And But Cause I love you


青空に光線

意味のある行動に何の意味がある



***



「いきなり呼び出されたと思えば、そんなことのために呼んだのかい?」
「そんなことってなんだよ」
「こういうことだよ。IGO専用機でも呼べば良かったじゃないか」
「風の流れ複雑すぎて機体じゃ無理」

あと、貴重な食材関わってねぇと貸してくれねぇ。
そのトリコの言は納得できる物だったのだが、だからと言って僕を呼びだすだろうか?普通。
僕というよりは、今回必須だったのはキッスの方だろう。僕とトリコの二人を乗せて、風が渦巻く渓谷を雄大に羽ばたいている。
とはいっても、普段僕しか乗せていないのに、僕二人分のトリコを乗せていて疲れない筈が無い。休憩したくなったらすぐに休むんだぞとは伝えてあった。
それでもキッスは此処に来るまで休むことなく、いつもの三倍の重力なんて感じさせることも無く、自由に空を飛ぶ。
鳥が空を飛ぶ仕組みを知識として知ってはいるけれど、感覚的には一つも理解できそうにない。手を振れば浮かび上がると言うのはどういう感覚なのだろう。疑問だ。
浮かぶ感覚も落下する感覚も判るが、飛ぶ感覚というのだけはやっぱりいまだによく判らないのだ。飛ぶ。空気を抱くということ。
いつもキッスに乗ってはいるけれどそれはやはり乗っているというだけで、風を切る感覚というのは判るが、自力で羽ばたくというのはきっと一生理解できないんだろう。残念なことに。
快晴。快晴。トリコが関わっている時はいつだって快晴だ。まあ、雨の日にキッスを呼ばれたって絶対に向かわなかったろうが。こいつは憎いくらいに青空が似合う。
僕の気も知らないで、やっぱ空飛ぶのは楽しいなー、なんて呑気な感想を述べていた。だから、飛んでいないだろう。飛べていないだろう。僕等は。

「俺、飛んだことあるぜ?」
「へえ?」
「応。ムササビスーツ」
「ちょっと想像と違うかなそれは…」

風に乗るという点では確かに同じかもしれないが、どうしても納得はできなかった。あれは、飛ぶと言うよりも滑るに近いと個人的には思う。
まあ、別に飛んだ飛ばないの談義がしたいわけでもない。これは僕の方が引くべきだった。本題から関係が無さ過ぎて、どう話を繋げばいいのかよく判らない。
そもそもどうしてこんな話になっているか考えればどうやら自業自得だったので溜息をついた。細かいことにこだわるのはいつだって僕の方だ。

「そもそもお前にしては珍しいじゃないか」
「あ?」
「食材が一つも関わっていないのにここまで手間暇かけるの」
「関わって無くねぇよ」
「え?」

驚く。それは少し話が違う。さっきは説明が面倒だったから端折ったということだろうか。そこらへんはきっちりしてくれないと僕の精神衛生上あまりよくないのだが。
風は強く吹いている。ただそれは身体を冷やす訳でもなくただ肌を撫でて後方へと流れるだけだった。流石、観光名所として有名な谷だ。気持ちいい。
彼もやはりこの風を心地よく感じているのだろうか、目を細めながら、どこかを見据えている。その髪を風が嬲る。
どこか、なんてぼかさなくても、どうせ食材のことを考えているのはその口から出そうなよだれで明白なのだけれど。まったく。

「目的地の崖の頂上に生えてるオリーブなんだが、お茶にすると無茶苦茶美味いらしい」
「オリーブのお茶か。飲んだこと無いな」
「で、そこに生ってる実は直接ジャムとして入れていいんだと」
「へえ。美味しそうだね」

お茶か。それは少し嬉しいかもしれない。
別にお茶じゃ無くても嬉しいだろうけれど、凶暴な奴がいて戦闘だとか、木を切って火をおこして丸焼きなんて、そんなサバイバル気分じゃあ無かったのだ。ありがたい。
しかしやはり、そんな話は聞いていなかった。此処まで協力しているのだから事前説明くらいあってしかるべきだと思うのだが。

