And But Cause I love you


青びいどろと星の海

また会えるかなは会えない証拠だし二度と会いたくないって言えばきっとすぐに会うことになるしバイバイって言えばそのまま君は消えていくんだろう



***



「やっぱな。いるんじゃないかと思ったぜ」
「いつからお前は占いを始めたんだい?」
「占いよりは確かな経験だな」

広い広い夜の草原にいるのはトリコとココの二人だけであった。初夏の夜。空は濃紺に澄んで、深海のように天に広がっている。そこに浮かぶ無数の星。
星座の名前をトリコは知らない。興味が無かったからだ。方角を知るのに必要ないくつかの知識だけで、どの星々をどのように結べばいいのかを彼は知らない。
彼の目の前に居るこの友人も教えてはくれなかった。幼いころ、彼に彼の知らないことを何でも教えてくれた年上の友人は、これに関しては一つも教えてくれなかった。
その理由が今なら勿論判る。彼の眼に、星はあまりにも数が多く眩しく映るのだろう。星の一つ一つが、小さな太陽のように世界を照らしている。
ひときわ輝く星を探せと言われても、彼の眼には全てが一等星のように見えているに違いないのだ。それが天を埋め尽くしていては星座どころでは無いだろう。
教えてくれなかったのではない、教えられなかったのだ。トリコは大人になってからココに尋ねたことがある。世界に星はどれくらいある?
光の砂が天を埋め尽くしているよ。それがその時の彼の答えだった。深海の天空に広がる、輝く星の砂辺。
今もココの眼には、そう、この景色が昼間のように見えているのだろう。今この場においてもトリコの姿をはっきりと捉えている筈だ。
人里から遠く遠く離れたこの何も無い草原に、街灯など望むべくもない。トリコには星明かりで幽かに見えるココの影を見据えるのが精いっぱいだった。

「でも、よくお前にこれが見付けられたな」
「あ?どういうことだ?」

故に、ココの言葉をトリコは全く理解できなかった。自分の足元もおぼろげだ。数メートル先で向かい合う友人がどんな顔をしているのかも判らないというのに。
いつの間にか勝手に自分が何かを見つけたことになっている。いったい何を見つけたというのか。少なくともトリコには何かを見つけたという自覚は無い。
より正確に言えば、トリコが見付けたのはココだけであった。美しい透徹な空気の中で、膝を立て静かに座り込んでいた彼の友人。
しかしその本人は何かを一人合点したまま話を進める。

「僕でも集中しないと見つからなかったぞ。これを探して来たんだろう?」
「いや、マジでお前なに言ってんの?」
「それはこっちの台詞だ」

その声の調子から、恐らくココが呆れたような顔をしているのだろうなあ、ということはトリコにも判った。見慣れた困り顔。
もしかしたら笑顔よりも何よりも、一番見慣れている表情がそれかもしれないと、なんの自慢にもならないことをトリコはのんびりと考える。
ぼんやりとしか物が見えない世界で、トリコは一つとして動揺することは無かった。昼間に家の周りを歩くのと同じ気軽さで大地に立っている。
いや、空が深海だとしたら、大地が空になるのだろうか。彼にはふと湧き出た疑問を笑い飛ばす余裕さえあった。馬鹿馬鹿しい話だと。
ココあたりはこういう面倒くさそうな話好きそうだなあと人ごとのように考える。いや、むしろこういう美的感覚はサニーだろうか。
完全に思考が逸れているトリコの返事を待ちくたびれたのか、諦めたように、呆れた調子を崩さずにココは話を続けた。

