And But Cause I love you


[ν]-εγλ 0001/10/19 14:21:17

雲が歌う風が笑う空に投げる

君を追う



***



「なんつーか、…………なんだろう」
「その言葉から何を察せというんだ」
「あーうまく言えねぇ」

目の前に広がる光景に、何だか胸にくる物があった。それを言葉にしようとしたんだが、どーやら無理らしい。
俺が思うに、嬉しいとか悲しいとか、そういうのは理性に分類されんじゃないか?
どうしようもなく、腹の中から胸の奥から沸き上がってくるこのごったくたで突き抜けた思いこそが感情なんじゃないか?
理性は理解して貰えるが、感情は共感して貰うものだ。言葉であらわそうってのがどだい無理な話。
まぁ人間えてして、感情のほうを理解されたがるもんだが。例にも漏れず俺もね。

「あー、なんつーかさ、いきなりこう、上向いてうぉぉぉぉぉって叫んで、剣放り投げて、思いっきり泣きたいんだけどうまく泣けないから仕方なく叫び続けるみたいなことがしたい気分というか」
「…………えらく具体的な任務放棄だな」
「くっそー、うまくいえねぇ!」

がっしがっしと頭を掻きむしってみるが、それでうまい言葉が浮かぶもんなら俺は禿げるまでやるかもしれない。もどかしいなぁまったく!俺の心を掴んで、そのままあいつにぶん投げられないだろうか。そしたら伝わる気がするんだが。

「あー……むしゃくしゃする………」
「お前がムサくなろうがクサくなろうが俺には関係無いが」
「ちょ、むしゃくしゃするってそんな意味じゃないだろ?!」
「冗談だ」

はぁ、と大きく溜息をつく。下らない冗談を言ったセフィロスに向けてじゃない。
じゃあ何かと言われてもよく判らないけれど、多分俺は今、腹の中に貯まってたあの言葉に出来ない想いを吐き出したんだ。抱え込むには重過ぎるからなぁ。任務中じゃあ邪魔になる。
切り替えが早いってのも良い男の条件だろ?

「しっかし遺跡調査ねぇ……。なんつーか、しっくりこない任務だな」
「…………調査、というよりは露払いだろう」
「ああ、それなら判りやすい」

目の前に広がる古代の遺跡。煉瓦みたいな石を積んで、巨大なアーチの連続がサバンナに伸びる。
アーチの上にはサイズの小さなアーチが建って、そのアーチの上にまたアーチ。全3段。高さは……20メーターくらいだろうか。
東南地方特有の青すぎるくらい青い空と、尊大な程の白い雲。それを切り裂いて、疎らに生える低木と敷き詰めた秋草の上を真っすぐに走る。長さは判らない。視界の先へ続いている。
理由も意味も判らないけれど目の前に存在していた。

「空にでも行きたかったのかね?」
「空に行きたいなら横に伸ばすのではなく縦に積むと思うがな」
「それもそうだ。しっかし大昔の人は何を考えてこんなもん作ったんだろうなぁ」
「さぁな。ここの遺跡は発見されたばかりで、詳しいことは何も判っていない。調査に来た派遣隊は一週間後には連絡がとれなくなった」
「んで、調査に来た派遣隊の行方の調査に来た訳だ俺らは………。ミイラとりがミイラになるってやつ?」
「その場合ミイラになるのはオレ達だな」
「撤回」

腹からむずむずくる感じを抑えて辺りを調べる。溜息ついて吐き出したって、沸き上がる源泉が俺の中にあるんじゃまたすぐいっぱいになるのは目に見えていた。
どうしてこんなに落ち着かないんだろう。ああ叫び出したい。

「なぁセフィー」
「なんだ」
「お前は叫びたくならねー?」
「判らん。」
「俺の気持ちが?」
「いや、自分の気持ちが」

ぼんやりと見つめていたアーチから目を離してセフィロスを見る。あいつは柱の真下で上を見上げていた。何を見てるんだろうと思って俺もその方向を見てみる。アーチと青空しか見えない。