「なんで話してくれなかったんだ?」
「いや、うっかりしてた」
「お前が食材のことでうっかりするとはな」
「悪かったって。つっても、メインはこっちだからな」

ぽんぽん、と叩いた大荷物。軽いからキッスの負担にはなっていないだろうけれど、優に一メートルはあるだろう。
思い出して溜息をついた。最初に話を聞いたあの時の僕は随分と間抜けな顔をしていたに違い無い。本当に想定外だったのだから。
勿論この渓谷に観光に来たわけじゃあ無い。いくら風光明媚とはいえど、大自然なんて言う物はハントの最中で見慣れているのだ。
食材が関係無いのに、それでも来た理由。呼び出されることはそう頻繁でもないのに、珍しく呼ばれたと思ったらこれだ。

「まさか、紙飛行機を飛ばしたいから、だとはね」
「いーだろ?せっかくトムに貰ったんだし」
「どうしてトムさんもそんな物渡すかな」
「さあ?」

そこの経緯を僕は知らないし、トリコだって話すつもりは無いだろう。多分きっと瑣末過ぎて、覚えてなんかいないに違いない。
大事なのは、彼が紙飛行機をうけとって何故かノリノリになって、何処で飛ばすのがいいかなんてわざわざ聞いて。
トムさんもトムさんで、だったらあそこの渓谷が風が強くていいぜなんて、そんな風にノリノリで答えてしまって。
誰も止める人材がいなかったというのいうのは致命的だと思う。子供のようなおふざけを、大人の実行力でやられたらたまったもんじゃない。

「あとどれくらいだろうな」
「もう見えてくるよ」
「お前が見えてもなぁ。まあわかった。数キロくらいか。それならもうちょいだな」

トリコのその言と同時にキッスが高く鳴いた。風を切る音が力強くなる。どうやら一踏ん張りしようと奮起してくれたらしい。
別にトリコのために頑張らなくったっていいんだぞ、と背中をなでればその言い草はないだろうと笑われた。
頬に当たる風が強くなる。どうやら、目的地の近くは他よりも一段と勢いが強いらしい。吹きすさぶ姿は僕の目でも見えない。
その上を悠々と流れていく。旋回する。目的だった渓谷の先端。頂上。切り立った崖。
本当にどうして僕はここまで付き合っているんだろうなあと、自分のお人よし加減に苦笑した。
内心、この子供じみた遊びに期待をしていることには気がついているから、本当は人のことなんてひとつも言えないのだけれども。
なんというか、美食屋なんて、そんなもの、その存在が既に子供の冒険と同列だと思うのだ。
そんな風に言い訳をして、それが言い訳にもなっていないことに気がついて、段々自分の内面が面倒になってしまって、思考をきった。
風が強い。キッスは飛んでいる。トリコは笑っている。僕は到着地点の短い草を意味もなく眺めていた。







「っしゃ。準備できた」
「紙飛行機っていうからどんなものかと思っていたけれど」
「なかなか生かしてるだろ?」
「ああ。本格的じゃあないか」

山吹色の機体に白いラインがひとつ。下手な英語で何か書いてあるなと思ったら「TOM」とあって、なんだか拍子抜けする。彼が作ったのか落書きしたのか。
ゴムを巻いて飛ばすようだが、そのゴムも相当しっかりとした強度を持っていた。
とはいえど、それを巻くのがトリコでは、ゴムも悲鳴をあげていた。限界までねじられる。限界を超えてもねじられる。
これは、相当飛ぶか暴発するかのどっちかじゃあないか?心配になって電磁波を見てみれば不穏な色は見えなかったのでどうやら成功するらしい。
こういうところのどうでもいい運を兼ね備えているのがこいつだよなあと思う。運だけは良い。間違いない。こいつとハントに行く時にはたいてい大漁だったのを覚えている。
実際に今も、だ。目的のひとつだったオリーブの葉は青々と生い茂り、既に格式高い香りを漂わせていた。花でもないのに。
実もたわわに生っている。うっかり何も考えずに触ったら液状化してしまったが、なんのことはない、葉にくるめば一発だった。
飛行機を飛ばすより先に採取している時点で、目的はやはりこっちだったんじゃあないかと思わざるをえないが。