「石星スズラン。それ目当てで来たんだろう?」
「おお。なんか依頼人から話聞いてな」
「そんなことだろうと思ったよ」

今回は噂が出回らなかったから、ゆっくり一人で採れると思ったんだけどな。ココのその呟きはトリコの耳には届かなかったらしい。
どうした?と聞かれ、ココは頭を振った。なんでもない。ただの独り言だ。
ふうん、とそれ以上追及する様子も無くトリコは葉巻木に火をつけようとして、すんでの所で思いとどまる。やべえ、駄目だった。
別に火種がスズランにまで届く筈は無い。ただ、その周囲の空気が少しでも淀めば味が落ちるという話を直前で思い出したのである。
空気の綺麗な所に自生するという事は判るが、淀んだだけで味が落ちるというのはデリケートすぎるとその話を聞いた時は思った物である。
しかしその感想はこの場所に辿りついて訂正せざるを得なかった。あまりにもこの草原の空気は澄んでいる。不純物が無さ過ぎるのだ。
少しでも淀めば、成程、すぐに判るかもしれない。今この場にココとトリコ、二人の異物がいる時点で既に危うい可能性も高い。
食材に関する知識だけは豊富なトリコだが、このスズランに関してはあまりよく知らなかった。ただ、自生している物の採取は難しいと噂で聞くだけだ。
市場に出回らないということでもない。IGOは疾うに品種改良に成功し、ハウス栽培を始めている。値段だって、トリコからしてみれば慎ましいものだ。
美味いとは思う。しかしこれ以上に美味い物もある。手に入れるのも容易いから依頼も来ない。
そのような状況で、トリコが知っていることといえば、ココがこの花の紅茶を好んでいたということだけだ。

「月が昇る瞬間に採取するのが一番良いんだよ。星明かりが煌めいている状況でね。」
「へえ。随分とロマンチックっつうか、甘ったるいっつうか」
「そうだね。その癖こいつ自体は光らないどころか見た目が小石そっくりなんだよ…」

明かりを吸い取って内側に貯めちゃうみたいでね。地面を這ってるから咲くまでは本当に小石にしか見えないんだ。
ココの説明にあまり興味が無かったトリコはふうん、と気の無い返事を返した。
光を吸い取るならその分輝けばいいのに、随分捻くれた石、もとい花だなあと思うばかりである。
説明を無にされたような立場になるココだが、特に彼はそのことを気にした風では無かった。慣れているのだろう。咎めることもしない。

「話戻すけどよ、俺にそんなもん見付けられる筈ねぇだろ」
「え、いや、だって現にお前はここにいるじゃないか」
「いや、いるけどよ。俺が辿ったのはお前の匂いだよ」
「は、ああ、そういうことか」
「おお。だから俺は別に見付けてねぇ。つーか、今でもどこにあんのか判ってねぇ。まぁどーせお前の足元にあるんだろ?」
「そうだけど」

カリスマ美食屋にも無理なことなんてあるのか?と揶揄するように笑われて、トリコはやめてくれと顔をしかめた。
別にカリスマなどというものになったつもりも無い。この力はグルメ細胞によるものだし、言わせてもらえば四天王の残り三人が仕事をしていないだけなのだ。
そもそも、その四天王という呼び方すらこそばゆい訳だが、そこで恥ずかしがっても仕方が無いと、それに関しては割り切っている。
ただ、庭で生きるために駆け回っていただけの子供なんだけどなぁ。いつの間にそんな大層な存在になっちまったんだか。それが彼の正直な感想だった。

「自慢の鼻で判らないのか?」
「茶になった後なら知ってるけどよ、生きてる時の匂いはしらねぇから普通に無理」
「なるほど。納得したよ」

それで?そう続けたココの顔はトリコには判らない。彼はすぐれた鼻を持ってはいるけれども、友人のように全てを見通す目を持っている訳ではないのだ。
故に、今ココがどんな表情をしているのかがトリコに判るのは、ただただ経験によるものだろう。
想像でしかないが、彼はある程度の確信を持って思い浮かべることができる。恐らく、この顔だろうと。
ただ、その想像上のココはあまり好ましい表情をしていなかった。どちらかというと怒っている、に近い。近いがそれよりも酷い。
返答を間違えたら怒りだす、というのが近いのだろうか。一歩答えを間違えたら見限られるような、冷たい空気。
これはかなり気をつけないといけないなとトリコは思う。しかし彼には、ココが何に対してそのような態度をとっているのかまるで見当がつかない。
気をつけようにも気をつけるべき対象が判らなかったため、結局トリコは単刀直入に尋ねるしかなかった。それでってなんだよ。何の話だ?