「俺は何の感慨も持っていないと思っていたが、お前の話を聞いていると、そんな気もしてきた」
「そんな気って?」
「叫びたくなるような」

あいつは静かに振り返って、俺を見て静かに微笑んだ。

「泣きたくなるような」

そんな気さ、と締め括ったセフィロスは、雑談は終わりとでもいうように少し足早にこちらに近づいてそして通りすぎる。

「なーに見つけたんだー?」
「巨鳥の巣」
「アーチの上?」
「ああ。一番下の段」

どうやら、アーチの上に登れる場所を探しているらしい。
………まぁ、さすがにこの高さをジャンプ出来る程人間離れしちゃいないか。それはもう鳥の領域だ。人が足を踏み入れるべきじゃないだろう。

「セフィ」
「なんだ」
「勘だけど、多分これ登る場所無いぞ」
「…………根拠は」
「勘って言ったべ」

溜息をついてセフィロスは戻ってきた。あいつも腹の中に溜まった思いを吐き出したのか、とかそんな筈もなくただ単に呆れただけなんだろう。それでも戻ってきたということは、俺の意見は採用されたらしい。

「信じてくれた感じ?」
「調べるのが面倒になった感じ、だ。」
「お前結構面倒臭がるよな……ああ、セフィ、そこらへんでストップ。」
俺は上を確認してしゃがむ。両手を前に出せば準備完了。合点がいったのか、セフィロスはもう一度溜息をつくと刀を逆手に持ち替えた。うん。それ刺さりそうで怖いから助かる。

「じゃあセフィロス」

ヒュッと小さく息を吸い込む音がして、風より早くセフィロスが翔ける。前に出した俺の両手に足がかかった。

「いってらっしゃい」

思いっきり上へと跳ね上げる。まぁなんというか、流石のセフィロスさんは俺の乱暴な飛ばし方にも関わらず、態勢を崩すこともなく綺麗に跳んだ。
着地したのを見届ける。
さーて、これは手っ取り早くて楽な手段ではあるんだが、問題は俺が一人ポツン状態になることなんだよなぁ。

「普通に待ってるか登れる所探すか……。この前教えてもらったアワオドリとかいうの踊りながら待ってるか……どーすっかな……」

頭上からグギャァァァァという鳴き声と大きな羽音。見上げれば太陽を背に、巨鳥が青空に浮かんでいた。その後を追うかのようにアーチから跳ぶ人影を確認して、どうやら悩む必要はなかったらしいと悟る。
人影は巨鳥の上に着地して、細長い影を突き刺した。
赤い雨が降る。巨鳥は落ちる。
セフィロスは鳥の背から、やっぱり綺麗に着地した。

「おかえり」
「跳ぶ方が大変だった」
「あらら」

どうやら少し根に持っているらしい。まぁうん、正直我ながら酷い投げっぷりだなぁとは思ったんだ。

「アワオドリしたら許してくれる?」
「意味が判らん」

食べ物か何かか?とか、とんちんかんなことを聞いてきたものだから、どっかの民俗芸能だと答えておく。

「何処でそんな物覚えたんだ……」
「ソルジャー友達が教えてくれた」
「ああ、出身地ということか」
「いや、ネットらしい」
「……………」

目線が冷たい。別に俺悪くなくね?わざとらしく「あー空が青いなー」とか言ってみたり。まぁ実際、血の雨は一瞬だったしな。
空を見上げた俺に釣られたようにセフィロスも空を見る。今日何回目だろう。

「………登るのは大変だが」
「うん?」
「…………落ちるのは一瞬だな」
「……そんなもんさ」

あいつが何を考えて言ったのか、なんて知らないけれど、どう感じているのかはなんとなく判った。
多分、それでいいんだと思う。そのなんとなくすら、本当は間違っていて、検討違いなのかもしれないけれど。
信じるのは自由だし、疑うのは面倒だった。
ああ、そうか、じゃああの時も、俺とセフィロスは同じ気持ちだったのかもしれない。

