがその徹底した食材に対する真摯な態度だけはココも評価している。
これだけ美味しそうに食べてもらえれば食材も本望だろうと、あまり心にもないことを考えた。
考えたのは事実だが、彼は食材が本望だとか不服だとかを考えているとはあまり真剣に思っていない。それは作り手の心だと考えている。
彼自身、料理は自ら小まめに行うし、その際は食材を無駄にしないよう、味を引き出せるよう真剣に考えるが、それは単純に誠意の問題だ。
生きていた物に対して払うべき敬意。彼にとっては礼儀に近いそれは、一見食材を尊重しているように見えて、あくまでも調理側の立場でしかなかった。
食材の声を聞くという小松の話を聞いた際に、ココは思ったものだ。自分は一生料理人にはなれないなと。

「あー、なんか話してたら腹減ってきたな」
「おいおい。今この瞬間に食べてるのにか?」
「そうなんだけどよ。ホラ、さっき話したろ?南の高原で突然変異おこした豚のこと」
「ああ。あれだけ全力で説明されちゃあ忘れられないな」

ハントの仕方とかじゃなく、どれだけ美味いかばっかり話してくるんだから、というココの呟きが届いているのかいないのか、トリコは喰いてーなーとばかり呟いている。
食事中に次の食事の話をしていることが、食いしん坊たる所以だと気が付いているのだろうか。
実に穏やかな昼食だった。ココはトリコのオーラを見るが、腹が膨れてきているためか、荒々しさは一つも無い。
周囲の客も皆一様に穏やかな電磁波だった、唯一トリコ付きのウェイターだけが激しいオーラを発しているが、こればかりは諦めてもらおうとココは目を閉じた。
僅かに見えた自分のオーラも随分と穏やかに揺れていた。ココはそれを静かに確認する。あらかたのデザートを片づけた友人の、揺れる青い髪と似たような揺らめきをしていた。
そこまで見た所でココの前に先程注文した淡雪のシャーベットが届く。トリコが「それ美味かったぞ」と声をかけてくるのを軽くいなした。

「お前はたいていの物を美味しかったと言うだろう」
「そりゃ美味いもんは美味いからな。あー、だからさ、マジであれ、あの豚うまかったんだって」
「さっきから聞いてるよ」
「聞いてるだけじゃ味はわかんねーだろ。お前にも喰ってほしいんだってば」

シャーベットはココの口の中で緩く溶けた。ほんのりとした繊細な甘みが広がる。
こいつはちゃんとこれを味わって食べたのだろうか。そんな疑問が彼の中で湧いたがすぐに答えは出た。イエスだろう。
どうせしっかりと堪能したにきまっているのだ。抜かりなく混じりけ無く純粋に楽しんだだろう。
自分はどうか、という問いかけはココの中で無視された。さっきからトリコのことを変わらない変わらないと言っているが、自らを振り返ればお笑い草だと思う。
気安いのも当然だ。しっかりと成長しながらも、トリコは彼の知るトリコのまま存在していた。友人とは斯くも気安いものだ。
彼は勿論、自らが変わってしまったことにも、変われなかったことにも気が付いていた。そしてそれは誰もが同じことなのだと。
別に自身のことをどう評価されようが、それは皆変わらないことなのだ。最近彼はそう思うようになった。

「思い立ったが吉日。考えるのもめんどくせぇ。これ喰い終わったら行こうぜ」
「本当か?」
「俺が嘘ついた事なんてあったか?」
「いいや、一度もないよ」
「だろ?」
「ああ、お前は変わらないよ、昔から」

そう笑ったココの顔を見て、トリコは本格的に眉をひそめた。皿を下げに来たウェイターに追加の注文をしながら、あっさりとまた彼に答えを返す。
お前それ、褒めてねぇだろ。
一度だけ瞬きをして、それ以上時を止めることも無く彼は苦笑を返した。なんだ、ばれちゃった?そんな台詞を吐く目の前の友人はトリコを苦笑させるに十分だった。
お前も変わらねぇよ。思わず漏れた彼の本音に、今度こそ素直にココは笑った。本当にその通りだ。



***



「相変わらずだよなぁ」
「お前もな。変わらないよ」
「俺達大人になったよな」
「そうだな。随分変わったよ」

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