「いや、お前もこれを採取しに来たんだろう?僕がいると判っていて」
「あ?まあ、そういうことになるのか?」
「なんでそこであやふやかな…。これ、一本しか咲かないって知ってるんだろう?」
「え、そうなの?」
「知らなかったのか…」

依頼人からそこら辺は聞いてないのか?という質問に、トリコはあっけらかんと、全然!という答えを返した。そのあまりの朗らかさにココも気勢を削がれる。
石のような見た目の蕾をいくつかつける石星スズランの中で、花を咲かすのは一つだけなのだという。
最も星明かりをうけた一つの蕾だけが咲き、残りの蕾は栄養としてその蕾に吸収される。面倒そうに説明をしたココに、トリコは一言、スズランっぽくねぇなと返した。
咲いているところを見れば名前の意味は判るよ、とやはり億劫そうにココは返した。そもそもこれはスズランの仲間じゃないし。
その言葉に先程までの怒りに似た冷たさは見受けられない。ただ、呆れているばかりである。
二人の間。数メーターの距離を夏風が吹き抜ける。夏とは思えないほど涼しいが、それもこの土地の気候に関係しているのだろう。
風の中に、夏草と土と良く知った友人の匂いと、なじみの無い命の匂いをかぎ取って、トリコは一つ納得した。成程。これが。
彼からすれば明確に感じ取れる臭いだが、恐らくココには全く判らないだろう。風の香りとしか思えないに違いない。一般的には無臭と呼ばれる程の香りの薄さだ。
別に、だからどう、ということをトリコは考え無い。ただ、今この場だったら臭いよりも目が見えた方が良いなーと無責任に考えるばかりだ。

「だから、僕とお前で喧嘩しなくちゃいけないんだけど」
「いや、どうしてそうなんだよ」
「じゃんけんでもするかい?サニーの時みたいに」

これの近くで暴れたら一瞬で砕けちゃうよ。もう場所は覚えたし、月が出るまでに場所変えてやるかい?
物騒な台詞に、この日初めてトリコは慌てた。うっかり応!とか言ってしまったらその後の展開は悲惨な物しか想像できない。
この優男様は思いのほか潔い。彼がやるといったらやるのだろう。まさかそこまで思い入れのある食材だと、トリコは想像していなかった。
慌てて首を振る。別に彼は今日、そんなことをするために来たのではなかった。

「ちげーって。だから全然判ってねーだろお前」
「何を」
「別にそれはお前が持ってかえりゃいいじゃねぇか。俺はお前に会いにきただけだっつーの」
「いやいやいや。お前の言ってる意味が判らない」
「なんでだよ!」

依頼された食材なんだろう?と聞かれて、ようやくトリコはお互いの勘違いに気がついた。お互いの、というよりはココの一方的な、と言う方が正しいのかもしれないが。
とはいえ、勘違いの原因はトリコにもある。そのことを理解しないほどトリコは無責任な人間では無かった。
別にもったいぶる趣味は彼には無い。別に依頼されてねーよ、と種明かしをすれば、今度こそココは盛大な溜息をついた。勘違いに気がついたらしい。
説明しなくてもこれだけで判ってもらえると言うのはありがたいものだ。これ幸いとトリコはそれ以上の解説はしなかった。ココも求めなかった。
そう、彼は別に石星スズランの採取を依頼されたわけではなかった。他の物を依頼された、その話の肴に聞いただけだ。故に、トリコには持ち帰る理由が無い。
これがスズランの依頼だったならばココと喧嘩をする羽目になっていたかもしれないが、と彼は安堵のため息をついた。

「いや、依頼云々は置いても、食材より僕を重要視するような奴じゃないだろうお前」
「言ってること酷ぇけど、それ自分も傷つかねェ?」
「いや、今更この程度の自虐じゃ別に」
「開き直りも甚だしいなおい」

しかしトリコの安堵のため息は、すこし吐きだすのが早かったようである。いまだにココは半信半疑の眼で彼を見つめていた。
その眼自体は見えないが、そうであることは良く判る。胡乱気な視線がひたすらトリコに刺さっていた。
そこまで信用が無いかと思えば思う所が無いでもないが、しかし今までの自らの言動を振り返ればそう思われるのも仕方ないといえた。
さて、どうしたらココは納得するのだろうとトリコは首を傾げる。説明は得意ではない。出来ることならはぶきたい。
しかし事ここに至ってそういう訳にもいかないだろうと彼は諦めた。ここで投げたら恐らくポイドレの一滴や二滴飛んで来るだろう。
とはいえど判りやすく伝えるなどと言う高度なことはできないので、率直に考えていたことを飾り気のない言葉で伝えるしかない。