「んじゃあ飛ばすぞー」
「お好きにどうぞ」

わざわざトリコはキッスにも確認をとっていた。こういうところだけ律儀だ。
崖の上。少し開けた、短い草が生えた草原。切り立った崖の下は川が流れて、そして延々と果てなく続く森。深々と青い森。
何百メートル下のその光景を見て、その中で生活をしている生き物たちに思いを馳せて、やっぱり本筋と関係なかったので思考を戻した。
僕の目の前で彼はにやにやと笑いながら紙飛行機を振りかぶる。そんな、ぶん投げて大丈夫なのだろうか。普通はこう、軽やかに滑らせるものではないのだろうか。
僕の心配をよそに、勢いをつけて崖の上から紙飛行機を飛ばす。手を離す。
そして僕の97%の予想通りに、紙飛行機は優雅に飛んだ。青空を泳いで、下に広がる森林の何百メートル上を進む。
そういえば回収のことを考えていなかった、と我ながら今更思いついた。時既に遅し、だ。しかしトリコはそんなこと微塵も頭にないらしい。
感嘆のため息を漏らして、飛行機を見守っている。僕も目を戻す。重力なんて一つも関係ないかのように空気を切り裂いて飛ぶ飛行機。
特に何の意味がなくとも感動するものだと思った。地面に縛り付けられることなくひたすら自由に風に乗ってどこまでもどこまでも進んでいく。
いずれ墜落することなんて感じさせない、あまりにも自然な飛行だた。
なんというか、少しうらやましくなって目を細めれば、紙飛行機から何かが漏れているように見える。漏れる?おかしい。見間違いでもなさそうだ。
紙だぞ。ガソリンやら何かなんて乗せていない。次々とこぼれる。あれはなんだ、細かい。黒い。

「種?」
「あ?どうしたんだ?」
「あの飛行機から、何か、細かい黒い粒が落ちてる」
「あー、俺にはみえねぇな」
「種か?なんの種までかは判らないけど」

さすがに、距離もある状態であそこまで小さい物の詳細は僕にだってわからない。ただ、そうとしか思えなかった。
隣のトリコは少し呆けていたが、頭に手をあてて、笑い出す。実に愉快そうに。楽しそうに。
どうやら思い当たるところがあるらしい。思い当たると言っても、一人しか思いつかないが。これをトムさんから受け取ったといい、機体にトムさんの文字まで入っていたのだから間違いないだろう。
なぜ、この飛行機をトリコが受け取ってわざわざ飛ばしにきているのか、そこの経緯を僕は知らない。知らないけれども、どうやらいっぱい食わされたようだった。

「あー、トムの野郎にやられたな」
「見事にお使いさせられたわけだ」
「ここなら風も強いし、あれが種だっていうんならかなり広範囲に蒔かれただろうよ」
「生態系とか大丈夫かな」
「この場所指定してきたのトムだし、そのへんはちゃんと考慮してるだろ」