「なぁセフィ、俺らって結構良いコンビじゃね」
「空が飛べる程度にはな」
「なんだ、比翼連理ってやつか」

自分で言っておいてなんだが、あまりの言葉に思わず笑い出す。あいつもクッと噴き出して、口に手をあてて隠していた。その様子がおかしくて、なかなか笑いは止まらない。

「ひ、比翼連理って……ふ、夫婦じゃあるまいし、く、ハハ、気持ちわるっ」
「お、おまえが言ったんだろう……!くく、ふ、気持ち悪い……!!」

お互いにそっぽを向く。相手の顔を見ると笑いが止まらない。しゃがみ込んで腹を抱えてひとしきり笑った。いやまぁ腹を抱えていたのは俺だけで、あいつは口を抑えていた訳だが、似たようなもんだろ。
ようやく笑いが納まって、目尻に浮かんだ涙を拭いながらセフィロスを見る。顔を見た瞬間にまた噴き出しそうになるのを堪えた。

「ぷっ、ま、まぁ、なんつーか、………めでたしめでたし?」
「意味が判らん」

そりゃそうだ。俺だってよく判ってないんだから。正直な話、笑い出さないように必死だ。セフィロスも平然を装ってはいるが、口元が多少引き攣っているのが判る。どうやらツボに入ったらしい。

「セフィロス」
「なんだ」
「き、君となら飛べる……くくっ」
「!!ま、またお前はどうして、そういう、こと、を、クッ、くく」
「き、君と、なら、どこまで、も、行けクククッ」
「最後まで言い切れ……!くっ」
「俺のために味噌汁を作ってくれ……!」
「ふ、ははははははははは!」
「あはははははははは!!!」

とうとうセフィロスは声を上げて笑い始める。数える程しか見たことがない貴重なシーンなんだが、俺も大爆笑してるので苦しい。
まぁ何やってるんだって話なんだが、く、あははははははは。







「お、おさまったか、セフィロス……」
「あ、ああ………」

超身体能力を誇るソルジャーが、ソルジャー1stが、笑い過ぎて息も絶え絶えになっていた。
祭の後というか、後の祭というか、ここまでくるともう虚しいだけだ。

「なぁ、比翼連理ってどういう意味なんだ?」
「お前は知らないであそこまで笑っていたのか」
「使い方は知ってるけど、もとが判らねぇ。」

ちらりとこちらを一瞥すると、まるで何かを読んでいるかのように滔々と口に出す。

「『天に在りては願わくは比翼の鳥と作り、地に在りては願わくは連理の枝と為らん』」
「連理の枝って?」
「根と幹は別だが、枝が繋がっているものだな」
「ふうん、成る程。それに鳥の羽の片方ずつか。」
「………少し違う」
「え?」

驚いて横に立つセフィロスを見る。あいつは正面を向いたままだった。笑いを堪える為でもないのに。

「比翼の鳥というのは、雌雄ともに、目と翼が一つずつしかない鳥のことだ」
「………ああ、成る程。」

確かに俺が考えていたのとは少し違う。俺は一羽の鳥の左右の羽だと考えていたんだけど。

「鳥は二羽いるわけね……」
「ああ」
「で、一羽じゃ飛べない訳か………」
「………ああ」

冷静に考えてみれば、連理の枝だってそういう意味だ。
同じ木の枝じゃなくて、違う木の別の枝。
それでも繋がっていようと。

「随分とうまいこと言ったもんだ。」

返事は無い。俺も気にしない。手を伸ばして太陽を掴む。
それでも空には届かない。

「比翼の鳥、ねぇ。そっか、俺達は鳥だったのか。」

返事は無い。だけど聞いているのは判る。だから俺も話す。聞かれていると判っている独り言って、本当に独り言なんだろうか。

「片翼の鳥………独りじゃ飛べない鳥…………か。」
「…………」
「なぁ、セフィロス」
「なんだ」
「俺達って良いコンビだな」
「……ああ。空が飛べる程度には」

俺は小さく微笑む。なんというか、今はこれだけでいい気がした。

「うん。翼が両方生えたらそりゃ本当リアルな鳥だもんな。俺はまだ鳥の領域には行かなくていいや」
「片方だけは鳥じゃないのか」
「…………まぁ人間ってことにしとこーぜ。じゃないと人類みんな鳥になっちまう。」