「これの噂聞いて、そーいやお前が好きだったなと思ってさ」
「それを覚えていられる脳がお前にあったことが驚きだ」
「もしかしたらお前取りに行ってるかもなーって。んで、俺も丁度この近くに用事会ったしついでに会って行こっかなーって」
「言っておくけど、それ全然説明になって無いからな」
「やっぱり?」

悪びれずに笑うトリコの姿をココの眼ははっきりと捉えたのだろう。何度目になるのか判らない溜息をつく。
そうして彼は、自分の顔はトリコには見えないと判っていたので、静かに音を立てずに笑った。
全くもって、相変わらずに自分勝手で自由気ままな友人を持ったものだと思う。その笑顔に嫌味は一つも含まれていなかったが、言葉は裏腹に皮肉気な物となった。

「それがお前の言う『経験』か?」
「おお。当たってるだろ?」
「外れた時に誰にも咎められない物に、当たり外れも無いだろう」

占いなめるな。そう言って今度こそココは声を立てて笑った。
もしもトリコの言う『経験』が外れていたとしても、彼は一つも落胆しないのだろう。動揺もしないのだろう。
ただ、この草原に一人立って、何かを思ったり何も考え無かったりするだけだ。そうして満足して此処を去っていく。
誰も彼がこの地に立ったことを知らないし、彼自身もすぐに忘れるんだろう。もしかしたら数年後、それこそ話の肴になるかもしれない。その程度。
占いは外れたらその分の責任を取らなくてはいけない。それに比べたら随分と気楽な物だ。いや、占いよりも確実とはよくいったものだ。
外れたことが誰にも判らないのなら、的中率は100%だろう。ガラスの空気を鈴のような笑い声が震わせる。その声を聞いて、今度こそトリコは安堵のため息を漏らした。
どうやら、喧嘩はしないで済みそうだ。

「そういや、月が昇る瞬間に採取って言ってたけど、本当ならもうとっくに昇ってていい時刻じゃねぇ?どうなってんの?」
「ああ、この草原は周りが」
「いや、その説明長くなるならいらねぇ。簡潔に」
「……オーケイ。お前でも判るように言ってやると、この草原に月が昇るのは他より遅い。光の屈折の関係で」
「はーん。じゃあまだなんだな?」
「もうそろそろだ。というか、今だね」
「え、マジで?」
「僕の邪魔をするつもりが無いなら黙っててくれよ」

勿論邪魔などするつもりが無かったトリコは大人しく口を閉じた。辺りを静寂が包む。そしてその瞬間はすぐに訪れた。
トリコは気がつく。先程までトリコの眼には見えなかったココの表情が見えるようになってきている。辺りが明るくなってきている。
慌てて周囲を見渡せば、地平の先、東の空の果てに月が昇り始めていた。ゆっくりとその姿を現す。それは今までに見たどんな月よりも大きく、荘厳だった。
大きいと言うよりは巨大と言った方が近いかもしれない。地平を埋めるように月が世界を照らしていく。嘘だろ、とトリコは呟いた。
端だけでこれだけの明るさならば、完全に昇った時はどれほどの明るさになるというのだろう。見当もつかない。
月はどんどんと昇っていく。世界が照らされていく。もうトリコの眼にも草原の姿はあらわだった。
そういえば、と当初の目的を思い出してココの方を振り返れば、彼の前に細い花が一筋、凛と立っていた。どうやらあれが石星スズランらしいと見当をつける。
地面を這っていると聞いていたが、どうやら月明かりで立ち上がったらしい。吹き抜ける風に、幽かにしゃらん、と鳴った。
透明な空気の中で細いその茎はそれでも芯を持って立ち上がっている。そこから伸びる細い細い枝に繋がる小石。成程、その姿はスズランによく似ていた。
しかしココはまだその花を摘み取らない。ただ静かな目で眺めているだけである。良く判らないが何かを待っているらしい。
トリコもよくよく眼をこらしてみれば、小石の中で一つだけ、段々と膨らんできている物があるのがぼんやり判った。
それに反比例するように他の小石はどんどんと萎んで小さくなっていく。ここでようやくトリコも合点した。あの小石が花なのではなく、あれは蕾なのだと。
それは何度もココが説明した事の筈だったが、トリコは完全に聞き流していたらしい。本物を見て初めて理解する。
小石はどんどんと膨らんでいく。ついに罅が入って、そこから光が漏れだした。星明かりのような細かい光の粉と、月を辿るような線。
そうして遂にはじけると思われた瞬間に、ココはためらうことなくその花を、咲く直前の蕾を摘み取った。地平を見れば、丁度、月が昇りきった所である。