寝そべりながら答えるトリコは、口車に乗せられてあの飛行機を飛ばすことになったことなどもう気にしていないらしい。
まあ、オリーブの実とれたし、一つも嘘つかれて無いし楽しかったし、別に良いだろ、なんて豪快に笑っていた。
お前は良いかもしれないが、無関係なのに巻き込まれた僕の立場はどうなる。
そう口を開こうとしたが、考え直してやめた。無関係だからこそ僕がどうこう言うことじゃあないだろう。
別にトムさんが関わっていたっていなくたって、僕がどうせ着いて来ていたであろうことは明白なのだから。
それでも何も言わないのは癪に触るので、ため息をひとつ、これ見よがしについた。これで全てちゃらにしてやろうと思いながら。
さて、ちゃらにしてやるとはいうものの。いうものの、だ。僕だってここに来て何も無いというのではしまらない。
お茶とオリーブはゲットしたがそんなのはおまけのような物で、やっぱりメインの目的ではなくて、収穫が一つくらいないと、僕が何のためについてきたのかが本当によく判らなくなってしまう。
勉強させてもらいに来たと思えばいいのだろうか。何を?さて、どうだろう。何かあるだろうか。
彼に付き合ってばかりというのは癪に触る。それだけのことなのだが。何か自分のことをやりたいものだけれど。
紙飛行機の姿はもう見えない。役目を果たして、ゆっくりと降下していったところまでは追いかけていたが、木々にまぎれて消えてしまった。
なぜ、飛行機というものにはこんなに憧れがあるのだろう。やっぱり誰しも、空を飛びたいと願うからだろうか。

「トリコ」
「んあー?」
「お前、空を飛びたいと思ったことはあるか?」
「あるぜ」

その答えに僕は満足して、この少し開けた崖の上の草原を走った。耳元で風が唸る。本気で走って、そのまま勢いを緩めずに崖から飛び出す。
一瞬の浮遊感がして、僕の身体は急速に落下していった。何百メートル下の木々へ向かって。地面へ向かって。落ちていく。加速度をつけて。
見苦しく腕をばたつかせたりはしない。ただひたすらに愉快だった。やっぱり、飛べないよなあ。どうしたって、飛べないよなあ。
マントは風をうけて強く強くはためくけれど、それが羽に変わるわけでも無し、鳥でもムササビでも飛行機でもない僕はひたすらまっすぐに落下していく。
風を切り裂いているという点では同じなのだろうか。同じなんていっちゃ失礼か。
ただ、なんとなく愉快だった。真下へ真下へと飛ぶ僕。
上を見上げれば憎憎しいくらい青い空。遠のいていく。遠のいているはずなのに、まるで空に落下しているような錯覚に陥った。
勿論、このまま地面にたたき付けられたら、いくらなんでも大怪我は免れられないだろう。

「キッス」

自分の声は、あんまりにもいつもどおりで自然だったので自分で驚愕した。
もう随分離れていたはずだけれど、声は届いたのかキッスが飛ぶ。優雅に。尊大に。力強く、僕みたいに無様に落下するのではなく意思を持って飛ぶ。
掬い上げられて、僕のフリーフォールは終了した。全く意味のない行動だと思われるだろうが、楽しかったのでよしとしよう。
そこでもうひとつ苦笑をこぼした。まったく。子供は本当に、どっちだ。
空なんて飛べないよなあ。体重百キロの大きくなった成長した大人が。飛んでみたかったのだけれど。

「お前いきなり何やってんだよ」
「びっくりした?」
「当たり前だろ。たまにお前とんでもなくバカだよなあ」
「お前に言われるとはね」

崖の上に戻ってくれば、呆れたようなトリコの顔が出迎えた。楽しかったよ、といえば、マジで?俺もやろうかな、なんてまた阿呆なことをいってくるので拒否する。
拒否というか、飛ぶのはかまわないが絶対にキッスを助けにはやらないぞといったわけだが。やっぱり拒否と同じか。
付き合わせてごめんな、と滑らかな羽を撫でた。気にするなとでもいうように摺り寄せてくる頭。
さて、家に帰ったらお茶を淹れて、今日のささやかな冒険を思い出して寝ようか。

「で?飛べたのか?」
「そうだね。地面に向かって飛んだよ」
「ちょっと想像と違うなそれは」



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それじゃあ、冒険のための冒険をしよう

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