おもいっきり伸びをする。日が少しだけ傾いていた。どんだけおしゃべりしていたんだか。
………いや、大半は笑い転げてたか………。

「さて、任務は完了だよな?」
「ああ、あの巨鳥の巣に骨があった。人数分」 「……………わりぃ」
「謝られることではない」
「……………後は調査隊の仕事か」
「ああ、次の調査隊がこの遺跡を調べるだろう」
落ちた巨鳥の側へ歩みよる。近くで見れば判るが頸動脈を一発。相変わらず冴えた剣だった。

「…………」
「ん?どーしたセフィロス」
「………落とすのは簡単だが」
「……………?」
「あげるのは難しい、と、そう思っただけだ」
「……そうかもしれねぇけど、そんなことねぇよ」

どっちだ、と薄く笑われた。
俺は少し考える。はてさて。まぁ、なんというか、案ずるより生むがやすし。百聞は一見に如かず。かな。
背負ったバスターソードを地面に置く。よいしょ、と準備体操を始めた俺に対して何か悟ったのかセフィロスの顔が曇った。

「まさか」
「ほらほら、構えて構えて!」
「…………」
「だいじょーぶだいじょーぶ。」

渋々と腰を落としたセフィロスに、にんまりと笑う。

「それじゃあ、行ってきます。」

小さく息を吸って、駆け出した。
前に出されたセフィロスの手に乗ったと思った瞬間、身体は空気を切り裂いて空へ飛ぶ。
流石、まったくぶれない。
俺は二段目のアーチも越えて、三段目、1番上に着地した。

「あげるのは大変かもしれねぇけど、別にできないことじゃないだろ。」

実践演習。セフィロスだって気付いているだろう。つーか俺よりうまいじゃねぇか。
まぁそんなこんなで、アーチの一番上まで来てしまった訳だが。
辺りを見回す。
………………ああ、そうか。そういうことか。

「……アハハ、成る程ね」

大昔の人は、人のなんたるべきかを知っていたらしい。

「おーい、セフィー!!」
「………なんだ!!!」

張り上げているらしい声が小さく聞こえる。

「判ったー!!」
「………何がだ!!」

空を見上げる。少し近くなった筈の空はやっぱりまだ遠かった。
帰ろう。これは空への道じゃない。
飛び降りる。成る程、落ちるのは一人でも出来ることだ。
セフィロスから少しだけ離れた所に着地。

「ただいま。」
「…………おかえり」
「もう調査隊派遣する必要ねぇよ」
「どういうことだ」
「コレ」

遺跡を指差す。セフィロスは一段目までしかいかなかったから判らなかったんだろう。

「橋だ」
「……………橋?」
「うん。欄干とかついてた」
「………この辺りは川だったということか……?」
「湖か、もしかしたら海かもしんないけど」

これだけの物を作るのにどれだけの時間を費やしたのだろう。どれだけの魂を燃やしたのだろう。

「飛べないもんな」
「…………」
「だから、歩いたんだろうな」
「……………」
「歩くための道を作ったんだろうな」
「辿り着けるかも判らないのに」
「うん」
「…………アーチが三段にもなっているのは、段々水位が上がったからか」
「多分」

セフィロスは小さく溜息をついた。俺も小さく溜息をついた。
きっと、同じ気持ちだった。

「………まぁ、それでも調査隊は派遣されるだろう」
「へ?なんで?」
「二段目三段目はともかく……、一段目はどうやって湖か何かの中でこんなにしっかりとした柱を建てられたんだ。」
「ああ。成る程。」
「他にも年代やら理由やら……調べる所はたくさんある」
「じゃあ、なんだ」
「オレ達の任務完了と、そういうことだ」

踵を返したセフィロスの後を追いかける。俺は最後に一度、遺跡を、巨大な橋を振り返った。

「なぁ、セフィ」
「なんだ」
「落ちるのは簡単で、登るのは大変で、落とすのは簡単で、あげるのは大変だけどさ」
「………」
「落ちる時は一緒さ」

それが比翼ってことだろ?
そう言った言葉に答はなかった。
でも俺は、それが独り言じゃないことを知っていた。

[ν]-εγλ 0001/10/19 あるいは遠い昔

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