「お疲れ」
「どうも」

立ち上がってココは苦笑する。その笑顔は何に遮られることも無く空気の塊を突き抜けてトリコに届いた。世界は昼間のように明るい。
ただ、太陽の光よりも冷たくて、それでも固い訳ではない優しい光が世界を覆っている。その優しい光の中でココは困ったような笑顔を返す。
別にそれは困っている訳でもなんでもなく、ただの癖のようなものだと知っているのでトリコは気にしない。
一番見たことがある表情が呆れ顔だとしたら、一番見たことのある笑顔はこの顔だと思う。別にそこに影が潜んでいる訳でも無いので、特に悩むこともしない。
ココは摘み取った花を、咲く直前のその蕾を小瓶に入れると、それを大切そうにしまった。瓶の中で零れた光の砂が煌めいているのをトリコは視界の端に収める。
そのまま彼の方へと向かって歩いてくるココにトリコが何かを言おうと口を開いた瞬間、世界が暗転した。
見えない世界に動揺しなかった彼でも、見えていた世界が突然見えなくなればそれなりに動揺する。
慌てて辺りを見回す彼に、ココは笑みを含んで「月が消えただけだよ」と答えた。

「あ?!だってついさっき昇ったばっかじゃねぇか」
「お前に説明して理解できるとは思えないな」

先程のトリコの言葉の上げ足を取るかのようにココは返すと、そのまま立ち止まることなくすたすたとトリコの横を歩き去る。
ようやく暗順応したトリコは、慌ててココの隣へと並び歩いた。そんなトリコに目を向けるでもなく、ココは話す。
言っておくけど、お前の分の食料なんて準備してないからな。
その台詞に、「大丈夫だ。ココ来る前に腹いっぱい喰ってきたから」と答えたトリコは大切な会話が抜けていることに気がついた。

「俺、おまえんち寄らせてって言ったっけ?」
「言ってない。お前、『ついでに会っていこう』って言っただろう」
「あ?ついでって言ったのが悪かったのか?別に会いたかったのはほんとだぜ?」
「違う。そんなとこに今更目くじら立てないよ。ついでの対象が別だってことさ」
「俺にも判るように」
「『ついでに』飲ませてくれねーかなーとか思ってただろう」
「げ、良く判ったな。占い?」
「経験に決まってるだろうこんなの」



***



こぽこぽと、穏やかな音をたてて紅茶が入る。その様子を傍から眺めてトリコはほう、と溜息をついた。
細い湯気の中で、はち切れそうだった蕾は静かに花開いた。ゆっくりと溢れだす光の粉。
石のようだった蕾は色を付けて見る見るうちに紅茶はその色をあの草原の夜空に染めていく。澄みきった空気の夜空。
その中にちりばめられた満天の星。夜色の液体を埋め尽くすような光。カップの中、直径6センチメートルの天球。

「市販のものだと、ここまで光が出ないんだよ」
「へえ、綺麗だな」
「僕の見ている夜空だ」

そのココの言葉に、トリコはもう一度カップに目を落とす。深海のように深く澄みきった夜空の色。数え切れないほどに輝いて照らしだす星々。
綺麗じゃねぇか。もう一度トリコは繰り返す。だろう?とココは優しく笑った。トリコが一番好きな表情だった。

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